Lv999のヒーラーⅡ(ツヴァイ)
神原 怜士
第1話 新しいアップデートは異世界転送
今の世の中は、とても便利になる。VR技術が発展し完成された新しいジャンルVRMMORPG。
『ニューワールドオンライン』
専用のダイブカプセルを使用して行う新世代ゲームである。ゲーム中は自身の分身「アバター」を操り、ローディングの無い広大な世界を自由に生きる。その可能性は無限大である。
私はこのゲームで最強のプレイヤー。アバター名『リディア』。エルフ種族設定の可憐なプロポーションに加え、銀髪、青眼の顔立ちから『青眼のリディア』と呼ばれ、様々なプレイヤーからボス討伐の協力依頼が殺到する有名人である。
しかしリアルでは、カプセルに入るのもギリギリの体格に、お世辞にもイケメンとは言えない顔立ちの男性。ネット業界では『ネカマ』と呼ばれるユーザーの一人なのです。
「リディアさん、今日のレイド戦、よろしくお願いします。」
『お任せ!私が支援するんですから、皆さんを無事に討伐成功に導きますわ。』
「あの有名なリディアさんとご一緒なんて光栄です。」
「今はハイプリーストなんですよね。私もヒーラーなんですけど、立ち回り方を教えてください。」
『立ち回り方なんて、フィールド上で多種多様ですから、場数踏んで経験しないと上手くなりませんわよ?』
(さて、今日の依頼『ブルードラゴンの討伐』は、本体の各種部位を的確に破壊しないと、ドラゴンの範囲攻撃がプレイヤーを容赦なく襲う難易度Sクラスのクエストね。)
私は必要なアイテムを『インベントリ』と呼ばれる空間へ移動しながら、今日の立ち回りを練り上げる。
(懐かしいな。私が最初に討伐した頃は、討伐成功率もまだまだ一桁で、何度もチャレンジしたっけ。)
今でも普通の討伐だと成功率は10%台のクエストですが、私や私以外でも上位ランカーの参加により、その成功率は7割を超えるゆるクエとなっていました。
クエスト開始まで3、2、1…スタート。
クエスト開始と同時に、最大10名で構成されたパーティ編成が20組。一斉にドラゴンへと向かって行く。
『
「はい!」
(そろそろね。)
私は自慢の杖を高々とかざして詠唱を開始する。
『第9階位補助魔法、オールヘイスト!!』
効果範囲内全てのプレイヤーに付与される補助魔法の影響により、物理職業は攻撃速度が、魔法職業は詠唱速度が劇的に向上する。
ここまで大規模に発動させれば、当然ヘイトの全ては自分に向かうはずだが、そのデメリットを打ち消すバグ技がある。
『第9位補助魔法、デッドインビジブル!!』
敵の視界から使用者の姿を完全にシャットアウトする高位魔法。これが私一人でレイド討伐を可能にする理由であり、上位ランカーの憧れる魔法である。
「すげぇ。本来なら全ての攻撃を受けて自滅してしまう魔法を躊躇いなく使う行動力。姿を消す魔法なんて、なぜ規制されないんだ?」
「馬鹿、あの魔法は取得条件も彼女しか知らない超高位魔法なんだぞ?公式も存在は認めているけど、悪質な使い方をしていないから規制のしようが無い。彼女自身がゲーム会社と繋がっているからだとか、色々噂はあるけどな」
「お前達、チャットしてないで討伐に集中しろ!」
パーティーのリーダーが私語中メンバーに注意喚起する。カプセル型のためチャットは脳波による自動入力で行い、視界下部に使用者のメイン言語を文字として、全世界共通翻訳が施されて出てくる仕組みである。そのため、チャットに意識を使い過ぎると、行動反応が遅くなってしまうのです。
ゲーム内ではBGMや効果音、ゲーム内キャラの肉声以外の音は出ないので、あえてカプセル内で音楽を聞きながらプレイして、集中力を高めている人がいるくらいです。
(ん~…。現状、討伐速度に平均の10%程度遅れが生じているわね…。)
元々の募集人数に対して、集まったプレイヤーが若干少なかったのが、遅れの原因と既に分かっていました。これ以上長引くと、ボスモンスターに設定されている自然治癒能力を打破できず、戦線が疲弊してしまいます。
(仕方ない…。アイテム取得順番が変わってしまうけれど、ここは助太刀といきますか…。)
現在発動中の不可視化状態では、全ての攻撃が無効化してしまうため、私は手動でこれを解除する。
