最強の忍び

 その一、おごう


 武蔵の清野村にお強という、体格の良い女が居た。


 お強は背丈は六尺近く有って肉付きも良く、女相撲の力士を彷彿ほうふつとさせる風貌ふうぼうをしていた。


 お強は清野の村の西の奥の方にある。山奥の村から浅井という家に嫁に来たのだが、見た目通りに壮健さで、良く働いた。


 これが、要領も手際も良く、効率的に仕事をこなす。何もしても、その様な感じなので、

余り豊かでも無かった浅井の家は、どんどん豊かになり。村でも一番の長者になった。


 又、人をしかったり、めるのも上手で、使用人や村人、庄屋などからも好かれた。

腹痛や歯痛に良く効く丸玉がんだまを持っていて、苦しんでいる人にあげたので、それも評判になった。 


 いっそ、その薬を売って、商売でも始めたら良いと人に進められたが、売る程は持って居ないと笑って答えた。

見た目以外は本当に非の打ち所のない女主人だった。


 お強の亭主は茂平と言い、笑い顔の男で、大した取り柄も無かったが、優しい男で、いつもお強のやる事には黙って見ていた。

二人の間には一男、一女の子供が有り。家族で幸せに暮らして居た。


 お強は月に一度は実家である。山奥の村に帰って居た。只、身寄りはもう無く、親戚が居るだけだと周りの者には話していた。


 今日もお強は故郷である山奥にある村、名をおしの村と言った。忍の村に向かっていた。

周りの者には身寄りは居ない言っていたが、実は妹夫婦がおり、いつも、そこを訪ねて、一泊していた。


 塩や魚の干物、菓子などを持って帰った。

たった一人の肉親に会えるのを二人はいつも喜んだ。妹の名前はお労と言った。


あねさ、いつもすまんね」


「いや、こちらこそ、いつも帰りに丸玉貰って、助かるよ」


 忍の村は名前の通り、忍びの隠れ里で、太平の世である今は、村人は薬草や薬を売り、竹細工なども作って暮らして居た。

お労夫婦には子供が無かった。年は二人とも三十の半ばを過ぎていたが、子供は出来なかった。


 帰ると三人は囲炉裏いろりを囲んで、お強の持って来た。菓子をつまんでお茶を飲み、色々な話に花を咲かす。

いつもは下らない世間話なのだが、今回は違った。


「今度、お頭になった。小二郎こじろう様なんだが」


「おお、忠太郎様ちゅうたろうが亡くなって、弟の小二郎様が後を継いだんだな」


薩摩さつま間者かんじゃになると、言い出してな」


「薩摩の間者に」


 お強が驚いた。元々、忍びの里ではあるが、今は忍びの務めもせずに村人は暮らして居るのだ。


唐芋からいもを作って、村は飢えなくなったと」


「そうなのだが」


 村では、唐芋ができるようになって、飢えも無くなり、皆、それなりに暮らしていると聞いていた。


「なのに、何故」


 妹婿いもうとむこの田助が話す。


「薩摩は外様なので間者が良く殺されるそうで、それで、元々、忍びであった儂等に協力して欲しいと」


「しかし」


 それは平和に暮らしている村人が死の危険にさらされる事になる。


「副頭の門三様は反対らしいが、五人いる小頭の内、三人は賛成だそうだ」


 副頭は五人の小頭の中の一人が兼任するので、実際には賛成が四人、反対が二人になる。


「なんで、又、幸せに暮らしているのに」


随分ずいぶんと金を貰える見たいでの、技を磨いて来た男衆が欲を出しているんだわ」


「前の忠太郎様は、穏やかな暮らしを望んでいたがのぉ」


「いや、村の大半は反対だで」


「そうじゃろ」


「しかし、姉様も副頭を務めた親父様の子で、一応は跡継ぎ。今は外に出てるが、その内、小二郎様から声が掛かるかも知れんな」


「よしてくれ、あたしはもう、忍びは沢山だ」


 その日の夜。居間に田助が眠り。お強とお労は奥の部屋で二人で寝ていた。


「姉さ、おらぁ、恐いだよ、今まで穏やかに暮らして来たのに」


「そうだの、一族の者が死ぬのは堪らんのぉ」


 お強の家は女二人しか居なかったので

村の副頭である父が死んだ時に家督はお強が継ぐ事になったが、副頭の地位はお強が断った事もあり。門三の所に行った。


 自分が居ては門三もやりにくかろうと、村の外から支える草になると言う事で、村を出たのだ。

実際に村に戻った時には田助を通じて、村への金子きんすの寄付をしている。


「小二郎様はそんなにいさましい人だとは思わなんだ」


 お強の知る。小二郎は年は五つ上だか、忍びとしても平凡で目立つ所も無かったし、性格も、家を継ぐ重責も無かったので、良い所のぼんぼんみたいな穏やかで世間知らずの印象を受けたていた。


