第15話 一変

 やってしまったなと、伊織は周囲を眺めながら思う。

 怒りと勢いに任せて、犯罪者を拘束したのが金曜の夕方。そして土日を挟んで月曜。登校した伊織を待ち受けていたのは、クラスメートからの好奇の視線であった。


「……」


 何故、クラスでも目立たない生徒であった伊織が注目されているのか。その理由はとても単純なことである。


「……ねぇ、やっぱりあの動画のアレ、大沢君だよね?」

「……だと思う。The冒険者って感じの服装のせいで、かなりイメージと違うけど。でも、顔はそっくりだったし……」


 サポに背を押され、伊織もまた嫌悪と怒りから積極的に動いたあの一件が、動画としてSNSで拡散されてしまったからだ。


「いやー。能天気な者たちがいたものですね、マスター。この私をしても、少しばかり想像できませんでしたよ」


 ふよふよと宙を漂うサポの苦笑に、伊織は反応を表に出さずに同意した。

 平和ボケした日本人の面目躍如というべきか。どうやら銃を構えた犯罪者のすぐ近くで、カメラを構えていた猛者が複数名存在していたようなのだ。

 しかも、目の前で起こった大事件にジャーナリズムを発揮したのか、それとも承認欲求を満たしたかったのかは不明だが、その動画は衝撃映像としてSNSに投下され、多くの反響を呼ぶ始末。

 最終的にはお茶の間を賑わすニュースにまで発展。事件の最前線に立っていた伊織も、必然的に全国デビューを果たす結果になってしまった。


「……なぁ、ちょっとお前訊きにいけよ」

「……無理矢理。流石にキッツイわ。動画の中のアイツ、すげぇおっかねぇ顔してたし。確か、犯人の腕も躊躇なく壊したんだろ?」


 特に厄介なのが、発端が素人投稿であるために、無加工の動画が世に出回ってしまったことである。

 流石に全国に放送されるニュースともなると、伊織の顔にモザイク処理が施されていたものの、発端がネットであるために焼け石に水。

 それに加えて、センセーショナルな点が複数存在していたことも運が悪かった。

 新たな犯罪として話題に上がっていたモンスタートレイン。入手経路が不明の拳銃。被害者には有名ストリーマー。そして犯人を取り押さえたのは高校生。

 これだけでも世間の注目を集めてあまりあるが、さらに家宅捜索によって衝撃の事実が追加された。ダンジョンで死亡したと見られていた冒険者、それも複数人の装備が犯人宅で発見されたのだ。

 かくして、男は日本の犯罪史に残るであろう凶悪犯となった。そして伊織は、否応なく正義のヒーローとしてネットを中心に扱われることになった。


「……でも正直、動画の大沢君はちょっとカッコイイと思った」

「分かる。怖い感じなのは否定できないんだけど、絶対になにかあったら守ってくれそうな頼もしさはあるよね」

「というか、大人しめな雰囲気で、あの冷たい感じとかギャップじゃね?」

「「分かる」」


 クラス中の噂話が聞こえてくる。後ろめたさを感じているからこそ、逆に神経が過敏になってその手の話題を拾ってしまうのだ。

 ……あと単純にクラスメートたちの声が大きい。非日常と接近したことでテンションが上がっているからか、それともあまり隠すつもりがないからか。ヒソヒソ話の体をなしていない者が多いのである。


「ふふっ。どうですかマスター。こうして賞賛を向けられるのは気持ちいいでしょう?」

「……」


 まるで悪戯を誇るかのようなサポの微笑み。だが伊織は反応はしない。いや、人目があるからなんとか抑えたと言った方が正しいか。

 気持ちいいかだと? ──そんなの否である。居心地の悪さと羞恥しか感じていない。

 ただでさえ、伊織は後ろめたい秘密を抱えているのだ。露見の可能性がゼロに近いとしても、注目されること自体が神経を刺激する。本能的に身構えてしまう。犯罪者が日向の世界を嫌煙するのと同じように。

 だがそれだけじゃない。なにより伊織を苦しめるのは、あの一件が伊織の中で黒歴史のような扱いなっていることである。

 犯人の言動が伊織の逆鱗に触れたこと、サポに背中を押されたことなど、人道に則った人助けなど、肯定的な理由を挙げればキリがない。正当化しようと思えばいくらでもできる。

 だがそれでも、やはり伊織の中では黒歴史であることに変わらない。溜め込んでいたストレスが爆発し、感情のままに行動してしまったことをどうして誇れるというのだ。

 それも暴力という形で発露されるなど、人間関係で波風を立てないことを是としている伊織にとっては、どうしようもなく恥ずべきことであった。


「はぁ……」


 憂鬱。その一言に限る。肖像権などお構いなしに、自らの黒歴史を拡散され、あまつさえ賞賛を向けられるなど。これまでとは違った方面での苦しさがある。

 ある意味で久しぶりだった。ここ数日、伊織はダンジョンマスターとしてのストレスを感じていないのだ。一時的ではあるものの、黒歴史の拡散による羞恥心が日々のストレスを上回っているのである。……それが良いか悪いかは別として。


「あいつら、遅いなぁ……」


 こういう時は、友人たちと何気ない雑談で気を紛らわせしまいたい。幸いにして、伊織の友人たちはその手の気遣いはできる者たちだ。

 事件が報じられてから、土日の間に通話アプリである程度の言葉は交わしている。伊織が一連の事件をよく思ってないこともすでに伝えてあるので、その辺りの事情も汲み取ってくれるはず。もちろん、多少の質問は飛んでくるかもしれないが、許容範囲に収まるであろうという信頼はあった。

 問題は、伊織の友人たちは時間ギリギリに登校してくるタイプであるということであり、日によっては遅刻もしてくるズボラな性格であるということ。

 だからこそ、伊織はクラス中から好奇の視線を向けられながらも、ポツンと自分の席で待機することしかできなかった。唯一の抵抗は、素知らぬ顔で携帯を弄りながら、周囲の喧騒をシャットアウトしようと努力することだけ。


「おっはよー! あ、大沢君いたー! ちょっとSNSの動画で訊きたいことあるんだけどぉ!!」


──そんな囁かな抵抗も、一人の少女が登校してきたことで無駄となった。

 笹原光。クラスの中心人物で、人懐っこく好奇心旺盛な、お喋りすることが大好きな性格。そして伊織にとっては、恐らくクラスの女子の中ではもっとも交流のある相手。


「……なにかな? 笹原さん」


 故に、伊織の放つ人避けの気配も、光の前では意味をなさない。そして友人たちほど親しいわけでは、なにかあった際に連絡をとるほどの関係性ではないために、伊織の内心など知る由もない。

 かといって、邪険に対応することも難しい。クラスの中心人物であり、不仲でもない異性を相手に、冷たく接することなど伊織にはできない。


「あの動画、大沢君だよね!? 顔的に絶対そうだよね!?」


 人間関係で波風を立てないことを信条としている伊織にとって、好奇心で目を爛々と輝かせる光は、悪意どころか好意すら滲ませ突撃してきた光は、まさに鬼門というほかなく。


「……まあ、うん。そうです……」

「きゃああ! 凄い凄い! あの動画めっちゃカッコよかったんだけど! いろいろ教えてよ君!!」

「……」


 有名人を見つけたファンの如くはしゃぐ光を、伊織は瞳からハイライトを消して見つめていた。

 そして、どうすれば無難にやりすごせるかなと、ミーハー全開の光を眺めながら頭の中で考えていた。

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