第57話 新たな力の目覚め

 おれたちの正面に立っているのがラースで、そのすぐ右隣にはドリュフィスがいた。


 やや左に離れた位置には、ほっそりとした長身の女が立っている。どこか物憂げな表情をした、とても美しい女だけど、なにより特徴的なのはその耳だった。


 長く尖った耳先は、伝説的な種族であるエルフの血が混じっていることを示している。見た目は二十代半ばくらいでも、じっさいは百歳をこえているはずだ。


瞬間転移テレポート使いのメラニアか)


 ラースたちがどうやってここに現れたのか、その仕掛けがわかった。先回りしたり、待ち伏せしたりしたわけじゃなく、メラニアの魔法で瞬時にここへ転移してきたんだ。


 そして、ラースたちの右側にある井戸のまえにならんだ三人にも、見覚えがあった。


 背中の曲がった老婆がアーダ。強力な召喚魔法を使う。


 黒い顎ひげを胸までのばした、たくましい体つきの壮年の男がイシドル。変身魔術の使い手だと聞いているけど、どんな姿に変わるのか、じっさいに目にした者はほとんどいなかった。


 ふっくらとした優しげな顔つきの中年の女が、マルティーナ。若いころは聖女候補だったそうで、瀕死の人間も一瞬で回復させるという。


「かれらが六賢者というのは本当なのか?」


 アルテミシアがかすれた声で聞いてきた。


「ああ、間違いないよ」


 おれは下っ端研究員とはいえ魔術院に所属していたから、それぞれの顔を一度は見たことがあった。


 だけど、六人がそろったところを目にしたのははじめてだ。


 おれはゆっくりと馬から下りた。ビルヒニアやクレールたちも地面に降り立つ。


「ラース、もはや話し合いは無用だ。やつらをさっさと眠らせろ」


 ドリュフィスが冷ややかな声で言った。


「ええ、わかりました」


 ラースはうなずくと、杖をかまえて詠唱をはじめた。


「気をつけろ!」


 ビルヒニアが叫んだ瞬間、


眠りスリープ


 とラースは杖を突きだした。同時に、ビルヒニアたちはばたばたと倒れた。


 まだ立っているのはおれだけだ。クレールやアルテミシアたちはともかく、S級魔族であるビルヒニアさえ抵抗できずに眠ってしまうなんて、ラースの精神魔術のおそろしさを改めて見せつけられた気がした。


「さて、マサキどの。あなたからはビルヒニアの<真名>を聞かせてもらいましょう」


 ラースはゆっくりとおれに近づいてくる。


「喋るとおもっているのか?」

「あなたがどうおもっていようと、関係はありません。こうなったからには、魔法の力で強制的に喋ってもらうだけです」


(これでもう終わりなのか……?)


 おれは絶望におそわれた。


 <真名>を知られたら、ビルヒニアは六賢者たちに従属することになる。そして、魔術院へ送られて、実験の材料にされるんだ。


 おれたちだって、もちろん無事じゃ済まない。おれは反逆の首謀者として処刑されるだろうし、クレールとアルテミシア、エルザは、地獄のような監獄へ送りこまれるかもしれない。


(どうする、どうやれば助かる!?)


 そのとき、「神智」のスキルが無意識のうちに発動した。


 目がくらむような光が、頭のなかで弾ける。同時に、古代魔術王国時代に生み出された、凄まじいスキルが身についたのを感じた。


「ラース、そやつは危険だ! 早く術をかけよ!」


 ドリュフィスが何かを察知したように叫んだ。ラースは急いで杖をかまえて詠唱をはじめる。


 だけど、そのまえに、おれは地面にひざをつき、倒れたビルヒニアとエルザの腕をつかんだ。両腕から、これまでに感じたこともない強烈な感覚が流れこんでくる。


「……氷刃アイスブレイド


 おれはラースを見つめて、そう言った。


 とたんに、中空に無数の氷の刃があらわれて、ラースをとりかこんだ。


「なにっ……!」


 慌てて身がまえるラースに、氷の刃がふりそそぐ。だが、刃が肉体を切り刻むまえに、ラースの体はその場から消えていた。ほぼ同時に、ドリュフィスの隣りに現れる。メラニアが瞬間転移の魔法をつかったみたいだ。


「やつは魔法をつかえんと聞いていたがの」


 アーダがしわがれた声で言う。


「おそらく、<神智>と同じような古代魔術王国のスキルをつかったのでしょう」


 ラースが額の冷や汗をぬぐいながら答えた。


「どうやら、もっとも恐るべき敵は、そこの魔族ではなく、その男だったようだな」


 ドリュフィスが厳しい目でおれをにらむ。


 おれは六賢者たちを見まわした。


「できれば、あなたたちを殺したくはない。このまま黙って立ち去ってくれないか」

「馬鹿な!」


 イシドルが怒りに満ちた声で叫ぶと、さっと何かを詠唱した。とたんに、そのたくましい体はさらに巨大化して、剛毛につつまれる。


 あっという間にイシドルは半狼半人の人狼ウェアウルフに変身した。その巨大な牙と爪は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭い。全身を覆った毛は、鋼の鎧のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る