23話

「はぁ、はぁ、ここまで来たなら大丈夫か?」


 あのまま捕食者達の群れから逃げるように全速力で走った詩音。

 あの後追い掛けてくる足音もしなく、かなり距離を走った詩音は休憩するため、目の前の空き教室を覗き込む。人の気配や動く影がないのを確認して扉を開ける。


 薄暗い空き教室には誰もいなく、しぃんとした静寂につつまれた空間に詩音は安堵し、知らず知らずのうちに身体に詰めていた息を大きく吐いた。


 空き教室は現在、使われていないのか少し埃っぽく、窓から射し込む陽光に埃がキラキラと乱反射し幻想的にもみえる。詩音は一通り教室を見回すと、教卓の中に身を隠すように入り込む。


 身体の小さい詩音には、屈んで膝を立てながら座れば身を隠すのに丁度良いスペースだ。


 鬼ごっこ開始から走り詰めだった詩音はやっと心置きなく休めると、立てた膝に顔を埋める。


 先程見た、遙や翼、屈強な男達のあからさま過ぎる欲情に溺れた姿に思わずゾクリと身震いをする詩音。

 今までこの学校であそこまではっきりとした情欲を真っ直ぐに向けられたことは無いため、10代の若者恐いとこれからの学校生活に少し不安を抱く。

 しかし存外に自分はこの『加賀美 詩音』でいることを受け入れていることを悟る。


 教卓内は薄暗く物音もせず静かであり、先程全速力で走った疲労感で身体が鉛のように重く……、徐々に目蓋がとろとろと重くなる詩音。

うとりうとりと船を漕ぎだし、ついには膝に頭を置き微睡みの中に沈み込むように堕ちていった。


♢♢♢♢♢


 さわさわと頭を撫でられている感触を感じ、重い目蓋をゆるりと上げる詩音。ぼんやりとした視界には柔らかく微笑みながら、愛しげに目尻を下げた眼差しで詩音を見つめる会計の鳴滝。


「えっ?!うぇっ?!」


 驚きで眠気も一気に覚め、身体を跳ねさせた拍子にガンッと凄い音をたて頭を教卓にぶつける詩音。ぶつけた頭をおさえ、唸りながら痛みに耐える。


「わぁっ!大丈夫?!詩音きゅん?!でもかわいい~。おはよ~」


 そんな詩音をあぐらをかいた膝に頬杖をつきながら、眩しげに目を細めながら甘やかな微笑みをうかべながら見つめる鳴滝。


「えっとっ……、会計さまは、いつからそこに……」

「ふふっ!いつからだろうね~。俺が来たときには詩音きゅんはくうくう可愛らしい寝息をたててたよ~?」


 頭を打った原因に八つ当たりの意味も込めて鳴滝に口を尖らせながら話し掛ける詩音。

 きらきら幸せそうに微笑みながら、詩音の顔を覗き込むようにこてりと顔を傾げる鳴滝。


「…………」

「くすっ。あれだよね~。詩音きゅんはお顔にすぐ出ちゃうよね~。そんなところが……、すっごく可愛い……」


 先程から鳴滝から溢れる砂糖を振りかけたくらい甘々な雰囲気に気圧され、無言で目をぱちくりさせながら鳴滝を不思議そうに見つめる詩音。

 熱の篭った瞳で詩音をとろんと見つめながら、そっと詩音の頬に手を伸ばす鳴滝。


 ビクリと肩を揺らし、後ずさる詩音だけれど教卓の中にいるため殆ど意味が無い。

 スルリと詩音の頬を優しく撫でると、鳴滝は教卓に片方の手を掛け詩音を閉じ込めるように膝をつき身を乗り出す。


 微笑んで詩音を見つめながら、その瞳は妖しい色香を纏わせ、眦を赤く染めている。

 膝を立てている詩音の脛を足首から触れるか触れない程の優しい手付きでつつっっと手の平で這い上がるようにゆっくりと撫でる。


「っつ、」


 突然鳴滝が醸し出した艶美な姿に詩音は身の危険を感じ、教卓内で後退することもできず、背中に変な汗をかきながら床についた指に力を入れる。

 鳴滝はそんな詩音の姿に目を細め、ゆるりと口端を引き上げながら、じりっと腰をさらに浮かせながら迫る。

 鳴滝からの熱い視線から目を逸らすように、すっと視線を伏せ小さく息を吐きながら、心の中である決意をする『しぐれ』。


 もう触れそうなくらい思いの外近くにある、鳴滝の溶けだしそうな熱に浮かされた瞳を覚悟を決めた表情で見据える詩音。

 すると鳴滝はすっと身体を離し、詩音に向かって流れるように手を差し出し、いつもの鳴滝の軽薄な笑顔を浮かべ詩音に向かってウインクをした。


「ふふっ!大丈夫だよ……。詩音きゅんには、何もしないよ。まだね……」


 詩音は「まだもくそもねぇよ。一生何もするな」と心の中で悪態をつきながら、差し出された手を取る。

 そのままぐいっと引っ張られ、なす術無く勢い良く鳴滝の胸に飛び込んでいく詩音。

 鳴滝はそのまま詩音の小さな身体をすっぽりと包み込むように腕を背中に回しギュッと抱き締める。


「あのっ!会計様っ?!離して下さいっ!!」

「ふふふふふ!やぁーだ!そーれっ!」


 必死で鳴滝の腕から逃れようと詩音として対応する『しぐれ』

 会計が片手で詩音を拘束しながらゴソゴソポケットから何かを取り出すと同時にピコンっと通知音が鳴る。



「えっ?!嘘っ?!捕まったっ?!」

「嘘じゃないよ~!!これで詩音きゅんは俺とデート決定だね~!!」



 『鬼』は自身が捕まえた『逃げ手』の中からデートする相手を指名することができる。

 『鬼』だけの特権だ。


 詩音が鳴滝とのデートが決定した瞬間だった。


 『しぐれ』はご機嫌な鳴滝の腕の中に閉じ込められながら、やっぱりさっきこいつをぶっ飛ばしておけばよかったと歯噛みした。

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