3.もやもやしますわ


 曲が変わった。一礼して私たちはダンスを終える。


「お二人とも、とても素敵なダンスでしたわ」


 私たちに声をかけてきたのは、モントーレ伯爵の娘であるシンシア様だった。社交界の花と名高い美人三姉妹の長女である。


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 アルバートが心底嬉しそうに答える。


「アルバート様、お次は私と踊ってくださる?」


 シンシア様がアルバートの前へと手を差し出した。


 これは良い展開ではないか! やはり真奈美様の助言に従って、一曲踊って正解だったのだろう。

 私は邪魔者ねと思い、そっとアルバートから離れようとした。すると、まだアルバートの手が腰に回っていたせいか、ぐっと引き寄せられてしまう。


「ひゃっ」


 勢いよく引き寄せられたため、アルバートの胸元に飛び込んでしまった。そのままアルバートの両手が背中にまわり、何故か抱きしめられるような格好だ。


「申し訳ない。わたしは彼女以外とは踊らないと決めているのです」


 アルバートよ。いったい、どんな顔してその台詞を言っているの? 声は至ってとても真面目な響きだけれど。


 抱きしめられているので、顔を上げても顎くらいまでしか見えない。にしても……は、はずかしぃ。こんな公の場で抱きしめられているなんて、それを見られているだなんて!


 アルバートの腕の中から抜け出そうと、腕に力を入れてみるがびくともしない。仕方がないので、体の角度を変えれば抜け出せるかと思って試したが、ドレスのどこかが引っかかっているのか思うように動けない。


『良い子だから、じっとしてて』


 もがく私を見かねてなのか、アルバートが耳打ちしてきた。そして、ついでとばかりに私の髪に頬ずりをしていく。


 なに、なに、なに、なにが起こっているの???

 こんな『彼氏面』を披露してしまっては、令嬢たちが寄ってこなくなってしまう。


 焦る私の心臓は、ここ最近で一番激しく動いている。

 そう、これはアルバートが心配でドキドキしているのだ。私がアルバートにドキドキしているわけではない、はず。

 いや、むしろこの状況が恥ずかしくてドキドキしているに違いない! というかそうでないと困る。


「私の誘いを断るって言うの?」


 ダンスを拒まれたシンシア様が、怒りを滲ませた声で言い返してきた。それはそうだろう。普段であれば、ダンスを申し込む列が出来るほど人気の令嬢だ。断られるなど思いもしないだろうし、私も断るだなんて思わなかった。


「アルバート? わたくしとはもう踊ったのですから、シンシア様と踊ったらいいと思うわ。大丈夫、アルバートのリードは完璧だから、恥をかくことなどなくてよ」


 シンシア様は、わざわざ声をかけてきたくらいだから、アルバートに興味があるに違いない。だから、せっかくのこの好機を逃したくない。


「俺は別にダンスで恥をかきたくないから、クリスティーナを理由にして断ってるわけじゃない。本当にクリスティーナとしか踊りたくないんだ。それに、俺が彼女と踊ったら、その間にクリスティーナに他の男が寄ってくるかもしれない。クリスティーナが他の男に触れられるなど、もう我慢できない」


 はわわわわ……どうしよう。アルバートが直球で我が儘を言いだしてしまった。


「ち、違うのよ、シンシア様。アルバートは少々人見知りなだけなの。ほら、アルバート。勇気を出してわたくし以外とも交流しなくてはダメよ」


 何とか首をひねり、シンシア様を視界に入れる。シンシア様は不愉快そうに、眉をつり上げていた。


「いい気なものね、クリスティーナ様。でも、弟にすがって恥ずかしくないのですか? 他の殿方に相手にされないからって、言いなりになる弟を恋人のように見せびらかすだなんて幻滅です」

「えっ?」

「隣国の王子に婚約破棄されたのは社交界ではもう有名な話ですわ。よくもまぁ堂々と顔を出せますわね。羞恥心はお持ちでないのかしら? もし私なら、恥ずかしくて田舎の教会にでも籠もると思いますけれど。あ、でも、教会もクリスティーナ様にとっては、居心地が悪いですものね。本物の聖女様が現われて、あなたは不要になってしまったのだから」


