第60話 旅の先にあるもの
王国を離れて、七日が過ぎた。
おれたちが今通っているのは、スレイト帝国の領地の東端だ。マホーツ山脈までたどり着くには、ここからさらに北の大平原を突っ切る必要があるから、まだ二ヶ月はかかるだろう。
とはいっても、焦る旅というわけじゃないし、おれたちはゆっくりと馬を進めていた。
魔術院に追われる心配がなくなった以上、どこか適当な場所に腰を落ち着けることも考えた。でも、人間が支配する土地にビルヒニアがいれば、またどんなトラブルを招くかわからない。
だから、おれたちはやっぱり古代魔術王国の都市を目指すことにしていた。そこなら、平穏な生活が約束されているんだ。
帝国の領地は、治安がいい方だった。とはいっても、まったく危険がないわけじゃない。
その日、おれたちは野営をすることになった。ノースティンで馬車やテントをはじめとした旅の道具を買いそろえていたから、なにも不便はない。
みんなで焚き火を囲み、クレールが作ってくれた料理を食べる。そして、夕飯が終わり、それぞれがテントに入ろうとしたところで、異変が起きた。
「……何か、近づいてくる気配がします」
クレールが表情をひきしめて言った。
「何かというと?」
アルテミシアがたずねる。
「人間の集団だとおもいます。わたしたちへの敵意を感じます」
クレールはそう答える。
「よし、確かめてみる」
おれは軽く目を閉じて、<神智>スキルを発動させた。
クレールの言っている敵の姿は、すぐに見つかった。ここから東に五十キール(百メートル)ほど離れた場所に、十数人の盗賊の姿があった。おれたちを襲うつもりで、身を低くしながらゆっくり近づいてくる。
「見つけたよ」
おれはみんなに盗賊たちのことを説明した。
「どうするつもりだ?」
ビルヒニアが聞いてきた。
「そうだな……ただのならず者の集まりみたいだし、ちょっと脅せば逃げていくかもしれない。エルザ、あっちの方へ魔法を何か一発撃ってくれないか」
「いいですよー。最近はつかう機会もなかったんで、魔力はありあまってますから」
エルザはうれしそうに言って、杖をかまえた。朗々とした声で魔法を詠唱し、さっと杖を突きだす。
「くらえ!
巨大な火球が宙にあらわれて、東にむかって飛んでいった。
やがて、火球は地面にぶつかって大爆発を起こす。一瞬、辺りが昼間のように明るくなった。
おれはその轟音に耳をふさぎながら、
「おい、やりすぎだぞ!」
っと怒鳴った。
「すみませーん。なにしろ久々なんで、加減がわからなくて」
エルザが肩をすくめて言った。
「それで、敵はどうなった?」
ビルヒニアがたずねてきた。
おれは目を閉じて盗賊たちの様子を探る。
「……逃げていったよ。死に物狂いで」
怪我をした仲間を残したまま、盗賊たちはちりぢりに逃げ去っていた。
「しかし、今回は雑魚が相手だからよかったものの、これから思わぬ難敵に出会うことも考えられるな」
ビルヒニアが難しい顔で言った。
「ああ、そうだな」
マホーツ山脈の奥深くには、恐ろしい魔物がひそんでいるという噂だ。
旅の途中で、そうした恐ろしいモンスターに出くわす可能性はある。
「そろそろ、我も新たな戦力をととのえておくべきかもしれぬな」
ビルヒニアが言った。
「戦力をととのえるって、どうやって?」
「一昨日立ちよった村で、戦の噂を聞いたであろう」
「ああ、帝国の軍勢が、平原の騎馬民族の討伐にむかったって話だろう?」
「そこで大規模な戦いが起きれば、多くの兵士が死ぬ。そのなかから、優れた者をえらんで我の従者にするのだ」
それを聞いたアルテミシアが、
「名誉の死を遂げた戦士たちを、屍兵にするというのは気が進まない話だが……」
と表情をくもらせて言う。
「では、マホーツ山脈で凶暴な白狼の群れに襲われたら、おまえがひとりで立ち向かい、倒してくれるというのだな?」
ビルヒニアが皮肉な口調で言う。
「いや、それは……」
「おい、ビルヒニア、よせ」
おれは慌てて口をはさみ、アルテミシアのほうへ向き直る。
「騎士としての君の気持ちはわかるよ。戦死者の名誉を重んじるのは当然だ。でも、おれたちの旅を成功させるためには、どうしてもビルヒニアの力が必要なんだ」
「うむ。それはもちろん、わかっているつもりだ」
「じゃあ、ビルヒニアが死んだ兵士を従者にするのを、許してくれるかい?」
「……ああ。やむを得ないことだからな」
「ありがとう」
おれはほっとして礼を言った。
「なぜ、そやつの許しを得る必要があるのだ」
ビルヒニアは不満そうな顔だったけど、
「アルテミシアも旅の仲間だからだよ」
とおれは答えて、それ以上相手にしなかった。
それから、おれたちは焚き火を囲んで相談し、次の街に到着したらしばらく滞在して、戦の情報を集めることに決めた。
話が決まると、おれたちは改めてテントに入る。おれはクレールと二人でひとつのテントをつかっていた。
寝床に入った後、しばらく天幕を見上げていると、
「……マサキさま、まだ起きていらっしゃるのですか?」
とクレールがひそやかな声で聞いてきた。
「うん。いろいろと考え事をしていたら、なんだか寝つかれなくてね」
「気持ちが落ち着くハーブティーでもお入れしましょうか?」
「いや、大丈夫。じっと横になってれば、そのうち眠れると思うから」
「わかりました」
それからまた、おれはしばらく黙って天幕を見つめていたけど、
「……クレール、起きているかい?」
と今度はこっちから声をかけた。
「はい、起きております」
「…………」
「なにかご用ですか?」
「……この先、まだまだ苦しい旅がつづくだろう。山脈までたどりつけば、雪と氷におおわれた危険な山道を歩くことにもなる」
「はい」
「もし、この旅が辛いとおもうなら、どこか安全な街をみつけて、そこで待っていてくれてもいいんだよ。あとで、必ずおれが迎えに行くから」
おれがそう言うと、クレールは寝床のなかでむくりと体を起こした。碧の瞳でじっとおれを見つめる。
おれも起き上がって、クレールを見つめ返した。
「マサキさま。旅が辛いだなんて、わたしは一度も思ったことはありません。それどころか、このように毎日マサキさまと一緒にいられるだけで、わたしは幸せなんです」
「クレール……」
「お願いです。どんなときでもずっと私を側に置いてくださると、お約束してください」
「……わかった。約束するよ」
おれがうなずくと、クレールはほっとしたように微笑んだ。
「さあ、明日も朝が早いから、もう寝ようか」
「はい」
おれたちはじっと見つめ合い、微笑みをかわしてから、ランプの明かりを消した。
この旅の先には、きっとクレールと楽しく平和に暮らせる日々が待っているはずだ。
おれはそう信じていた。
完
聖女候補とS級魔族~罠にはめられ魔術院から追放されたおれは、最強スキルで平穏な暮らしを手に入れる わかば あき @a-wakaba22
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