第10話 調査①
時刻は夜の八時四十五分。体育館は、曜日によって使える部活が違う。今日の使用は、バスケ部に割り振られている。そのバスケ部が使わないとなれば、僕達しかいない、静かな空間が生まれる。
・・・・・・はずだったんだけどね。
「張り込みの必需品、あんぱんと牛乳だ。ふっ。零は用意を怠っていると思ってな。二人分用意しておいた。感謝してくれて構わない。ほら、遠慮するな」
「あ、うん。遠慮はしてないんだよ、別に。あと、幽霊が出てこなくなりそうだから、もう少し静かにして欲しいかな。一応聞くけど、これは何の影響なの」
「刑事ドラマだ」
「でしょうね!」
あまりにもキラキラとした目を向けてくるから、断りづらい。強制的に押しつけられる形で、あんぱんと牛乳を渡された。二人分のあんぱんと牛乳、怪しいサイトの詐欺商品を持ってくる空間があるのなら、ちゃんとした除霊グッズを持ってきて欲しかったよ。
真っ暗な体育館。男二人であんぱんと牛乳を食べてるって、よくよく考えたらどんな状況だよ。と、ツッコみたくなる。暗い方が幽霊も出てきやすいっていう配慮ができるなら、もう少し静かにして欲しいけどね。
明かりが一つもないと困るから、ペン型のライトだけは点けている。このライトが照らせる範囲は、五百円玉くらい。体育館の暗闇を保ちつつ、手元だけを照らせる便利な代物だ。不安要素はただ一つ。このペンが、「悪魔の通り道」で買われたことだけ。
残り一口まで食べ終えた頃には、隣で二個目を食べ終えている奴がいた。本当に何しに来たんだよ。
「あんぱん食べ終わったんだけど」
「おかわりか? 細いわりには、結構食べるんだな。ほら、二個ずつ食べられるように買ってある」
「筋肉がなくて悪かったな。僕が言いたいのは、あんぱんを食べてるだけで良いのかってことだよ。罠みたいなの張るとかさ、やれることがあるんじゃない?」
返事はなし。強制的に押しつけられる形で、二個目のあんぱんを渡された。
これは僕の性分だが、貰ってばかりだと気が済まない。小型のペンライトを自分のリュックの中に入れる。最初に予定していた集合時間は夜だったから、長期戦になることを予想していた。そのために、家から持ってきたタッパーを取り出す。
「はい。あんぱんだけじゃ、足りないでしょ」
「何だ、これは」
タッパーに詰めてきたのは、塩おにぎりと焼きおにぎり。日本人ならお米一択だね。
「零が作ったのか」
「作ったというより、握っただけだけどね。今日の夜も遅くなりそうだから、夕飯を作ってきたんだよ。そのついでにね。両親が共働きだから、家事は長男の僕がやってるんだ。因みに、弟が二人、妹が三人。凄いでしょ。優に兄弟は?」
「双子の兄と姉がいる。ふ~ん、おにぎりね」
差し出したタッパーから、焼きおにぎりを一つ手に取る。優がおにぎりを食べている間に、水筒のお茶を紙コップに移す。
「張り込みに必要なのは、あんぱんと牛乳ではなく零の作ったおにぎりだと、記憶を上書きしておく」
「それ、褒めてるの?」
「とても」
真っ暗で何も見えないから、どんな顔をして食べているのかは分からない。でも、自惚れじゃなければだけど、凄く嬉しそうな声だった気がする。
「気に入ってくれたなら良かったよ。多めに作ってきたから、好きなだけおかわり―」
ドンッ
全てを言い終える前に、体育館の端、僕達と反対方向で大きな音がした。大きな音といっても、体育館が静かだから、そう聞こえただけかもしれない。手元のペン型ライト消し、音の方を見る。幽霊が現れたのかもしれない。
優が僕の耳元に口を寄せる。その距離でもギリギリ聞こえる声で囁いた。
「あんぱんとおにぎりで釣れたな」
「ふざけてる場合じゃないだろう。どうするの」
「零が言ったんだろ。会話をする。意思疎通が必要だって。それとも、いきなり塩をまき散らした方が良いか」
暗がりで見えないが、多分、右手に持っている塩の小瓶を振っている。それ、絶対役に立たないだろう。
「少し待っていてくれ」
服の擦れる音がする。もしかして、あいつ、ほふく前進で移動してるのか。こんなところで服を擦ったら、埃だらけになるじゃないか。洗濯をする親御さんの気持ちを考えろよ。
洗濯のことを考えて待っていたら、いきなり電気が点いた。暗闇に慣れていたせいで、突然の光に目が耐えられない。時間をかけて目を慣らし、やっと周りが見えるようになった。・・・・・・って、幽霊は!? 明かりを点けたらいなくなるんじゃない?
「おいっ。優はどこへ行った。明かりを点けたら幽霊が逃げるだろう。ついでに言わせてもらうけど、電気を点ける時にほふく前進してたでしょ。服が埃だらけになるじゃないか。他の衣類と一緒に洗濯できないんだぞ」
〈まるでお母さんですね〉
「お母さんじゃない。こんなの幼稚園児のお守りだよ」
体感一分半。実際には二十秒。喋りかけてきた相手がだれか、考えるのに要した時間。これは、女性の声。しかも、エコーが掛かったように聞こえる。この声の主が幽霊? いや、早合点はよくない。幽霊なら普通、見つかったら逃げるはずだ。ん、幽霊の普通ってなんだ。
〈ごめんなさい。困らせてしまいましたか。そんなつもりはなかったのですが〉
「い、いえ。こちらこそ、ごめんなさい」
幽霊と普通に喋ってる。今までは「視る」だけだったから、会話ができるって新鮮。幽霊は、体の周りが赤黒く発光するだけじゃなくて、喋るとエコーが掛かったみたいになるんだ。発見、感動からか、幽霊と対峙する恐怖は一切なかった。僕的には、会話が成立してくれれば、相手が誰でも怖くないしね。
「こいつが勝手に驚いただけだ。気にする必要はない」
電気のスイッチを押して、何事もなかったかのような顔で、優が戻ってきた。埃まみれの服を着て。
「相談もせずに、いきなり電気を点けることはないだろう。失明するかと思った。謝れ! それから、ほふく前進をすると―」
「チッ。分かった。服に埃がつくんだろう。もうやらない」
舌打ちされた。あいつの服を心配して言ったのに、この態度。いちいち腹が立つな。
僕と優の顔を交互に見た後、幽霊は控えめに笑った。仕草が上品な人だな。
〈申し遅れました。私は住町咲と言います〉
肩までの黒髪を揺らし、丁寧に頭を下げる。男性の平均身長しかない僕より、かなり低い。百五十くらいかな。体の周りが赤黒く発光している。あれ、そういえばこの人。つい最近会った気がする。
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