Blood TeaParty

彁はるこ

Blood TeaParty

「来てくれたのね! さあ入って! 早く!」

「えっ? わ、わたしは頼まれていた帽子を届けにきただけで……」

「シッ! 駄目よ。公爵夫人は厳しい方なの!」


 顔色の悪い中年のメイドは、酷く慌てた様子でメアリを屋敷の中に引き込んだ。


「早く! 早くっ!」


 彼女は戸惑うメアリの細腕から荷物を奪い取る。

 綺麗にラッピングの施された箱の中身は帽子屋である祖母がこの屋敷の奥方から依頼された帽子で、足を痛めた祖母の代わりにメアリが届けに来たもの。


「あの、わたしは祖母の代わりに来ただけで……。すぐに帰――」

「お茶会を続けて! お茶会を続けないと夫人に怒られるの!」


 説明をしようとしても慌ただしくまくし立てて遮られ、メアリは有無を言わさずティーポットを押し付けられた。


「私じゃもう無理なの。若くないから、私だと公爵夫人がお怒りになるわ。早く! お茶会の支度は中庭にできているから! あとはすべてに注ぐだけなの! 中庭に急いで!」

「きゃ!」


 背中を強く押されてメアリはふらついた。


「わたしなんかが公爵夫人にお茶を淹れるなんて…………あれ?」


 数歩よろけてバランスを取り直してから後ろを振り返ると、既にメイドはいなくなっていた。広い玄関ホールにはメアリだけが取り残されている。


「えっ? どこに?」


 辺りを見渡しても姿はない。

 去って行った足音もしなかったので、メアリは首を捻った。


「無理よ。身分の高い方に出すようなお茶なんて淹れたことないもの。きっとわたしを新しいメイドがなにかと勘違いしたんだわ」


 メアリは十三歳。メイドとして奉仕に出てきてもおかしくはない年頃だ。

 服装も姉のお下がりである赤茶のエプロンドレスで、髪も短く揃えて淑女らしくはない。つけているリボンも飾りではなく髪が散らばらないようにまとめているだけなので質素なもの。

