22話

「はぁっ、はぁっ、はるかぁ……、つばさくぅん。ぼく……、もうむりぃ……」

「はぁ、はぁ、詩音っ!頑張れっ!」

「くっ!詩音……、声がエロい……」


 昼下がりの廊下を遙と翼に腕を引っ張られながら、息も絶え絶えに走る詩音。

 詩音は見た目は中学生でも良いくらい幼いが、実年齢は遙達より一回り以上年上だ。持久力に関して年齢は残酷な程に如実な違いを浮き彫りにした。


 本日は『新入生歓迎イベント』所謂、『鬼ごっこ大会』が開催された。


 何故、新入生歓迎会に鬼ごっこなのかはこの学校がイベント好きであるとともに、鬼ごっこというゲームを通して学校を探索して知って貰おう!という趣旨らしい。


 『しぐれ』はその話を聞いた時に舌打ちとともに「くっそダルイ」とキヨに散々ボヤいたが、この学校の卒業生であるキヨ曰く「伝統」であり、正当な理由無い不参加は罰則があるため仕方が無いと説得された。


 『鬼ごっこ』のルールは簡単で新入生はもれなく全員逃げる役。在校生はくじ引きで『鬼』『逃げ手』を割り振られる。

 『逃げ手』は『鬼』にICチップ入りのリストバンドを『鬼』が持つ端末に接触させられたら「捕まった」と判定される。


 因みに金持ちの考えることはよくわからない。と詩音はこのリストバンドをはめながら、遠い目をした。


 一応、成績優秀者には景品なるものが準備されている。

・生徒会役員とのデートの権利又は自身が希望する相手とのデートの権利(ほぼ強制)

・外泊届け3回分

・食堂1年間無料券



 『しぐれ』はいらないものばかりだが、外泊届け3回分ならまだいるかな?くらいだ。

 久しぶりに馴染みの焼き鳥屋に行って、焼き立ての焼き鳥と酒が呑みたいためだ。


 そんなことで少し真面目に鬼ごっこに参加している詩音。

 何故か今朝から張り切っている遙から一緒に逃げよう!と誘われ、翼も何故かひっ付いて来たために一回り年下の若者に手を引かれ介護状態で走る詩音。


 遙と翼は体操服とハーフパンツ姿で汗だくで走る詩音を視界に入れられない。

 今の詩音ははぁはぁと息は上がり、頬は上気させながら涙目で縋るように甘い掠れ声で2人の名前を呼ぶ。

 そんな姿の詩音は危ういほどに艶やかで色っぽく、普段のぽよぽよした天使とはかけ離れていた。


 好きな男のこんな姿を直視できる10代男子いるだろうか?直視した途端に下半身が反応し社会的に死亡か、本能のまま詩音に覆い被さる未来しかない。


 遥と翼は突然、鬼ごっこをしつつ我慢大会も兼任することになった。


「おいっ!見つけたぞ!『緋鬼』!覚悟っ!!」

「今日は、今迄の怨みを晴らさせてもらうっ!!」


 突然、叫ばれたと思ったらバタバタと駆け寄る足音がし、3人の前に屈強な男達がぞろぞろ立ち塞がる。

 ほぼ目の前の廊下は屈強な男どもで埋め尽くされた


「お前らっ!いきなり何なんだよっ!卑怯だぞっ!大勢でよってたかってっ!」


 遙と翼は詩音を護るように前に出て詩音を背中に隠す。

 遙は詩音とほぼ同じ身長の高さなので、目の前の男達からは丸見えだけれど。


「はぁ、はぁ、あっつい……。何なのぉ??」


 詩音は突然止まり、叫びだした遙に驚きつつ膝に手をつき乱れに乱れきった呼吸を整える。

 そして、長時間走ったために火照った身体を冷まそうと体操服の襟首をパタパタさせる。


 しかしそれでも、火照った身体から溢れ出た顔や首筋に伝う汗の気持ち悪さは消えないため、体操服の裾をペロンと捲りあげ顔と首筋を拭く。

 そのまま体操服の裾をパタパタ前後大きく動かし身体を冷ます。


「ふぅ。え?皆……、どうしたのぉ??」


 先程まで騒がしかった廊下が、詩音の体操服をパタパタする音しかしないほど辺りが静寂に包まれた。

 目の前の遙や翼、その向こうに先程まで怒号を上げて集まっていた屈強な男達が顔を湯気が出る程真っ赤にし、前屈みで脂汗をかいていた。

 鼻血を出しながら廊下に倒れているものもいる。


「はぁ、はぁ、乳首……、ピンク……」

「白い……、お腹……、エロ……」

「……喘ぎ声……」


 囈言のように吐息混じりに口々に言葉を洩らす目の前の男達。しかし、その視線の先はぽよぽよ状況がわからず首をコテリと傾げている詩音をギラギラと雄の欲を滲ませながら見つめる。

 そんな目の前の男達の異様な状態に詩音は慄き、無意識に後ろに後ずさる。


 そのまま詩音は自身の防衛本能に従い、勢い良く身を翻し、廊下を引き返すように脱兎のごとく駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る