エピローグ 「めでたし」と「これから」①

「って、騙されそうになった僕を助けてくれたとしても、これだけは許さないからな。人間を、それもこれからコンビを組む相手に実験するなんて! 非常識、非人道的、非道徳、悪漢、人でなしのロクで―」

「待て待て待て。文学部の語彙力を俺への悪口に使うな」

 僕の言葉を遮って、優は暴言の嵐を止める。

 数井田教授は論文発表会に出かけたらしく、研究室には二人しかいない。どれだけ騒いでも問題なしだ。

 昨日はあれから、体育館の中と外に塩をまき散らし、出入り口に盛り塩をしてきた。あれだけ執念の強い幽霊でも、ここまですれば大丈夫だろう。退治してるわけだし。

 幽霊の正体や退治したこと、優の推理は全て和夫に報告し、この依頼は幕を閉じた。まだ、めでたしめでたし、とはならないけど。

「おかしいと思ったんだよ。深夜の学習室に忍び込んだ日。どうして優が警備員を眠らせる必要があったのか。僕が侵入しやすいように、君が動くメリットがない。

 それから、幽霊の周りが赤黒く発光していなかったこと、和夫にも視えていたこと、これも変だと思ってた。カフェテラスで僕の前、つまり住町さんの前に座っていたのに、彼女のことは視えてなかった。和夫に『視える力』はないってことだよ」

「悪くない着眼点だな」

 顔を見れば分かる。この状況を楽しんでる。口角が片方だけ上がっている悪人面。正面から見ているせいで、余計の余計に腹が立つ。

「学習室に出る『スーツ姿の幽霊』の正体は、優だよね。話を作り込んで、カフェテラスで和夫に話させた。場所を指定したのは盗み聞きをするためだね。スーツなのは、教授の幽霊だと勘違いさせるため。背中を曲げていたのは、高い身長でバレるから。同じ理由で、女性の幽霊にはしなかった。事前に細かい特徴を決めないと、優の姿と和夫の話に齟齬が生まれる。

 和夫の前で優の特徴を挙げた時、性格の悪さを否定しなかった。君は有名人だけど、性格の悪さまでは他学部に伝わっていない。僕だって、存在は知ってても、性格の悪さは知らなかったからね。だから、『優の性格の悪さを知っている=喋ったことがある』と思った。幽霊の話を頼まれた時に、君の性格の悪さを知ったんだね」

「二人で悪口を言ってたこと、サラッと暴露するな。あと、性格が悪いって決めつけるな」

 こんな非人間的な奴の訴えは無視だ、無視。

 和夫に優のことを聞いたら、凄く驚いた顔をしていた。それが頼まれた話をした翌日なんだから当然だ。心配して深夜の学校へ行ったのが馬鹿らしくなる。

「目的は『視える力』を実験すること。僕の力の影響を受けて実際に幽霊を視たくせに、わざわざ試すほど実験が好きなんだね。実験好きって言ってたもんね」

「言葉に棘が見えるな」

「棘が見えるんじゃなくて、棘しかないんだよ」

 怒ってもこれだ。ヘラヘラしているところが無性に腹立つ。ムカつく。よくよく考えたら、毎回腹が立ってるのに、どうして一緒にいるんだろう。いや、今はこんなこと、どうだっていい。僕も推理できるってところを見せてやらないと。

「自分が幽霊役となって、僕の目の前に現れないといけない。文学部棟四階の学習室という場所、深夜二時という時間を指定したのは、僕と確実に出会うため。警備員を眠らせたのは、実験の邪魔をされないため」

「文学部棟にしたのはサービスだ。感謝してくれて構わない」

「誰がするかっ!」

 ヒラヒラと右手を振って、余裕そうに笑っている。全て予想通りって顔。

「『体の周りが赤黒く発光する』っていう、幽霊の特徴を和夫が知っていたのは、優が教えたからだね。そんな君が嫌いだよ。

『スーツ姿の幽霊=偽物』を見破る証拠としては、『男性の体の周りは赤黒く発光してなかった』と答えるしかない。ただ、『視える力』のない和夫が、スーツ姿の幽霊だけ視えるのは明らかに怪しい。ましてや、僕と和夫は高校からの付き合い。幽霊が出たのは冗談だと思われて、学習室に来ない可能性もある。だから、幽霊が視える人しか知らないような特徴を教え、それも和夫に言わせた。幽霊の特徴を言われたら、さすがに信用せざるを得ない。優が同じような力を持っていることは知らないし、和夫の後ろで手を引いていたことも知らないからね。『幽霊の特徴を知っている=本当に幽霊を視た』と考え、思惑通りに学習室へ行ってしまった。全部の物事が掌で動いていると思っている君が嫌いだよ。

 僕に『視える力』があることも、その力が影響し合うことも、優は気づいていた。擦れ違いざまに幽霊を視られたんだから、『赤黒く発光する』という特徴を知っていたはずだよね。だから、和夫に教えることができた。

 総合的に考えて、人を実験対象にした上に、騙すようなことをする異聞寺優が嫌いだ」

「今度はサブリミナル効果か。嫌いなら嫌いで結構」

 いつものように、鼻を鳴らしてそっぽを向く。拗ねた子どもみたいな態度を取られたって、ご機嫌取りなんてしないからな。こっちだって、譲れないことくらいはある。

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