 勘違いされても仕方がなかったが、それにしたって話を聞かないメイドだとメアリはむくれる。


「理由を説明して帰らせてもらおう」


 預かったティーポットはハンプティダンプティのようにまん丸で、上質な品。このままどこかに置いて勝手に帰り、後々言いがかりをつけられても困る。

 きちんと誰かに返そうとメアリは屋敷の奥へと進んだ。

 ひとまず、メイドの言っていた中庭を目指す。


「ここが中庭?」


 屋敷は想像以上に広く、そのくせ人っ子一人見当たらないので中庭に辿り着くまで随分と時間が掛かってしまった。


「なんてひどいの……」


 中庭は黒い枯れ木と多種多様の雑草に覆われていた。

 長い間手入れがされていないと一目で分かる。


「これがお茶会の支度? 全然されてないじゃない」


 枯れ果てた中庭の中心には長テーブルがひとつ。並んでいる六つの椅子は殆どが壊れており、上座の一席だけが生き残っている。

 なのに各席の前にソーサーが置かれていた。

 六つのソーサーと、二つのカップ。


「四つもカップが足りないわ。これで何の支度ができていると言うの? そもそも、席もまともにないじゃない」


 メアリは呆れを通り越して怒りが湧いてきた。


「公爵夫人のお茶会と言うからどんなものかとドキドキしけど……緊張して損したわ」


 悪態をつきながら長テーブルへと近付く。

 靴底で雑草がザクザクと乾いた音を立てた。雑草だけではなく、錆びたティースプーンや食器の破片まで落ちている有様。溜め息も出てこなくなる。


「こんなにひどいのなら、わたしが淹れても叱られなさそうね」


 小馬鹿にした態度でメアリは上座にくる。

 そこに置かれたティーカップへとポットの中身を注いだ。

 渡された時、すでにティーポットは重く中身が入っている様子。ならメアリが中庭を探して歩き回っている間に湯は冷めて、茶葉も開き過ぎているだろう。

 どんな渋い色味の紅茶が出てくるのかと意地悪に胸を躍らせたメアリだが、カップに溢れた中身を見て悲鳴をあげる。


「……な、なにこれ! 血っ!?」


 驚愕のあまりポットを落としてしまったが、それどころではない。

 カップの中で赤黒い液体が波打っている。

「――――うっ!」漂ってきた異臭にメアリは口と鼻を押さえた。

 怪我をした時に嗅いだことがある独特の鉄臭さが何倍にも増幅されており、嫌悪感に襲われる。震える脚が自然と後退った。

 全身が粟立ち、顔を逸らしたその時。


「まあ、美味しそうな香り」


 背後から声が響いた。

 柔らかく優しそうな声にメアリは我に返る。そして恐怖に高ぶったまま声の主へと助けを求めようと振り返った。


「わ、わたし新しいメイドと間違われてここに――――ひいっ!」


 メアリの喉がさらなる恐怖に締まる。

 ひゅっと喉奥で悲鳴が詰まった。


「まあ、美味しそうな香り」


〝それ〟はメアリが届けた帽子を被っていた。

 豪奢な羽根と薔薇の造花で飾られた大きなツバを持つ真紅の婦人帽。だから〝それ〟が公爵夫人であるとメアリは瞬時に理解できた。

 理解できたが、


「あ、あっああっ……」


 メアリの奥歯はカタカタと震える。

 婦人帽と、明らかに血液だろう汚れでベットリと赤黒く染まった豪奢な白いドレスを身に付けた〝それ〟は裂けた口から地面につきそうなほど長い舌を溢していた。


「まあ、美味しそうな香り」


 目がなく、鼻がなく、ニタニタと笑う耳まで裂けた三日月型の唇から伸びる舌を揺らして歩いてくる。

 ゆっくりと近付いてくるそれが公爵夫人だと言うのなら、女性にしては異様に身長も高い。二メートルは悠々と超えている。男性でもこれほどの高身長をメアリは見たことがない。


「まあ、美味しそうな香り」


 恐怖に強張るメアリへと公爵夫人は赤い腕を伸ばし――――


「まあ、美味しそうな香り」


 メアリの背後にある長テーブルからティーカップを摘み上げた。

 尖った爪と指が一体化しているほっそりとした手でカップを持ち、舌先でチロチロとカップの中身を舐め始める。

 だが、長い舌は蠢くだけ蠢いてうまく中身を舐め取れない。大半以上が零れ落ち、あっという間に中身が空になった。

 公爵夫人は空のカップをソーサーに戻す。

 そしてもうひとつあるカップへと腕を伸ばして「ない」と呟いた。


「ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない」


 公爵夫人は空っぽのカップを目のない顔で見詰めて繰り返す。

 赤い爪先でカップの中身を何度か引っ掻いて「まあ、美味しそう」

 ぐりん! と唐突に、勢い良く、メアリへと顔を向けた。


「ひっ」


 唾液をたっぷりと含んだ長い舌がメアリの頬をザラリと舐め、そこでようやく弾かれたようにメアリは飛び上がった。


「きゃああああああ――――!」


 絶叫とともに踵を返し、メアリは走る。

 一目散に玄関ホールまで戻る。ドアノブに飛び付いた。


「! っ……開かない!?」


 いくら回しても、ガシャン! と重い手応えだけで扉は無慈悲にも黙したまま。


「なんで!? だ、出して! 誰か!」


 どれだけ扉を叩いても反応はない。

 代わりに「まあ、美味しそう」

 あの優しげな声が近付いてきた。


「に、逃げなくちゃ……! とにかく逃げなくちゃ!」


 肩を跳ねさせる余裕もない。メアリは扉から離れ、必死に駆けた。がむしゃらに駆け回り、気配から離れ、目に入った部屋に飛び込んだ。


「あっ! ここに隠れられる……!」


 メアリはベッドの下に潜り込み、息を潜める。


 ――――きた!


