SS.アルバートのその顔に弱いのです
婚約破棄されたものの、カイル殿下の残念な人となりを知り、婚約しなくて良かったと心底思っている。けれど、それはそれとして、やはり婚約破棄は婚約破棄だ。少しも傷付かなかったかと問われると、それは嘘になる。
だけれど、義弟であるアルバートが迎えに来てくれたから、一人じゃないから気分も明るく保っていられた。だから、少しくらいなら彼氏面も大目に見てあげよう。改めるつもりもあると本人は言っていたし。そう思っていた。
そう、そう思っていたのだけれど…………。
屋敷に帰ってきた夜、慣れ親しんだ自分のベッドで眠った。隣国との移動や婚約破棄での気苦労で疲れていたのか、ぐっすりと眠り、翌朝は気分良く目覚める。
だけど起き上がって横を見た瞬間、飛び込んできたのはアルバートの顔だったため、爽やかな気分は吹っ飛んでしまった。
「えっ、アルバート?」
さすがに寝起きに弟のご尊顔は驚く。気持ちよく目覚めたというのに、心臓が全力疾走したようにドクドクと動いていた。
アルバートはベッドの真横に椅子を持ってきて座っている。まさか、考えたくはないけれど、私の寝ている姿を眺めていたのだろうか? というか、いつからいたの??
「おはよう、クリスティーナ」
私はたいそう怪訝な表情を浮かべているだろうと思うのだが、アルバートは反対にニコニコとしている。まるで私がおかしいと思っていることがおかしいのかな、と思ってしまうくらいに、当たり前のような雰囲気を醸し出してそこにいた。
「ええと、アルバート。あなたなんでそこにいるのかしら? さすがに
「一応ノックはしたよ」
「いや、寝ていたら意味ないでしょう。わたしくは返事をしたかしら?」
「……ごめん」
あれだけニコニコしていたのに、一気にシュンとうなだれてしまった。昔からアルバートのこの表情に弱いのだ。だけど、いつもまでも弱いなんて言っていられない。
ちょっと胸が痛んだが、今まで甘やかしていたからこそ、人前でもべったりとくっついてくる癖が治らなかったのだ。
「ね、アルバート。慕ってくれるのは嬉しいけれど、ちゃんと節度は必要よ。アルバートもそろそろ将来を真剣に考える時期なのだから。あまり子どもっぽい行動をするのはいけないわ」
「だけど……クリスティーナが婚約すると聞いたとき、他の男に取られるって本当はすごくつらかった。無理やり破談にしたかったけど、クリスティーナが決心して隣国に行くなら邪魔をするべきじゃないって、ものすごく我慢したんだ」
アルバートがうなだれたまま、拗ねた子どものように言う。
「そうだったのね」
「そうだよ。だから昨日の婚約破棄が、俺の願望が見せる妄想だったらって、すごく怖くなったんだ」
「つまり、わたくしがちゃんといるって確かめたかったのね」
アルバートがこくりと頷いた。
そうか、そういうことだったのか。
姉離れ出来ていないといえばその通りなのだが、ちゃんとアルバートなりの切実な理由があったのだ。それなのに、頭ごなしに常識を説いてしまって、申し訳なかった……かな。
「今日だけでもいいから、クリスティーナの側にいちゃダメだろうか」
アルバートが私を下から覗き込むようにして、じっと見つめてくる。ないはずの子犬の耳が、アルバートの頭上でぺたんと垂れているようだし、聞こえないはずの「くぅ〜ん」という鳴き声がした、気がしてきた。
いや、気のせいなのだ。分かってる。分かっているのだけれど…………ダメだ。
私はやっぱりアルバートを突き放せない。こんなに可愛い弟なんだから、今日くらい甘やかしても大丈夫だよね。うん、きっと大丈夫。
「仕方のない子ね。今日は特別よ」
私は心の中で自分自身と対話した結果、また甘やかす方を選択したのだった。
それから三日が過ぎた。
アルバートは相変わらず私にべったりだ。移動する時は常にエスコートしようとしてくるし、来客を出迎えれば当然の顔をして隣に立つ。もちろんピッタリと寄り添ってだ。
あれ?
今日だけ、と許した彼氏面のはずが、ずっと続いているのですが??
目の前からアルバートが執事によってお父様の書斎へと引き摺られていく。どうやら家の仕事を抜け出してきたようだ。
「アルバートったら、本当に彼氏面を直すつもりはあるのかしら」
アルバートの後ろ姿を見送りながら、首を傾げる私だった。
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