「しかし、そんなお人が忍びの務めを始めるなど」


「欲に目がくらんだのだろう、血気盛けっきさかんな小頭達に乗せられて」


「はぁー」


 お偉方が決めたのなら様子を見るしかないと、お強は深くため息をついた。



 そのニ、決意


 それから、七日も経たずにお強は忍の村を、また訪ねた。心配で堪らなかったのだ。

すると、村は大変な事になっていた。

村中、大騒ぎになっている。


 初のお務めで若い者が二人死んだのだ。

いくら、命の危険が伴うとはいえ、いきなり二人はひどい、戦国の世では無いのだ。

急いで、お労達の家に向かうと


「姉さ」


 お労が飛び出すように出て来た。

 お強はお労の肩を掴んで


「大体の話しは聞いた。まあ、落ち着いて話そう」


 囲炉裏ばたに座り、とりあえず。お茶を飲む


「やっぱり、こんな事になるから、反対だっただよ」


 話しの内容はこうだ。

江戸に竹細工の店が有り、そこが薩摩の忍びの隠れ家になっている。


 そこに忍の村の者が忍びとして数人呼ばれ、初任務として、幕府の重役の屋敷に二人が忍び込んだのだが、待っていたかのように、二人とも捕まり、殺された。


「奴らは、あたし達を捨て駒にしているんだよ」


 いくら、なんでもこれではひどいと小頭が抗議こうぎをしたが、取り合って貰えず。

金を握らされ、手を引けば、村ごとつぶすとおどされたそうだ。


「頭達は何と言っているのだ」


「二人の小頭が反対に回って、抗議しているそうだが、手を引けば潰されると」


「しかし、このままでは犠牲者が増える」


「今、うちの人が頭に呼ばれているだよ」


「田助殿が」


 そうこうしている内に、田助が戻った。

 田助はお強の顔を見るなり


「姉様。丁度、良かった。頭達が話しがあると」


「なんで、姉さが、関係ないだろ」


 お労の言葉に田助は


「親父様がこれから先、何かあったら。姉様を頼るようにと、前の頭の忠太郎様に遺言をしてたようで」


「なんでぇ」


「姉様はこの里、一番の忍びだと」


「姉さが」


 お強には心当たりがあった。

幼い頃から副頭の父から、厳しい修練を受けて、最後には父を超えて、この村、最強の忍びだと言われたのだ。

その時に名前もお業から、最強の強を取って、お強に変わったのだ。


 しかし、忍びの仕事を止めて、平和の村になった今では、お強の力も必要が無いと、女でもある事から、副頭を辞退し、里からも出たのだ。


 屋敷に着くと、頭である小二郎を筆頭に副頭、小頭、全員が集まっていた。

皆、硬い表情をしたいる。中でも頭である小二郎は顔色も悪く、声にも力が無かった。


「お強、よく来てくれた」


 そうは言ったが、次の言葉が出ずに、その後は副頭である門三が話した。


「お強殿、知っているとは思うが、皆で話して、薩摩の忍びのお務めを止める事に決めたのだが、止めたら、村を潰すと脅されていてな。

女子おなごのお主に相談というのも変だが、前の忠太郎様が、困った時はお強殿に相談するようにと言われていたのだ」


「何でも、お強はこの里、最強の忍びだとか」


 小二郎がか細く声を出す。

 それを聞いて、お強は


「分かりました。何かあった時には里を頼むと忠太郎様に頼まれていました。

 それに、私は里を出して貰い、好きな事をさせて頂いたので、恩返しをしとうございます」


「では、力になってくれるのか」


「はい、父に学んだ術で戦いたいと思います」


 お強の言葉に皆が目を見開いた。この少し体型の良い女子に何が出来るのだという、

猜疑心さいぎしんの目もあった。

その内の一人が


「お強殿はなにで戦うつもりか」


 と聞いた。

 それに対して、お強は


「はい、紐手裏剣ひもしゅりけんで」


 紐手裏剣とは平べったい丸菱型まるひしがたの棒手裏剣に紐を付けて、振り回して使う武器である。


「おお、紐手裏剣か」


「お強殿の父上は、最強の武器といわれる。紐手裏剣の名手であった」


「そのお墨付きとなれば」


 一気に皆の表情が明るくなった。


「言う事を聞かねば。殺されるのなら、戦うしかありません」


「そうですな」


「我等の意地を見せようぞ」


「息子を殺された仇も討ちたい」


「薩摩と戦うか」


 小二郎だけが及び腰だが、それ以外の意見は固まった。


「それで、何人で行くのだ」


 門三の問いに


「はい、戦うのは、私一人で良いかと」


「何、一人だと!」


 皆が驚いたが、お強は穏やかな顔で


「その為の父の教えです」


「敵はたなに居るだけでも数十人ぞ」


「そこに一人で押し込みます。できれば、私が襲うと噂を流して頂ければ。失敗した時にも言い訳が立つでしょう」