 しばらくして部屋の扉が開かれた。

 衣擦れの音が近付いてきて、壮麗ながらも鮮烈な血に染まるレースのドレス裾がベッドのそばに寄ってきた。


 ――――こないで! こないでっ!


 メアリは心臓が飛び出そうな口を両手できつく押さえ、必死に存在を殺した。


「ない。ない。ない。ない」


 抑揚よくようだけが優しい壊れた声と、ズッズッズルズル……と不気味な衣擦れの音が部屋を一周。


「わたくしのお茶会はどこで開かれているのかしら?」


 小さな呟きのあと公爵夫人が部屋から出て行った。

 それでもメアリはベッドの下から出られず、震えていた。


「なんなのよ……あれが、公爵夫人? あんなのが?」


 どれだけ時間が経ったかは分からない。

 少し冷静さを取り戻したメアリは意を決してベッドからゆっくりと這い出した。


「意味が分からないわ。わたしは、帽子を届けにきただけなのに……」


 メアリは自分を抱き締めた。

 このまま縮こまっていたかったが、そうも言ってはいられない。


「どうにかして屋敷から出ないと」


 震える心と身体に鞭を打ち、メアリは目じりに溜まる涙を拭った。


「なにか使えるものはないかしら?」


 メアリは部屋の中を見渡す。

 簡素な部屋は窓もなく、ベッドと小さな書き物机しかない。


「あっ、ここが調べられそうね」


 メアリは書き物机の引き出しに手を掛けた。引き出しはどれも空っぽで埃っぽく随分と使われている気配がないが、最後の引き出しにだけ一冊の手帳が入っていた。


「これは、日記?」


 これまた長らく誰の手にも触れられていない具合だが、メアリは藁にも縋る思いで黄ばんだページを捲る。


 ◾️月◾️日

 今日も奥様は中庭でお茶会をたしなんでいらっしゃる。春バラが見頃で、美しい。

 ◾️月◾️日

 新しい茶葉を奥様は大層喜んでくださった。よかった。


 他愛もないよくある日記。けれどもあるページから一変した。


 ◾️月◾️日

 見てしまった。――と旦那様がそんな関係だったなんて……。奥様に拾って頂いたのに。あの恩知らず!

 ◾️月◾️日

 ――に忠告した。あの女、旦那様は奥様より若い女がいいと旦那様まで侮辱する物言いをする。信じられない。――から誘惑したに決まってる。

 ◾️月◾️日

 ついに二人の関係が奥様にバレた。なのに――は開き直って態度を大きくしている。あんな子だったなんて……! 奥様がお可哀想!

 ◾️月◾️日

 奥様がご自分を気にし始めている。奥様は十分にお美しい方です。


 そこからページが飛び、唐突にそれはやってきた。


 奥様が――を――た!


 日付けもなく、荒れた文字はうまく読み取れない。

 次のページも同じように書き殴られていた。


 奥様はお美しい。でも足りないと。

 だから奥様は――を――して――――!

 奥様は変わってしまわれた。美しさに執着して、あんな……

 有り得ない。あんなのが美しさが保つお茶だなんて!

 奥様は若い娘を――して、若い娘の――を使ってお茶会を!

 でもお茶会を続けなくては私が危ない。

 奥様には逆らえない。

 若い娘をお茶会に呼ばなくては。

 若い娘の――を――してお茶会を開く。

 そうすれば奥様は落ち着く。

 あれはお茶。あれお茶。ただのお茶。

 ――――のお茶を用意して、奥様に飲ませなくては。

 ああっ呼ばれた! 奥様がお茶会を始める!

 早く中庭に若い娘を、お茶をご用意しなくては!


