第58話 六賢者との戦い
「グオォォ!」
イシドルはひと声吠えて、おれに飛びかかってきた。十キール(二十メートル)の距離もひと跳びできる跳躍力だ。
「
おれが言葉を発すると、巨大な火球があらわれ、イシドルに激突した。大爆発が起き、イシドルは紅蓮の炎につつまれる。
だが、その炎が消えたとき、ほとんど無傷のイシドルの姿があらわれた。
(そうか、あれはただの人狼じゃないのか)
魔法への耐久度も飛躍的にあがっているらしい。
イシドルは殺意に満ちた目をおれにむけて、ふたたび飛びかかろうとした。
だけど、おれの魔法の方が早かった。
「火球」
今度は一発だけじゃない。たてつづけに火球が出現し、飛んでいく。
イシドルは両腕を交差させて頭部をまもりながら、必死に耐えていた。だけど、十数発もの火球をくらうと、さすがに限界がきたようだった。
「ウオォォォ!」
苦痛に満ちた叫び声をあげ、イシドルの変身魔術がとけた。生身になったイシドルに最後の火球が襲いかかる。
次の瞬間、ふたたび瞬間転移の魔法がつかわれた。イシドルの体は、もといた井戸の前に移された。
しかし、その全身は焼けただれていて、焦げ臭いにおいさえ漂っている。急いでマルティーナが駆けより、手をかざして回復術をつかった。
みるみる皮膚が再生されていき、イシドルの肉体はもとどおりになる。だが、体力と魔力を使い果たしたのか、イシドルはがっくりとその場に膝をつき、もう立ち上がることはできなかった。
「小賢しい小僧だね」
アーダはそう言って、魔法を詠唱した。
宙に巨大な円形の魔法陣が出現する。そして、魔法陣のなかから巨大な竜がゆっくりと出てきた。
大きな翼をひろげ、飛竜はおれたちの上空を舞った。その巨大な口も、足先のかぎ爪も、一撃で人間を潰してしまうだろう。
だけど、しょせんは巨大な生き物でしかない。
「
おれは飛竜を見上げて言った。轟音が響きわたり、雷撃が飛竜にふりそそぐ。
飛竜は咆吼しながら空を飛び、雷撃から逃れようとした。だが、巨体だけにその動きは素早いとはいえず、次々と直撃を受ける。
「ああっ、わしの飛竜が……!」
アーダは空を見上げながら、悲痛な声をあげた。
飛竜は最後に一度、弱々しく吠えると、丘のしたへ落ちていった。巨体が地面に激突したことを教える、大きな地響きがつたわってきた。
「詠唱もせずに、あれだけ強力な魔法を連発できるだなんて、どうなっているの?」
マルティーナが青ざめた顔で言う。
「どうやら、彼がビルヒニアとエルザの腕をにぎっているところに、何か仕掛けがありそうです」
ラースが言った。
「さすがに鋭いな」
おれがそう応じると、
「……そうか、他人の魔法と魔力を引き出して、自在にあやつれるのだな」
とドリュフィスがうめくように言った。
「そういうことだよ。エルザの習得した魔法は、威力だけならあなたたちの魔法にも負けない。そして、S級魔族のビルヒニアの魔力は、あなたたち人間とはくらべものにならないくらい膨大なんだ」
このスキルは、古代魔術王国の叡智をあつめて生み出されたものだ。当時は、強大な魔法をつかうため、使い捨ての魔力源として多くの奴隷が犠牲となったらしい。
しかし、おれはそんなことをする必要はなかった。S級の魔族であるビルヒニアには、人間の数百倍の魔力があるからだ。
そのとき、メラニアが杖をかまえるのが見えた。
「やめろ、メラニア! いまならあなたを火球で焼き尽くすこともできるんだぞ!」
おれは叫んだ。
メラニアはぴたりと詠唱をとめた。
彼女の狙いはわかっている。ビルヒニアとエルザを転移させて、おれの力の源を断ち切ろうとしたんだ。
「さあ、ドリュフィス、どうするんだ? 負けを認めるか?」
おれがそう言うと、ドリュフィスは凄まじい形相でにらみつけてきた。
「……メラニア、みなを遠くへ移してくれ」
そう言ってから、ドリュフィスは詠唱をはじめた。
もちろん、おれがその気になれば、先に攻撃をしかけることはできる。しかし、ドリュフィスはそれを承知のうえで、死を覚悟で相討ちをねらっているみたいだった。
メラニアが改めて詠唱し、杖を掲げた。同時に、五人の賢者たちの姿がかき消える。
ひとり残ったドリュフィスは、すべての力をふりしぼるようにして詠唱を続けた。
いまならまだ、ドリュフィスが魔法をつかうまえに倒すことはできる。だけど、ここでドリュフィスを殺せば、魔術院との対立は決定的なものになってしまう。もう交渉する余地はなくなり、どちらかが潰れるまで戦うしかなくなる。
そんな事態を避けるためにも、ドリュフィスを倒すんじゃなく、その気持ちを折る必要があった。
ドリュフィスの姿を見つめながら、おれは左手でつかんだエルザの内部を意識で探った。
(……やっぱり、もう一つ魔法が残ってたか)
エルザが習得している攻撃魔法のなかで、まだ一度もつかっていないものがあった。あまりにも魔力を消費するので、つかえなかったと言った方がいいのかもしれない。
やがてドリュフィスの詠唱がおわった。
「
そう叫んで、ドリュフィスは杖をつきだした。
上空で、次元のゆがむ不気味な音がする。そして、巨大な黒い影があらわれた。天空のどこかから召喚してきた巨大な隕石だ。この丘すべてを押し潰すほどの大きさだった。
隕石はすさまじい勢いで落下してくる。
おれはビルヒニアとエルザの両腕を、ぎゅっとにぎった。
「
ビルヒニアの体から吸い出した膨大な魔力をつかい、エルザの持つ最大の魔法を引き出した。
隕石の落下が止まる。そして、なにか見えない力に押さえ込まれるように、震動をはじめた。
「なにっ、そんな……!」
ドリュフィスは驚愕した顔で空を見上げていた。
隕石の表面に亀裂がはしった。砕けながらどんどん縮んでいく。ちょうど雪玉を握って押し潰すようなものだった。
やがて、ほんの半キール(1メートル)ほどの大きさまで縮んでしまった隕石が、森のなかに落ちていった。
「まさか……なんという恐ろしい力だ」
ドリュフィスは青ざめた顔でおれを見つめる。
「ドリュフィス師、ここは我々の負けのようですね」
ふいにラースの声がした。
そっちを振り向くと、五人の賢者たちが瞬間転移の魔法によってもどってきていた。
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