第59話 決着

「……だが、こやつらを野放しにすれば、後々どのような災厄をまねくかわからぬ」


 ドリュフィスがうめくように答える。


「自分たちが支配できないものを悪と決めつけるのはよせ」


 おれはドリュフィスをにらみながら言った。


「なんだと?」

「あなたたちは支配することに慣れすぎて、相手と対等に話し合うことさえ忘れてしまったんだ」

「…………」

「おれがその気になれば、あなたたちをここで倒し、王都にもどって国を支配することもできる。でも、そんなことはやらない」


 おれはそう言って、ラースに目をむけた。


「おれたちはこの地を去って、ずっと遠くに行く。だから、二度とおれたちに手出ししないと約束してくれないか?」

「……私はマサキどのの提案を受け入れたいとおもいます。ほかのみなさんはいかがですか?」


 ラースは五人の賢者を見まわした。


「わたしも賛成です」


 すぐにマルティーナが言った。これ以上戦わずに済むと知って、心からほっとしているみたいだった。


「おれも賛成だ」


 イシドルも言った。


「なんだい、あたしの飛竜が殺されたっていうのに、黙って引き下がれってのかい!」


 アーダが杖をふりまわしながら喚いた。だけど、本気でおれと戦うつもりはなさそうだった。


 メラニアはみんなに同意するように、黙ってうなずいた。


「さあ、あとはドリュフィス師だけのようですが」


 ラースが穏やかに声をかけた。


「……私は賛成しない。だが、皆の合意には従う」


 ドリュフィスはそう言って、疲れ果てたように目を閉じた。


「では決まりのようです。あなた方は王国からずっと遠くへ去る。そして、われわれが後を追うことはない。それでよろしいですね?」


 ラースがおれを見て、確認してくる。


「ええ、いいでしょう」


 おれはうなずいた。


「では、あなたのお仲間にも起きてもらいましょう」


 ラースは短く詠唱すると、杖のさきで地面をトンと叩いた。とたんに、クレールたちが一斉に目を覚ました。


「いったい、なにが……?」


 慌てて起き上がったクレールが、きょろきょろと周りを見回す。


「もう大丈夫。六賢者と話がついたんだ」


 おれはクレールに近づき、肩に手をおいて言った。


「本当なのか?」


 アルテミシアが信じられないといった顔をする。


「本当ですよ。もう我々があなたがたと戦うことはありません。そのかわり、あなたたちには王国から立ち去ってもらいますが」


 ラースが穏やかな声で言った。


「あ、あのー……それって、あたしが罪を問われることもない、ってことでしょうか?」


 エルザが恐る恐るたずねた。


「ええ、そうなります」

「よかった……」


 ほっとした顔のエルザを押しのけて、ビルヒニアが前に出た。


「きさまたち、何を企んでいる? マサキたちだけならともかく、この我を見逃すはずがない」

「そう疑うのももっともです。ですが、実をいうと、あなた方が眠っている間に、我々はマサキどのに完膚無きまでに叩きのめされましてね。あなた方を見逃すというより、どうにも手を出しようがないというのが実際のところなんです」


 ラースは苦笑をうかべて言った。


「なに……それは本当なのか?」


 ビルヒニアが驚いたようにおれを見る。


「まあな。とにかく、ラースが約束をやぶる心配はないよ」


 それは<神智>で心を覗くまでもなくわかることだった。


「おまえがそう言うのなら、信じてやろう」


 ビルヒニアは横目でラースたちをにらみながら言った。


「さて、それじゃあ、おれたちは行くよ。みんな、馬に乗ろう」


 おれはそう声をかけた。


 さっきと同じように、おれとビルヒニアとエルザが一頭の馬に乗り、クレールとアルテミシアがもう一頭にまたがった。


「どちらに向かうのだ?」


 アルテミシアが手綱をにぎってたずねてくる。


「もう魔術院に追われることがないんだから、わざわざ東にむかって遠回りする必要はない。西へ行こう」

「わかった」


 先にアルテミシアの馬が進み、その後におれたちの馬と、荷馬がつづいた。


「では、旅のご無事を祈っておりますよ」


 見送っていたラースが、微笑んで言った。


「ちっ、なにをいまさら」


 ビルヒニアが腹を立てたように言う。だけど、ラースのその言葉は本心からのものだろう。


 ほかの五人の賢者たちは、虚脱したような顔で、ぼんやりおれたちを見送っていた。


 しばらく道を進むうちに、街道に出た。ここからは街道を進んでいくことにする。


 後ろを振りかえってみたけど、ラースたちが約束したとおり、兵士が追ってくるようなことはなかった。


「とりあえず、今日のうちにノースティンの街に着いて、宿をとろうか」


 アルテミシアが言う。ノースティンは王国の北部にある小さな街だ。


「うん、そうしよう。急ぐ必要はないんだから」


 おれはそう答えた。

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