「なにこれ……気持ち悪い」


 率直な感想が口をつく。


「よく分からないけど、あの公爵夫人にお茶を飲ませればいいのね」


 嫌悪感を滲ませる顰めっ面のままメアリは情報を整理する。

 確かに公爵夫人はメアリよりも先に血のようなティーカップへと注目した。そして中身が空になるとメアリへと襲い掛かってきた。


「この日記に書かれた奥様が公爵夫人のことなら、あの中庭でお茶会を開けば落ち着くのよね。けど、お茶会というにはカップが足りないわ」


 先程の公爵夫人は一杯だけでは物足りない様子。

 ソーサーは六つあり、カップは二つだけ。

 もしソーサー分のお茶が必要ならあと四つ足りない。


「あと四つ、ティーカップを集めて中庭でお茶会を開かないと!」


 目的を決めたメアリは足音を立てないように踵を返した。


「ティーカップといえば、キッチンかしら?」


 メアリは一番それらしい場所に目星をつける。

 いまいる部屋は一階の使用人室。それならば使用人が往来するキッチンも近いはずだと散策する。


「ここがキッチンね」


 予想通りキッチンはそばにあった。中庭同様に荒れ果てている。

 どうもこの屋敷は人の気配どころか生活感もない。人がいなくなってから随分と経っている廃墟のよう。

 メアリは調理道具やシルバーが散乱する錆びたキッチンへ踏み込んだ。


「ええと。カップがありそうなところは…………あっ! 食器棚!」


 蜘蛛の巣にまみれた食器棚を発見。嬉々と駆け寄る。


「ひどい。全部割れてるわ」


 食器棚の中も悲惨な状態だった。

 それでもどうにかならないかと探り、メアリは倒れている丸椅子を持ってきて上に乗り、棚の奥まで確認する。


「あった!」


 上段の奥に割れていないカップが転がっていた。

 メアリは腕を伸ばして、それを取る。


「割れていなくてよかった。あと三つね」


 椅子から飛び降り、メアリは花柄のカップをエプロンのポケットにしまう。メアリのエプロンは帽子屋で動くための作業着であるため普通のエプロンよりもポケットが大きく、数があった。

 割れないよう注意をして残りを探す。

 しかし、どれだけ探しても見当たらない。


「キッチンにはもうないのかしら?」


 諦めて別の場所に移ろうとしたその時「まあ、美味しそう」

 公爵夫人のあの不気味な微笑みが、出入り口からメアリを覗き込んでいた。

 メアリは、ひい! と短い悲鳴を洩らす。


「まあ、美味しそう」


 蠢く長い長い舌は蛇を連想させる。

 公爵夫人が、ぬうっとキッチンに入ってきた。


 ――――どうしよう! どうしよう!


 恐怖に気圧されて後退したメアリの足に何かが当たった。

 足元に煤けた片手鍋が落ちている。


「来ないで!」


 考えるよりも先に身体が動いた。

 メアリは力の限り鍋を投げる。

 鍋は公爵夫人の顔面にぶつかり、彼女は顔を赤い両手で押さえてその場に膝を付いた。


「いまよ!」


 その隙にメアリは全速力で夫人の隣を抜ける。キッチンから逃げ出し、階段から二階へ駆け上がる。


「はあっはあっ……よかった。追ってこない……」


 長い廊下の角でメアリは息を整えた。

 公爵夫人が追ってくる気配はなく、肩の力を抜く。


「他のカップも探さなくちゃ」


 恐怖にすくむ足に喝を入れるため目的を声に出す。

 メアリは屋敷の探索を再開した。


 とにかく目につく場所から探していった。時折り入れない部屋もあったが、歩き回る間に鍵の束を入手し、どうにかすべての部屋に入れるようになった。

 度々どこからともなく公爵夫人が現れて追い掛けられたが、階段のそばの花瓶を落として撃退したり、クローゼットの中に潜んだり、本棚の影やテーブルの下に隠れて事なきを得ていた。

