エピローグ 「めでたし」と「これから」②

 優のことは気にしない。一方的に話を聞く、人形だと思うことにする。

「ここまで説明してきたけど、一つ、分からないことがあるんだ。スーツの幽霊、つまり、優が窓からいなくなったことだよ。地面を見たけど、誰かが落ちた形跡はなかった。スーツの幽霊が消えた後、優はすぐに目の前に現れた。窓から一階まで降りたと考えるのは、時間的に無理。あの日は優が『疲れた』って言ったから、解散したよね。疲れるほどの方法だったんだと思うけど、一体どうやっていなくなったの」

 無視。優からは返事一つ、日本語一つ、返ってこない。

「ちょっと、聞いてる? どうやっていなくなったのって質問してるんだけど」

 何度も質問する僕を視界には入れず、コーヒー片手に新聞を読み始めた。教授の研究室でくつろぐなよ。

「心の狭い男」

「何だと」

 ぼそっと呟いただけなのに、速攻で反応してきた。本当に子どもじゃないか。

「そっちが先に悪いことしたのに、僕が『嫌い』って言ったらへそを曲げるのかよ」

「へそは曲げていない。新聞を読んでいただけだ。零も読んでおけ」

 僕達の間にある机に、新聞が一部投げられた。裏面にはでかでかと、島と遺跡の写真が載っている。文面によると、新しい遺跡が発見されたらしい。それも、小さな島の上に。

「未発見の島に未発見の遺跡? 地下深くの巨大迷宮? あのねぇ、今は歴史の講義をする時間じゃないの。僕の質問に答えてって言ってるの」

「ちょっとしたクライミングだ。あの窓には手すりがあっただろう」

「え、あ、うん」

 拗ねていたと思ったら、今度は質問に答え始めた。こいつの情緒はどうなってるんだよ。

「四階の手すりにロープを括りつけ、窓から外に垂らしておく。学習室には沢山の机があるからな。その間に隠れて待ち、零に目撃されたら外へと飛び降りる。落ちきる前にロープに掴まり、登って窓から室内へ入る。私服に着替えて、スーツとロープを鞄へ入れる。大きい鞄を持っていたのはこのためだ。あとは、足音を立てずに零の背後に回り込む。これで良いか」

「は? もしかして、僕の力を知っているくせに、実験したいがために、そんな危険なことをしたの!? 五階の窓から飛び降りるとか、落ちる前にロープに掴まるとか。一秒でもタイミングがズレたら死んじゃうよ」

 信じられない。優の顔は清々しいほど真剣だった。こいつは、自分の「実験したい」って気持ちを満たすためだけに、平気で危険を冒した。

「死んだらどうするつもりだったんだよ。もうこんなこと、二度しないで。今すぐ約束して」

「頑丈なロープを使ったから大丈夫だ」

「そういう問題じゃない! 命を大事にしてって言ってるの!」

「どうして零が泣きそうなんだ」

 僕の表情が移ったのか、優の顔は苦しむような、悲しむような、よく分からない表情になった。・・・・・・と思ったら、今度は大笑いし始めた。ついに情緒が壊れたか。

「死ぬほど良い案を考えたから喜ぶといい。実験はやめない。俺の趣味だからな」

「いや、やめなよ。この流れはやめるでしょ」

「これからは、零も一緒に実験すれば良い。そうすれば、俺だけが死ぬことはなくなる。死ぬ時は一緒だ。どうだ、『死ぬほど良い案』だろう」

 頭が良いのか悪いのか、はっきりしないな。命を落とす実験をやめれば一緒に生きられるのに、どうしてその道を選択しない。一緒に生きるのではなく、僕を道連れにしてまで実験と死を選ぶ、意味が理解できない。最後は会話になってなかったし。

 優が立ち上がったと思ったら、どうしてなぜか、僕も一緒に立ち上がっていた。思いっきり引っ張られて。

「時間がない。急げ。零の推理に付き合っていたせいで、飛行機が出るギリギリになってしまった。これからの余興と思えば楽しめたがな」

「ひ、飛行機ぃ!?」

 今日の会話で飛行機の「ひ」の字も出てないけど!? 僕の推理を余興扱いするのもムカつくし。

「ストップ。会話をするって約束したよね。ちゃんと会話して、意思疎通して。契約違反だ」

「会話を拒否したのはそっちだろう」

「何の話を・・・・・・」

 優が指差した先には新聞紙。まさか、と思って拾い上げる。小島と遺跡の写真。

「『零も読んでおけ』と言っただろう。それなのに、新聞は読まない。こんなことを考えている時間じゃないから質問に答えろ、と我儘をいう」

「僕の推理を聞く時間だったでしょ。優にだけは我儘とか言われたくないし。説明もせずに新聞を読むほうが悪い。タイミングが悪い。そもそも、遠出するなら、せめて一週間前。妥協して五日前には言ってくれないと」

「知るか」

 一言でバッサリと切り捨てられる。傲慢な上に横暴。

 どうするんだよ。今から飛行機って。何も用意してないし、家族にも言わなきゃいけないし。

「分かった。どこへでもついてくよ。でもさ、着替えとか取りに帰ってもいいでしょ」

 妥協も妥協。究極の妥協だ。僕が優しい人間で良かったな。

 でも、異聞寺優は究極の横暴人間だ。

「飛行機は一時間半後だ。取りに帰る時間はない。着替えは向こうで買え。何、明日は講義がある? そんなものは休め。最優先事項は、チケットに記載された飛行機に乗ることだ」

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怪異探偵の怪しいサイト 咲谷 紫音 @shionnsakuya

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