第9話 依頼人の話②
「体育館でも、バスケ部でも、亡くなった人はいないな。ただ、気になることがあって。体育館にもバスケ部にも全く関係ないんだけど、時期がピッタリ合いすぎるんだ」
「この大学内で死んだ人間がいるのか。バスケ部でもなければ、体育館を使う者でもないから、繋がりが分からない。だけど、心霊現象が起き始めた時期と学生の死んだ時期が合うから、関わりがあるかもしれない。ということだな」
優は得意げになって、腕を組んでいる。その姿を見て、和夫は頷くだけだった。僕は優を肘で小突いて、「言い方」と怒る。この場で「死んだ」という言い方はよくない。せめて、「亡くなった」だ。
最近この大学で亡くなった人。言われてみれば、一人思い当たる。大学中が大騒ぎになり、三日ほど休校になった。でも、亡くなったのは女の人のはず。和夫が相談しに来たのは、てっきりスーツ姿の男の幽霊かと思ってた。まっ、ここで悩んでいても解決しないか。
「それって、一か月前に交通事故で亡くなった、一年生の住町咲さんのこと?」
「そうそう。でもさ、住町さんって、男子バスケ部のマネージャーでもないし、女子バスケ部にいたわけでもないんだ。それに、体育館を使うような部活やサークルに入っていたわけでもない。さらに言うと、俺達の中で、彼女のことを知っている部員は誰もいなかった。全員が大会に向けて真剣に練習してたから、嘘をつく人もいないと思う。練習を邪魔されてるわけだからな。
心霊現象が起き始めてから、部活の皆と手分けして情報を集めたんだ。だけど、バスケ部や体育館との関わりが何一つ出てこなかったよ」
力なく首を振る和夫は、すっかり意気消沈してしまった。どれだけバスケが好きで、大会を楽しみにしているのかを知っている。同じくらい大切な夢のために、三年の夏でバスケを引退しようとしているのも知っている。一刻も早く解決したい。和夫が、最後の大会を全力で楽しめるように。
優は自分の腕時計で時間を確認する。
「話は大体理解できた。連絡しておいた通り、体育館は俺達が使う。今日の練習場所は確保してあるんだったな。それで、体育館の鍵は持ってきたか」
「持ってきたぜ。頼むから、失くすのだけは勘弁してくれよ」
和夫はポケットから鍵を取り出して、優に渡した。失くして欲しくない大事な鍵を、ポケットに直入れなのもどうかと思う。しかも、優までポケットに直入れしてるし。
「人が多いと調査にならないからな。別の場所で練習するよう、バスケ部には予め連絡しておいた。これで邪魔は入らない。今から心霊現象が起きるまで、俺と零で体育館に張り込みをする。気を抜くなよ」
「邪魔とか言わない。大事な鍵を直入れしない。気を抜かないことは・・・・・・もちろん心掛けるよ」
「お前は俺の母さんか」
「お前じゃなくて、零だからね」
にこっと微笑むと、優は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。全く、何度言えば分かってくれるだろう。幼稚園児じゃないんだから。
鍵の返却場所や注意事項を聞いて、和夫とはここで別れた。去っていく背中を見ながら、優に向けて呟く。
「聞きたいことがあるんだけど」
「またか。さっき答えただろう」
「聞き忘れたの。一番重要なことだよ」
隣に座る優の体をジロジロと見る。大きな荷物を持っている様子はない。A四サイズの肩掛け鞄を持っているだけだ。怪異の調査にしては、持ち物が少なすぎる。さっきから思っていたことだけど、不安がさらに大きくなった。
「除霊とかする場合って、どうするの? 明らかに荷物が少ないよね。最近は除霊グッズも軽量化した、とか。そもそも、除霊ってどうやってやるの? 言っとくけど、僕に知識はないからね。その方面で頼るのはやめてよ」
「依頼を募っているのだから、除霊グッズを用意してないはずがないだろう。除霊方法を知らないなんて、もってのほかだ」
肩掛け鞄を目の前で振ってみせる。あまり音が聞こえない気がするけど、優が自信満々だから大丈夫だと思いたい。これで一安心だ。そうなると、僕の役割は幽霊を視えるようにすることだけだな。まぁ、楽でいっか。
「ここに入っている清めの塩は、あの通販サイト『悪魔の通り道』で売られているんだ。除霊効果に間違いはない。これさえバラまいておけば、幽霊は一瞬で粉みじんだな。ああ、心配はいらない。幽霊に襲われることも考えて、『悪魔の通り道』でその他の道具も大量に買い込んだからな。好きなだけ襲われてくれれば良い。まっ、死んでいる奴に殺されたら、シャレにならないけどな。あっははははは~」
何その怪しさしかない通販サイト。ネーミングセンスが悪い者同士、波長でもあったのか。
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