 公爵夫人に追われているメアリは、いまは衣装部屋の埃臭い衣装の隙間に身を縮こめている。


「これで全部揃ったわ」


 そしてティーカップもなんとか手に入れられた。

 ティーカップ達は書斎の本棚に混ざっていたり、暖炉の中に埋もれていたり、ドレッサーに置かれていたりとおかしなところにあった。

 最後のひとつである四つ目も、この衣装部屋の衣装箱にドレスとともに転がっていた。


「…………よし。いなくなったわね」


 メアリは衣装部屋から夫人がいなくなったのを確認すると衣装の間から這い出した。


「あとは中庭に行って、あのお茶を注げばいいのよね」


 深呼吸を繰り返し、覚悟を決めるとメアリは中庭へ早足で向かった。

 中庭に公爵夫人の姿はない。


「いまのうちにソーサーにカップを並べなきゃ!」


 メアリは手に入れたカップをポケットから取り出した。


「このカップはここ。この柄は……違うわ。あっちね」


 長テーブルに置かれたソーサーとメアリの集めたカップの色と柄はひとつずつ噛み合っており、メアリはそれぞれの柄を揃えていく。

 赤のダリア柄、黄のマリーゴールド柄、青のアネモネ柄、紫のスカビオサ柄……カップとソーサーの色と柄をすべて一致して並べた。

 今度こそ、お茶会の支度は完璧だ。


「これで、あのお茶を淹れれば……!」


 メアリはキョロキョロと周辺を探し「あったわ!」

 落ちているティーポットに走り寄った。

 公爵夫人に驚いたメアリが落としてしまったあのティーポット。割れてはおらず、拾い上げるとずっしりと確かな重さがあった。不思議なことに中身は溢れていないようだ。


「六つのカップにこれを注げばきっと……っ!?」


 メアリはポットを抱き締めたまま硬直する。


「まあ、美味しそう」


 公爵夫人が舌を揺らして中庭へと入ってきた。


 ――――こんな時に! どうしよう!


 メアリは逃げようか迷ったが、ここまで来て逃げるわけにはいかない。


「…………公爵夫人」


 メアリは、キッと公爵夫人を睨み付ける。

 覚悟を決めた。


「お茶会を始めましょう!」


 枯れ草が茂る地面を蹴って、メアリはまず近場のティーカップに中身を注いだ。【一杯目】


「まあ、美味しそう!」


 公爵夫人の声音が恍惚と上擦る。

 メアリに向かって長い腕を伸ばし、襲い掛かってきた。いままでよりもずっと速い。

 しかしメアリは長テーブルを盾にして、どうにか公爵夫人と距離を取る。

 目に入った二つ目のカップにどす黒い液体を注いだ。【二杯目】


「あと四つ! ――――きゃあ!」


 横に衝撃を感じて、メアリは反射的に身を竦ませる。

 メアリの真横の地面に公爵夫人の腕が突き刺さっていた。公爵夫人の腕はテーブルの向こう側から伸びてきている。生き物の形を感じさせないおぞましい光景にメアリは涙を浮かべる。

