第16話 新たな試練

 他人からの評価というものは、きっかけ次第で一変するのだなと、伊織は強く実感していた。

 朝から始まり、休みのたびに行われた光からの質問。邪険に扱うこともできず、無難に返していった結果。


「ねぇねぇ、大沢君! 私もちょっと質問いいかな?」

「あ、俺も俺も! 強くなる秘訣とか教えてほしいんだけど!」


 大勢が伊織のもとにやってくるようになった。話題に挙げても問題ない認知されたことで、関わりの薄かった者たちも質問を投げかけてくるようになった。

 そして伊織は、余計な波風を立てないためにも、それらの質問にも無難に答えることでお茶を濁し、それがまた人を呼ぶ堂々巡り。放課後になった頃には、朝の孤独が嘘のように伊織は人に囲まれていた。


「あ、今日って大沢君は暇? せっかくだし、皆で遊んでもっと仲良くなろうよ! まだまだ話も聞きたいし!」


 いわゆる時の人。思わぬきっかけで誕生した有名人。似たような日々を繰り返している学生にとって、伊織という非日常はとても愉快な刺激だったのだろう。

 知的好奇心のままに声をかけ、距離を詰めてこようとするクラスメートたち。人気者というよりは、見世物として堪能されていることがよく分かる。


「……うん、ゴメンね。今日はちょっとダンジョンに行く用事があるんだ」


──だからこそ、伊織はそれとなく彼らとの心の距離を取る。無難な回答を心得ながらも、決して一定以上先には踏み込ませない。


「えー。それって今日じゃなきゃ駄目なやつー?」

「てか、あんなことがあったのにもうダンジョン潜るのかよ。どんだけ冒険者の活動好きなんだお前?」

「違う違う。事件関係でちょっとね。あんまり話せることじゃないんだけど、行かなきゃいけなくてさ」

「あー……」


 内容をぼかしながら、優先度の高い用事であることを伝える。……もちろん、用事というのは嘘である。事件云々に関しても、もはや伊織の手を離れた事柄だ。

 それでも伊織が理由として挙げたのは、誰もが理解できる程度には重要で、それでいて滅多にない事例であるために嘘と見抜かれにくいと考えたから。

 事実、食い下がろうとした面々も、それなら仕方ないと言いたげな表情を浮かべている。見事に勢いを殺すことに成功していた。


「それじゃあ、僕は帰るね。また明日」

「うん。ばいばーい」

「時間ができたらカラオケとかいこーなー」


 そうして会話を切り上げ、クラスメートたちに見送られながら帰宅する。騒がしかった一日は、ひとまず一段落がつく。


「いやはや、凄い人気でしたねマスター」


 耳元で浮かぶサポが囁く。それは一日中ずっと伊織のそばを漂い、全てを眺めた上での感想だった。

 珍獣の間違いだろう反論したくなったが、通学路であり周囲の人目が多いために断念する。

 代わりに心の奥で遺憾の意を念じ、さらに視線でもって静かに抗議を伝えることに。


「珍獣と変わらないというのはその通り。ですが、人気というのはそういうものでしょう? 人目を惹くのが第一歩。そこから魅了し、支持を獲得することで真の人気者になるのですよ」

「……」


 サポの主張は間違ってはない。一つの真理とも言える。それは伊織としても認めよう。

 問題は、別に伊織が人気者になろうなどとは思ってもいないということ。承認欲求も薄く、むしろ抱える秘密が秘密であるために、有象無象の一つに潜んでしまいたいと考えているほど。……そもそも誰かを魅了できるとも思ってはいないが。

 ともかく、目立つメリットなどなにもないのだ。少なくとも、伊織の考えうる限りではメリットは皆無に近い。

 それでもなお、サポは伊織の現状を良しとしている。積極的に知名度アップを推奨しているわけではないが、目立つことを悪手と認識していない。

 それが伊織には不気味だった。両親の件からも分かるように、サポはダンジョンマスターとしての活動に支障が出ると判断すれば、忠告の類いも容赦なく投げかけてくる。


「──すいません。ちょっとよろしいですか? あ、こちら名刺です」

「先週の事件で犯人を取り押さえた方ですよね? お時間よろしければ、取材に御協力頂ければと思いまして」


──そんなサポが、今の状況を助言もせずに黙認するなど。大勢の注目を集め、こうして記者に待ち伏せされることすらある現状を、面白そうに眺めていることが不気味でならない。