 皆は驚いたが、頼りのお強が、そう言うのだから仕方が無い


「儂が援護に付こう」


 息子を殺された小頭の一人、銀十郎が言った。

その言葉に小二郎が


「二人で行くのか」


「はい、ならば。二人で」


 お強はしっかりと答えた。



 その三、決戦


 四谷の街道沿いにその店はあった。

細長い店が多い中で、中庭を持つ、ほぼ正方形の形をした大きな建物だった。

そこが山くくり衆と呼ばれる。薩摩の忍者の隠れ家となっていた。


 お強は掛け縄を使い、ひょいと屋根に上がり、中庭に降りた。

その時だった。周りから、うようよと忍者が出てきた。


 十数人、いや、二十人は居る。

そして、廊下の真ん中には白髪まじりの、

いかにも、頭風の男が立っている。

忍者達がすっかりとお強を囲むと、


「馬鹿が、本当に一人で来るとは」


 山くくり衆の頭領、幻乃真げんのしんが言った。


「あたしの思い通りだよ」


 お強がにやりと笑う


凄腕すごうでだとは聞いていたが、女なのか」


「女では話しにならぬ」


「あたしの方が強そうだ」


 他の忍者達が笑う


「まあ、見てなって」


 お強は両手に持っていた。棒手裏剣の紐をするすると伸ばして、ぶんぶんと振り回した。


「何だ。鎖鎌か」


「いや、ひもみたいだぞ」


 薩摩の忍者達は紐手裏剣を見た事が無い

振り回したのを止めたと思うと


「ぎゃっ」


「ぐえっ」


 棒手裏剣が刺さり、いきなり忍者が、二人殺られた。


「なんだ。どうしたのだ」


 言っている内に、どんどんと忍者達が殺られていく


「手裏剣を使え」


 手裏剣を構えた忍者は、上から棒手裏剣が刺さった。


「ぎぇっ」


 お強の振り回す。紐手裏剣はまるで生き物のようにくねくねと動く、お強はまるで舞いを舞っているようだ。

それに見とれていると、前から横から上から、はたまた下から棒手裏剣が襲って来る。


「あわてるな。距離を取り、投げ物を使え」


 次々と倒れて行く仲間達に堪らず幻乃真が叫ぶ

くノ一の一人が毒針を吹いた。


 お強は頭を下げて、それを脳天で受けた。

お強の忍び服は紐手裏剣の紐と同じ、特殊な液に浸けた紐や皮、針金で編んだ物であり。刃物を通さない。


 誰もお強の間合いの中には入れない。突進する者も居るが皆、紐手裏剣の餌食だ。

お強は常に動いているので狙いも絞れない


 二つというのが厄介で、一つを避けても、もう一つが襲って来る。

そして、その棒手裏剣は素早くて不規則な軌道を描く


 あっという間に全員殺られた。残っているのは幻乃真。只、一人。

逃げようとした者やお強から距離を取った者は、屋根でお強を援護していた銀十郎に皆、矢で射られた。

銀十郎は弓の名手だ。


「くそっ」


 残った幻乃真は、わなわなと震えている。


「絶対に殺す」


 そう言うと、両手を上げてこまかい粉のような物を撒いている。


「毒?」


 いや、違う。どちらかと言えば目潰しだ。

口を覆っている忍びに、撒き毒は効かない

お強が動きを止め、目を凝らした時だった。


「今だ」


 幻乃真が刀を抜き、飛び込むように斬り掛かって来た。

お強も本差しと脇差し、二本を抜き、交差して受け止めた。


「くう」


 幻乃真はぐいぐいと力で押し切ろうとしたが、お強も必死に堪えている。


「くそっ」


 押し切れぬとさとると後ろに飛び、飛ぶと同時に小刀を投げた。

お強はそれを刀で払い、膝を上げた。

幻乃真が再び、斬り掛かったが、お強が左足を回しながら引くと

紐手裏剣が幻乃真の背中に刺さった。


「ぎぇっ」


 信じられないという顔を幻乃真はしたが


「負けたわ」


 と言って、倒れた。

 銀十郎が近付く


「やったな。お強」


 お強は振り向いて


「死ぬかと思ったよ」


 笑みを浮かべた。


 店に居た山くくり衆は全滅した。連絡役も死んだので、薩摩の者が忍の村を襲う事は無かった。


 お強が勝ったら、もう、忍びのお務めはしないと約束をしていたので、村には平和が戻った。

お強は有名になり、村では女鬼神と呼ばれた。


 村の重役達から相談役になってくれと頼まれたが、すっぱりと断り、貰った報償金も米に変えて、村人に配った。


 今日もお強は、囲炉裏ばたでお労夫婦とお茶を飲み、菓子をつまみ、下らない世間話をしている。



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女忍の物語 うつせみ @sinkiryou

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