 だが、立ち止まってはいられなかった。

 むしろチャンスが到来する、

 地面に深く刺さった鋭利な爪先はなかなか抜けないらしく、公爵夫人の動きがとまる。


「いまのうちに!」


 メアリは恐怖に震える脚を無理矢理前に進ませた。

 空いているティーカップに次々と液体を注いでいく。【三杯目】【四杯目】

 腕が抜けた公爵夫人がまた追ってくる。今度は長い舌を振り乱す。唾液が舞い、鞭のように舌が空を切る。当たったら一溜りもない。


「はあ……はあっ……!」


 ずっと走り続けているせいで息が上がり、脇腹が痛む。

 それでもメアリは血染めのお茶会を続けなくてはならない。

 涙で歪む視界にティーカップを捉え、ティーポットを傾けた。【五杯目】


「あと、あとひとつ!」


 だが、その一杯を満たす隙がない。


「はあっはあ……はあっ」


 メアリの体力は限界だった。脚の感覚はもはやない。

 意識して走っているのではなく、生存本能として身体が勝手に動いていた。


「あと、ひとつなのに!」


 グルグルと長テーブルを回る。回る。回る。

 滑稽な堂々巡りコーカスレース

 走り回るせいか。カップから立つ濃厚な血腥さのせいか。眩暈も感じた。

 もしかしたら永遠に血染めのお茶会は終わらないのかもしれない。

 メアリがそんな恐ろしいことを考えてしまった時。


「!」


 ごづっ! と、公爵夫人の腕が、メアリの真後ろで激しく地面を抉った。

 公爵夫人の動きが、とまる。


「早く! 早くっ!」


 メアリは自分を急かす。

 後ろでは公爵夫人が赤い腕を抜こうと足掻いている。


「早く!」


 ず、ずずっ……と土から腕が抜ける音がメアリを焦らせる。足がもつれそうになるが、メアリは必死にカップへと向かった。


「これで最後よ!」


 最後のティーカップを生臭い液体で満たしたのと、公爵夫人の腕が抜けたのは同時だった。

 真っ赤な腕が飛び掛かってくる。


「――――うっ!」


 反射的にメアリは目を瞑った。が、痛みもなにも襲ってこない。

 そろそろと瞼を開くと公爵夫人の手はメアリを通り過ぎ、ティーカップへと伸びていた。


「まあ、美味しそうな香り」


 公爵夫人はティーカップを両手で包み込む。

 そしてゆっくりと上座へ向かい、大人しく席に着いた。


「わたくしのお茶会を始めましょう」


 異質な腕で、上品にティーカップを持ち上げる。

 公爵夫人の血塗れのお茶会はこれから始まるらしい。

 けれども――――


「終わっ、た…………?」


 メアリの血塗れのお茶会は終わった。

 ふらつく足でメアリは中庭から離れるが、公爵夫人は追ってこない。

 メアリは安堵して――――そこから先の記憶は曖昧だった。



 気がつくとメアリは病院のベッドにいた。

 あとから聞くと、メアリは酷い貧血で倒れていたらしい。

 倒れていたのはメアリが本来向かう予定だったお客の屋敷とはまったくの別の場所で、なんとメアリは三日も行方不明になっていたらしい。

 メアリを案じて家族は詳しい話をしてくれなかったが、メアリはコッソリと聞いてしまった。


 メアリが倒れていた場所には元々公爵家の屋敷が建っていたらしい。

 そこの公爵夫人は夫が若いメイドと不純な関係を持ったことに心を病み、二人を殺害。それから若さに執着した夫人は若い娘を屋敷に呼び込んでは、娘達の生き血を啜っていたそうだ。

 残虐な行為を、夫人は『お茶会』と称していたらしい。

 屋敷には夫人とメイドが一人だけいたが、ある時火災が起きて屋敷は全焼。公爵夫人とメイドは消息不明となった。

 なぜ二人が消息不明なのかと言えば、焼け跡から見付かった骨は若い娘達のものだけで年配の夫人と中年のメイドと思しき骨は発見されなかったそうだ。


 その話を聞いて、メアリは理解した。

 公爵夫人とメイドはまだお茶会を続けているのだと。

 実際に、屋敷なき後もあの辺りでは若い娘が行方不明になる事件が多発していると言う。

 きっとその子らは公爵夫人のお茶会に招かれてしまったのだろう。


 なぜメアリが無事に屋敷から出られたのかは分からない。

 分からないからこそ、メアリは二度と屋敷跡地には近付かないと誓った。


「あんなBlood TeaParty血塗れのお茶会は、二度と御免だわ」



【END】

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Blood TeaParty 彁はるこ @yumika_ka

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