「……申し訳ないのですが、そういうのはちょっと」

「そこをなんとか! お時間も取らせませんし、是非とも国民の方々に正しい情報をお届けする御協力を!」

「急いでいるので。では」

「あっ、ちょっと!?」


 穏便に、されど有無を言わせぬ態度で、伊織は待ち伏せしていた記者たちを振り切った。

 交流のあるクラスメートならば、もう少し丁寧に対応していたところだが、彼らは縁もゆかりもない他人。愛想などは最低限で問題ないだろう。


「おや、良かったのですかマスター? 取材を受ければ、もっと有名になれたかもしれませんよ?」

「あのねぇ……」


 ついに伊織がサポの言葉に反応した。記者たちに追われないよう人気のない場所まで移動したため、会話をしても問題ないと判断したからだ。

 それでも念のためと、携帯とワイヤレスイヤホンを取り出し、通話の体を取ってはいたが。


「取材なんて勘弁だよ。いっぱいこられても面倒だし」

「まあ、一度受ければ『自分たちも』と、ワラワラやっては来るでしょうね。話題性という意味ではピカイチですし」

「なら、なんで楽しそうなのさ……」


 クスクスと笑うサポを、伊織が半眼で睨む。どうしても彼女の真意が見えてこないのだ。

 一見して不都合ばかりのこの状況で、からかいの言葉を口にする意味が分からない。


「キミは僕を有名人にでもしたいわけ?」

「いえ、そういうわけでは。お忘れかもしれませんが、私が人助けを勧めたのは、マスターの精神安定が目的ですので」

「忘れてないよ。だから今の状況に首を傾げているわけだし」


 鬱屈とした感情を抱えていた伊織に、サポが賞賛と感謝を与えようとしたことが全ての始まり。

 誰かからの『ありがとう』の一言で、少しでも心が軽くなればいい。そんなサポの優しさからの提案で、伊織も義侠心からそれにのった。

 その結果がコレだ。別に失敗したわけではない。助けたふわふわトレニャーの面々から、多大な感謝の言葉を送られた。

 問題なのは、事態が『ありがとう』の言葉だけでは収まらなくなっていること。数多の要因が重なり、伊織という存在が大衆の目に晒されてしまっていること。


「ありがとう、どういたしまして。本当なら、これで十分だったはず。……でも、そうはならなかった。今のはキミにとって、いや僕たちにとってよろしいものではないはずだ」

「そうですね。ここまで大事になるとは思ってもいなかったというのが、私の素直な感想でございます。我々はプレイヤーサイド、世界を動かす側ではありますが、それでも限度というものがある。中々どうして上手くいかないものでございます」


 サポは、そして伊織は確かに超越者である。ダンジョンを通して、この世界を管理する側である。

 だが二人は全知全能の神ではない。未来を見通す眼を持っているわけでもない。全ての発端である、異世界の魔王たちほどにケタ外れな存在ではないのだ。

 結局のところ、常人より見える範囲が広く、打てる手段が多いだけ。プレイヤーではあっても、ゲームマスターではないのだ。

 だからこうして間違える。予想外など普通に起きる。未来に対して、最適な選択をし続けることなど不可能だから。人類全ての思惑が混在するとなれば尚更だろう。


「ですが、これもまたいい機会ではありませんか。上手くいけば得がたい経験ができると、そう考えれば今の状況も悪くはありません」


──故に、ミスすることは端から織り込んでおく。ミスの内容は分からなくとも、臨機応変に予定を組み換えていく前提でことを進めていく。


「……得がたい経験、ねぇ。今度は何を企んでるの?」

「マスターのためになること、ですよ。ただ少しだけロクでもない内容なので、今はまだ秘密でございます。ここで教えてしまっては、あなたの成長に支障が出てしまうでしょうし」

「いや、ロクでもないことなら止めてほしいんだけど……」

「残念ながら、これもまたいつか向き合う必要のあることですので。遅いか早いかの違いでしかありません」


 避けられない未来であると、サポは苦笑を浮かべて首を振る。これまでしてきた選択と同様に、どうしようもないことであると言いたげに。


「私が今言えるのは一つだけ。あなたはこれから、人の醜悪さを目の当たりにするかもしれません。あやふやで無意味な、それでいて悍ましい悪意を知るでしょう」


 同じ目的を掲げる相棒として、ともに永き時を生きる半身として。励ますように、背を押すように。コツンと額を合わせ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「──それでもどうか、どうか折れないでください。人類を愛してください。世界のためではなく、あなた自身のためにも」

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ダンジョンマスターになった僕は、今日もまた世界と命を天秤に載せる モノクロウサギ @monokurousasan

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