第11話 調査②

「昨日視たばかりなのに、忘れたわけじゃないだろうな。カフェテラスで会っただろう。零の後ろに立っていた、というか、同来を見ていたじゃないか」

「あっ」

 恥ずかしながら、言われて思い出せた。昨日、和夫に呼び出されてカフェテリアに行った時、ずっと後ろに立っていた幽霊だ。僕と和夫が向かい合って座っていて、僕の後ろに立っていた。僕の後ろに立っていたということは、和夫と向かい合う位置にいたということ。この幽霊は、和夫を見るために後ろに立ってたんだ。でも、どうして。

「この体育館で起きた心霊現象は、全て住町咲がやったことだ。それも、同来を想ってな」

「和夫の? あいつは住町さんのことを知らないって言ってたけど」

 優の言葉を聞いて、幽霊こと住町さんは、悲しそうに眉を下げた。悲しそう、というより辛そう?

 和夫と話したのは今日の昼。さすがに、直近の会話を忘れるような脳みそじゃない。確かに和夫は、住町さんを知らないと言っていた。嘘をついているようには見えなかったし。

「同来が知らないと答えたのは、合っている。それか、忘れてしまったが故に、知らないと答えたか。少なくとも、嘘をついたわけじゃない。

 それもそのはずで、住町咲とは小学校か中学校で会ったのが最後。俺は中学と推理するね。大学までは別々の学校に通っていたから、それまでの交流もない。零は中学が同じだった人間を、全員漏れなく思い出せるか」

「無理だよ。中学三年生でも六年前のことなんだから」

 六年も前。数字にしてみると実感できる。こんなにも前のことを覚えているわけがない。ましてや、住町さんは一年生。和夫の後輩にあたる。六年前の後輩を覚えているかと聞かれれば、お手上げするしかない。それに、僕達が三年生で住町さんが一年生なら、中学では一年しか一緒に通ってないことになる。

「それなら、どうやって同じ大学を受験したんだよ。中学の時に一年だけ一緒に通って、それ以降は会ってないんでしょ。和夫が自分の通ってる大学を教えないと無理だよ。偶然でもない限りね。やっぱり、知らないフリをしただけなんじゃない?」

 目の前で悲しそうに佇む幽霊の女の子、住町咲。段々と和夫を信じられなくなってきた。もし、和夫が大事な後輩を忘れていて、悲しい顔をさせたのだとしたら?

「良いか、零。俺の『気を抜くな』という言葉を忘れるな。

 この幽霊は、バスケをしている同来に惹かれたんだ。中学の時は、優勝したチームにいたんだろ。その試合でも見たんだよ。大学に入ってからの同来はどうだ? すぐにスタメンとして活躍。当然、メディアに注目されていたはずだ。そうでなくても、幽霊は『大学生のバスケの試合』を注意して見ていたはず。同来は、中学の頃からバスケにおいて高い能力を持っていた。大学でも活躍できることは容易に想像がつく。つまり、『大学生のバスケの試合』を注意して見ていれば、多くの大学から同来を見つけ出すことができる。試合に、雑誌に、テレビに、大学誌に、絶対載るからだ。一年からスタメンだったのなら、入学してすぐに試合に出ている。直接試合を見て、知った可能性が高いな」

 そこまでして、和夫に会いたいと思っていた。愛、執着、執念。考えられる理由はいろいろある。結果、住町さんは自分の願いを叶えた。和夫に会いたい、その一心で。健気な女の子だな。

「ここまできたら、僕にも分かるぞ。モップが動いていたのは、体育館を掃除していたから。体育倉庫から聞こえる音は、ボールに空気を入れていた音。ボールと雑巾が一緒に浮いていたのは、雑巾でボールを磨いていたから。練習の前後に心霊現象が起きていたのは、道具や体育館の手入れをするため。

 好きな子に尽くす、素敵な女の子じゃないか」

 むっとして言うと、珍しく優が真剣な表情になった。あんぱんと牛乳で張り込みを楽しんでいた顔とは、全然違う。

「俺の言葉が信じられないのか。気を抜くなよ」

「信じるも何も、出会って二日だよ。そもそも、信じて欲しいなら、その傲慢な態度を改めてよ」

「俺は傲慢じゃないが、信じてくれるなら態度を改めよう」

「えっ!?」

 腹が立っていた気持ち半分、冗談半分で言って、こんなにもあっさり認められるとは思わなかった。拍子抜けしちゃう。

「考えてもみろ。相手を想ってやったことだとしても、嫌がっていたら普通はやめるだろう。好きな人ならなおさらだ。この幽霊はそれをしたか? 同来が嫌がっているのに、大好きなバスケに集中できていないのに、手入れをやめているか?

 仮に人間の声が聞こえなかったとしても、表情を見れば、嫌がっていることくらいは分かる。カフェテラスで零の後ろに立っていたのは、同来を一番見られるからだ。人間を視認できている。同来はこいつの顔を知らないのだから、さしずめストーカーだろうな」

 優に向けていた顔を住町さんへと向ける。大きく肩を震わせたと思ったら、次の瞬間、大笑いしながら顔を上げた。

 最初の上品な仕草とは違う、異形の「ナニカ」。捻じれた執着と狂った執念。ストーカーに成り果てた愛。それが、グチャグチャになった顔のパーツに現れている。もう、どれが目でどれが口かも判別できない。

〈中学の私が目にしたのは、誰よりも高くゴールを決める和夫さんでした。恐怖を与えたことで、私のことしか考えられなくなったはずです。これで、和夫さんの心は私だけのもの。ああ、心臓が張り裂けるほど、大好き大好き大好き大好き大好き。うふふふふ。騙して協力させようと思ったのに、残念です〉

 念願の会話から伝わったことは、底知れない執着だけ。

 捨て台詞のような言葉を残し、幽霊は走り出す。それと同時に、横から白い粒が飛び散った。

〈うぎゃあああぁぁああアアあぁああアぁ〉

 白い粒の当たった部分から、異形の体は煙となって消えていく。姿が完全に消えるまで、断末魔は体育館中に響き渡った。

「ふんっ。どうだ、零。約束通り、暴力での解決はしなかったぞ。物理ではあったけどな」

 シュ~という音とともに、か細い煙が宙を舞う。和夫を困らせていた幽霊は消え失せ、文字通り、影も形も残っていない。優の言った通り、この依頼は解決した。

「約束を守ってくれてありがとう。ただ、一番の驚きは、『悪魔の通り道』で買った塩に効果があったことだよ。優の華麗な推理より、そっちに驚いた」

「何だと。あの通販サイトは本物だけを売っている。俺の推理に驚くべきだろう」

 自慢げに小瓶を振っていた優は、バッと僕の方を振り返った。よほど推理を褒めて欲しかったのか、拗ねたように顔をしかめている。

「君の推理にも驚いたって。だから、あと一つ教えて欲しい」

「全て説明した」

 ぶっきら棒な返事。もっと褒めないとダメらしい。が、気にせず話を続ける。

「ほふく前進は何の影響なの」

「ん? ああ」

 よほどお気に入りの作品なのか、急に機嫌が直った。優は悪役顔負けの笑みを浮かべる。

「最高に迫力のあるアクション映画だ」

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