第56話 追撃

 草原をしばらく進むうちに、背後から馬蹄のとどろきが聞こえてきた。


 慌てて振り返ると、森のなかから三騎の敵兵が飛びだしてきた。おれたちに向かって突き進んでくる。


「エルザ、なにか魔法は使えないのか?」

「無理です、まだ魔力が全然回復してないですもん」


 このままじゃ、おれたちはすぐに捕まってしまうだろう。おれは絶望的な気持ちで、どんどん近づいてくる敵兵を見つめた。


 そのとき、背後から別の馬が駆けてくる音がした。驚いて振りかえると、それは兵士とビルヒニアが乗った馬だった。


 馬は俺たちの横を走り抜け、敵兵に向かっていく。


 屍兵が馬上で剣を抜きはなった。敵兵も慌てて剣をかまえる。


「ぐわっ!」


 すれ違いざま、敵兵のひとりが斬られて、馬から転がり落ちた。


 ビルヒニアたちの馬は、すぐに向きを変えて、ふたたび敵の騎兵に突進していく。


「ぎゃあ!」


 つぎにぶつかり合ったとき、また敵兵のひとりが落馬した。


 残った一騎はとてもかなわないとおもったのか、そのまま逃げ去っていった。


 ビルヒニアたちの馬が足をゆるめて、おれたちに近づいてくる。


「馬鹿め、何をしておるのだ」


 ビルヒニアが馬のうえから苛立ったように言う。


「ありがとう、助かったよ」


 おれは素直に礼を言ってから、


「クレールたちは?」

「向こうで待っている。急いで合流するぞ」


 ビルヒニアがそう答えたときだった。


「あっ、また来た!」


 エルザが声をあげる。振り返ると、森から多数の弓兵が姿をあらわしていた。


「まずいぞ!」


 おれは叫んだ。逃げる間もなく、弓兵たちが一斉に矢を放った。


 おれとエルザはとっさに地面に伏せる。馬上では、兵士がビルヒニアに覆いかぶさって守った。


 矢が飛んでくる音がして、どすどすと地面に突き立つのがわかった。


 おれは恐る恐る顔をあげる。幸い、おれもエルザも無事だった。だけど、馬の上の兵士には何本もの矢が刺さっていた。


 兵士はぐらりと体をゆらすと、ビルヒニアから離れて地面に転落した。頭部にも深々と矢がささっていて、さすがの屍兵も動きを止めていた。


「さあ、早く乗れ」


 ビルヒニアはおれたちに声をかけてくる。おれとエルザはどうにか鞍に這い上がった。


 弓兵たちの方を見ると、次の矢をつがえているのが見える。


「さあ、走って!」


 手綱をにぎったエルザが、馬の腹を蹴った。馬が駆けだすと、間一髪のところで次の矢が飛んできて、地面にささった。


 しばらく走るうちに、弓兵たちの姿が遠ざかった。さすがにここまでは矢も届かないだろう。


「それで、これからどっちへ行けばいいんですかね」


 エルザがたずねると、ビルヒニアが前方の丘の上に見える建物を指さした。


「アルテミシアたちはあそこで待っておる」

「あの建物ですね?」


 エルザは馬の首を丘のほうに向けた。


 それからしばらくして、馬は目指す建物にたどり着いた。もとは農家だったんだろうけど、裏に回ると建物は半壊していて、もう誰も住んでいないことがわかる。


 エルザが馬をとめ、おれはすぐに地面におりた。


「おーい、クレール、どこだ?」


 そう呼びかけると、すぐに返事があった。


「マサキさま、ここです」


 庭の向こうにあった納屋のかげから、クレールがあらわれた。その後ろにはアルテミシアの姿もある。


「ふたりとも、無事だったか」


 おれはほっとした。


「マサキさまも、お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ」

「よかった……」


 クレールも安心したように表情をゆるめる。


「危ういところだったが、どうにか包囲を突破できたようだな」


 アルテミシアは満足そうに言った。


「おい、マサキ! こっちへ来い!」


 ビルヒニアが呼ぶ声がした。


 おれは急いで建物まで引き返す。


 ビルヒニアはエルザに肩車をさせて、城の方を見つめていた。


「どうかしたのか?」

「城が落ちたようだ」


 丘の上から眺めると、ずっと遠くにビルヒニアの城館が見える。そして、城館のあちこちから黒煙がたちのぼっていた。


「……あのう、そろそろ降りてもらっていいですか? あたし、馬から落ちたときに腰を打って、痛いんですよ」


 エルザが情けない声で言った。


「やれやれ、新たな従者を手に入れなければ、不便でしかたがないわ」


 ビルヒニアはむっつりした顔で言って、エルザの肩から降りた。


「とにかく、急いで出発しよう。敵はすぐに捜索隊を組んで、おれたちを追ってくるはずだ」


 おれは急いでクレールたちを呼びに行った。


 全員が建物の裏に集まり、出発の準備が整った。乗馬は二頭しかいないので、さっきと同じようにアルテミシアとクレールが同じ馬に乗り、おれとビルヒニアとエルザがもう一頭にまたがることになった。


 幸い、荷馬に積んだ荷物はひとつも失われていなかったので、これからの旅に役に立ってくれるだろう。


「まずはマホーツ山脈に向かうのだな? そこまでのルートはどうする?」


 アルテミシアがたずねてきた。


「……西に向かった方が近いだろうけど、それよりもまず王国領から出ることを優先しよう」


 おれは少し考えてから、そう答えた。国境を目指すなら、東にむかった方が早い。


「わかった。それでは東に向かおう」


 そう言ってアルテミシアが馬首を巡らせたときだった。


「いや、あなたたちの旅は、ここで終わりです」


 いきなり近くから聞こえてきた声に、おれはぎくりとした。


「だ、だれですか?」


 エルザが慌ててあたりを見まわしたが、おれはその声に聞き覚えがあった。


「……ラース、どこにいるんだ?」


 そう問いかけると、建物のかげから人影があらわれた。


「これ以上、無駄な抵抗はやめなさい」


 ラースはじっとおれを見つめて、静かな声で言った。


「さあ、無駄かどうか、まだわからないぞ」


 おれは動揺を隠しながら答える。


「いや、もはや貴様たちが何をしようと無駄なのだよ」


 そこでまた、べつの声が聞こえてきた。


(まさか、この声は……)


 いくつかの建物のかげから、次々と人影が出てくる。おれたちの前にならんだのは、全部で六人。


「こうして六賢者がそろったのを見れば、さすがに貴様も諦めがついたのではないかな?」


 ドリュフィスが青い瞳で冷ややかにおれを見つめながら言った。

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