卑怯者でも笑ってほしくて
飯田太朗
みんなそう言う
先日酒に酔った挙句知らない男とホテルに行ったと聞いていたから、まぁ、この結末はある意味必然だった。
いや、駅まで送ろうとした。タクシーを捕まえようともした。しかし終電は逃してしまったしタクシーは捕まらなかった。冬の夜。凍えそうだった。
妻以外の女性とホテルに行くのは確実に問題だが、誠意は持てる。彼女の監督者として、何もせずに一夜を過ごせば、事実として浮気はしていない。
そういうわけでぐずぐずに伸びた彼女を担いで、駅から離れたホテルに宿泊した。ハイヒールとコートを脱がせて、ひとまず彼女をベッドに横たえると、僕はソファでひと息ついた。それから、風呂に入るのも何だかいかがわしいなと、とりあえず顔だけ洗った。
アメニティの髭剃りで髭を剃っていると、彼女の啜り泣く声が聞こえてきた。僕は彼女の元へ行った。
「大丈夫?」
「……何で何もしないんですか」
心底恨めしそうにこちらを見る彼女。多分こういう雰囲気に、持ち込んだんだろうな。僕は笑った。
「妻がいる」
すると彼女は起き上がった。
「若い女の子とこういうところに来たら普通そうでしょ」
「そうだな。だからこうするべきじゃなかった。謝るよ」
すると彼女が黙った。僕も黙った。
「好きなんです」
やっとのことで彼女がつぶやいた。僕は返した。
「ありがとう」
「責任とか、とらなくていいですから」
それから彼女は堰を切ったように話し始めた。
「あなたを感じたいんです。あなたに触れていたいんです。あなたとひとつになりたいんです」
「どれもだめだ」
「どうして。今夜限りでいいって言ってるのに……」
「それがダメだ」
僕は、丁寧に伝えた。
「今夜しか愛してくれない男に身を任せちゃだめだ。君のことをずっと愛してくれて、大切にしてくれる人じゃなきゃだめだ。人は愛されて、守られて、大切にされて、初めて心から笑えるんだ。僕は君に笑ってほしい。心から、ね」
「……卑怯者」
僕は小さく笑った。
「みんなそう言う」
了
卑怯者でも笑ってほしくて 飯田太朗 @taroIda
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