 シンシア様が、流れるように私をけなそうと言葉を紡いでいく。

 そうか、世の中的にはそう受け止められているのかと、冷静に思った。婚約破棄はともかく、聖女の件については、情報の少ない隣国では誤解されるのも致し方ないと思う。でも、自国でも大まかなことだけしか広がっておらず、詳細なことは知られてないらしい。

 自分としては解放されたと思っているのだけれど、詳細を知らなければ、不要になったと思われても仕方ないのかもしれない。


「ちょっと待て。クリスティーナの何を知って――――」


 アルバートがシンシア様に言い返そうとするので、慌てて手で口を塞ぐ。

 すると、予想外のところから声がした。


「あんたさ、自分が恥かいたからって、クリスティーナに八つ当たりするのは良くないって」


 肉がこんもりと盛られた皿とフォークを持った真奈美様だった。


「真奈美様。お行儀が悪いですわ。料理を持ったままフロアの真ん中まで来るなど」

「えぇ……クリスティーナが反論しないから来たのに」

「あ、いえ、お心遣いはもちろん嬉しいですわ。ですが、シンシア様は別に間違ったことはおっしゃっていないなと思ったのです」

「どこがだよ。間違いだらけじゃないか」


 アルバートが私をやっと解放したかと思うと、顔をのぞき込んで文句を言ってきた。


「婚約破棄されたのも、聖女の真奈美様が現われたことも、アルバートと一緒に居るのも、全部事実ですから」


 私がそういうと、シンシア様が勝ち誇ったようにしゃべりだす。


「ほら、本人が認めたではないの。私の言っていることは間違ってないわ。クリスティーナ様は聖女を追放され、婚約者に捨てられ、構ってくれるのはもう弟だけの哀れな人なのよ。あぁ、なんて可哀想なのかしらね」


 シンシア様が大げさに身を震わす。

 私はふとまわりを見渡した。シンシア様のように私を見て笑っている人もいるにはいるが、どちらかというと、シンシア様の行動に唖然としている人の方が多いかもしれない。だって、婚約破棄も聖女から降りた(?)のも事実だが、言うても私は公爵家の娘だ。伯爵令嬢が面と向かって暴言を吐くなど、非常識だと眉をしかめられても仕方ない。


 これ以上、シンシア様の立場が悪くなるのは可哀想だ。私にかかわったために、社交界から笑いものにされてしまっては不憫である。どうにか場を治めなくてはと考えるも、私が口を出すと火に油を注ぐ展開しか思い浮かばない。


「ちょうどいいや。皆さん、あたしは異世界から来た真奈美です。一応、聖女やってます。そんで今は、クリスティーナにも聖女の仕事をやってもらってる。だから、クリスティーナは聖女を追放なんてされてないし、むしろ居てくれないと困っちゃう。ここ、重要だから。、クリスティーナを頼りにしてるの。そこんところ、みなさん間違えないでくれる?」


 真奈美様が演説するかのように、大きな声で言い放った。

 現役聖女の言葉に、ざわめきが広間に広がっていく。


 アルバートが一歩前に出て、真奈美様の横に立った。


「聖女の言うとおりだ。それに婚約破棄に関しても、隣国王子はクリスティーナの重要性に気がつき再度婚約をしたいと言ってきた。最終的にぐだぐだとすがって来て拒否されたのは隣国王子の方だ」

「そうそう、あんなバカ王子と結婚なんかしたら、人生終わりだって。本当に婚約破棄して正解ってくらい、クズなんだから」


 アルバートと真奈美様に言い返され、シンシア様は己の分が悪いと理解したのか、悔しそうな顔をしている。まわりにいる人々も、シンシア様を見て笑っていた。



 私の擁護をする二人は、とても息が合っている。さほど仲良く喋っているイメージはなかったのだけれど。


 もしかして、二人は意外と相性が良いのかもしれない。


 そう思った。

 でも、何だかもやもやとする。大切だと思っている二人が仲が良いのは喜ばしいことなのに。どうして、こんなすっきりしない気分になっているのだろう。自分で自分の気持ちが分からなかった。


 

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