2.お迎えを頼みます
婚約が破棄されたことにより、婚約パーティーは当然の如く終わりを迎えた。出席していた隣国の貴族達は私に対して何か言いたげではあったが、結局誰も声をかけてくることはなかった。
まぁ当然だろう。私は婚約を破棄された側なのだから。文句をいうなら自国王子であるカイル殿下に言うべきだし。
せっかく華やかに着飾った姿も、こうなると滑稽だ。ドレスの重みに心も沈みそうになる。
用意して貰っていた部屋に戻ると、私付きになる予定だった使用人たちがドレスを脱ぐのを手伝ってくれた。
「ありがとう。こんなことになってしまって申し訳ないわ」
「い、いえっ。我らこそ、カイル殿下の失言、誠に申し訳ありません。本来であれば、何としても婚約していただきたかったのですが……」
侍女の筆頭であるステフが口惜しそうに顔を逸らす。
「わたくしも婚約するつもりだったのですが、カイル殿下のご様子ではとても無理でしたわ。力及ばずで心苦しいですが」
「いえ、分かっております。とても失礼なことを言われてもなお、婚約を続行しようと言葉を尽くしていただいたことは感謝しかありません。クリスティーナ様のお気持ちをすべて台無しにしたカイル殿下が悪いのです」
「まぁ、そんなに言い切ってしまって大丈夫? ここはそういう国でしょうに」
「はっ、私としたことが」
ステフが青ざめて、口を手で押さえた。
「ふふ、大丈夫よ。わたくしを含めて、ここにいる皆は告げ口などしないでしょう?」
私が笑いながら他の使用人達を見ると頷いている。そもそも、皆、ステフと同じ気持ちなのだろう。
「それに、少なくとも、わたくしが自国へ帰るまで数日間は滞在することになるわ。その間は何かあったとしてもわたくしが守ります」
「クリスティーナ様! あぁ、これからもお仕えしたかった……」
ステフが涙を浮かべる。
まだ会って数時間だというのに、ここまで思ってくれるとは嬉しいけれど何だか気恥ずかしい。でも、婚約破棄でささくれた心に、じんわりとその嬉しさが染み渡った。
***
私はイシュリア王国、ローセン公爵家の長女だ。十四歳から聖女候補として教会で現聖女様から指導を受けていたが、異世界から聖女の紋様をもつ少女が突如現れたために、十九歳にして聖女候補の任から解放されたのだ。
我が国では聖女は当代に一人現れる。正確には、引き継ぎのときだけ二人存在することになるけれど。聖女の代替わりのタイミングで次の聖女が現われるのだ。体の一部に聖女の紋様が浮かび上がり、次の聖女に選ばれたのだと分かる仕組みだ。
次の聖女があまりにも見つからなかったので、現聖女や王達は困り果てた。聖女が不在だと、魔物が国に入り放題になってしまうからだ。
でも聖女が異世界にいたのなら、国中を捜索しても見つからないはずである。まさか異世界からやってくるなど誰も思わないだろう。なので王と現聖女が相談した結果、魔法の力の強い少女に聖女教育をしようとなり、私が頼まれていたというわけだ。
聖女のお役目は魔物が入ってこないように国の結界を保つこと。国民の命や生活を左右するかと思うと責任が重く、解放されてほっとしたものだ。だが、気楽に過ごせたのは束の間で、聖女候補として培った力を是非生かして欲しいと、隣国から婚約話が持ち上がった。
正直あまり気は進まなかったが、隣国に必要にされているのかと思って来てみた。それなのに、あっさりと婚約破棄だ。ちょっと私、国の偉い方々に振り回されすぎじゃないだろうか。さすがにげんなりしてしまう。
使用人たちも下がり、今は部屋に一人きり。やっと気を抜ける。もう何も考えずに眠りたい。
「あ、休む前にお父様に連絡しなくては」
早く寝てしまいたいけれど、連絡しておかなくては迎えがその分遅くなってしまう。
私は荷物の中から手のひらに乗る程度の小鳥の置物を取り出した。
そして、テーブルの上に置くと両手をかざす。
『大地の恵みよ、かのものに一時の命を与えよ』
唱えながら小鳥の置物に魔法を掛ける。すると、置物だった小鳥の瞳が輝きだし、ピピっと可愛らしい鳴き声をあげた。
「婚約破棄されたので、迎えにきてください、っと」
細々と説明するのも面倒だ。簡潔に用件だけを小鳥に吹き込む。
これは魔法で動く伝言鳩だ。使う者によって伝言量や飛ぶ速さが変わるしろものである。私の魔法の力であればもっと詳細な説明も吹き込めるのだが、それよりも早く迎えに来て欲しいからスピード重視だ。
小鳥を手のひらに乗せて窓辺へと移動する。
「最速で伝言をお願いね」
窓を開けて小鳥を夜空に放つ。小鳥はあっという間に飛び去っていった。
情報量が多いとスピードが少し落ちるため一文のみの伝言だ。明日の午前中、早ければ日の出前には届くかも。
「朝から大騒ぎになってしまうかもね」
思わず苦笑いしてしまう。
伝言を聞いた父はどんな反応をするだろう。多分、私に対して怒りはしないと思う。もともと隣国行きは心配していたし。逆に戻ってくることを喜びそうな予感すらある。
どんな反応にしろ返事待ちだ。考えても仕方ないし、今日はもう寝よう。
伝言が届き、父が迎えの支度をして、隣国まで移動となると…………2日後くらいだろうか。それまでは隣国に旅行に来たと思って観光でもしようかな、などと私はのんきに思っていたのだった。
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