『デッドインビジブル、解除!』
すぐにドラゴンの標的が私に再ロックオンされる。先の広範囲スキルの効果が残っているためだ。
『おそぉぉぉぉい!!!』
このまま敵の広範囲攻撃が発動すれば、最後尾にいる私の前に陣取っている魔法系プレイヤーにまで被害が出てしまうため、私は全力疾走で前線まで駆け上がっていく。
本来回復や補助を得意とする職業は攻撃に不向きのため、後衛として陣形の最後尾にいるのが定番であるが、私はそこらのプレイヤーとは違う。ヒーラーの上位職業「ハイプリースト」以外の上位職を全てカンストすることで、前衛としても最強の戦闘能力を持っているのです。
(広範囲魔法を使用すると、他のプレイヤーのアイテム権をほぼ独占してしまうから嫌なのよね…。)
レイドボスのドロップアイテムは、各パーティーの戦闘貢献度によって分配される。単独で参加している私が広範囲の攻撃魔法を放てば、現在各個破壊中の部位に攻撃が当たってしまい、どのパーティーよりも優先度が上がってしまうため、討伐依頼中は、一番ダメージの減っていない部位のみを攻撃する事が許されているのです。
「リディアさん!すいません。頭部への魔法命中が足りなくて、部位破壊が間に合いません!」
『オーケー!!んじゃいっちょぶっ壊しますかぁ』
軽快にドラゴンの前足から連続ジャンプで頭部まで駆け登っていく。
「すげぇ…あれが回復職の動きなのか!?」
「盗賊系最強職、忍者が持つ『壁登り』の応用だよ。ただ…普通あんなに連発したら元々の職業だと魔力がすぐ枯渇してしまうよ…」
目標部位に到着すると、私は持ってるメイスで思いっきりぶん殴っていきます。部位破壊には鈍器での殴打が一番有効だからです。
「ひぃぃ。プリーストがドラゴンの角をあんな近距離で殴ってる~~」
「普通なら近づいただけで踏み潰されるか、爪による斬撃で惨殺がオチだよ…。」
(ふふふ。今回もめっちゃ目立ってるわ。でも、こういうパフォーマンスがあるからこそ、このゲームは新規ユーザーが絶えないのよね…)
VRMMOの中でも最も難易度が高いゲームは、それ故に辞める人も多く、また後期になると新規ユーザーも近づかなくなってしまう。しかし、私を含めた廃プレイヤーが先人をきってゲームの楽しさ、極めることの重要さを伝えていくことで、このゲームは現在も多数のユーザーを保持する事ができているのです。
目標であるブルードラゴンの完全沈黙を確認。クエストコンプリートおめでとうございます。尚、ドロップ品に関しては、各パーティーの貢献度によって自動分配されます。おつかれさまでした。
「いやぁ。クエストおつかれさんした!リディアさん。今回もすげぇもん見せてもらいました。」
『ごめんなさいね。そちらのパーティーの貢献度を取ることになってしまって…。』
「いいんです。俺らの指示ミスが原因なんで、約束通りドロップ品は正規価格で買い取らせていただきます。」
『今回は持ってる物が多かったし、3割値引きで取引しますわ』
「いつも助かります!最近、素材アイテムが値上がってて大変なんです。」
ミスのあったパーティーは今回の討伐依頼主であり、私の友人がマスターを務める新人育成ギルドのメンバー。討伐初心者が多かったため、指示通りの動きができなかったのです。
『困ってる時はお互い様。あ、マスターに伝えて頂戴。この貸しは飲み代で払ってもらうって。』
「ははは。ご友人なんですから、直接伝えれば良いじゃないですか。」
『ん~それもそうね。んじゃおつかれさまでした~。』
ゲームからログアウトし、カプセルの扉が開放される。
『…。…。直接…か。』
私は自分のカプセルとは別に、もう一台のカプセルを覗き込む。そこには自分とはまるで正反対のイケメン男子がゲームへダイブしている。
『お前は良いよな…。妻も娘もいて…。ゲームでも成功して…。』
VRMMO内の資金は、直接現金化が可能。そのため、廃ランカーの私は友人と共にゲームの稼ぎで悠々自適な生活が送れています。しかし、私はリアルの容姿から女性には全くモテず、初めは男性キャラを使ってゲーム内で女性を口説いては、リアルで会ったことも経験したが、その先へ進む事はありませんでした。
リアル男性として絶望した私は、容姿を変えることが容易なゲーム内で、女性として生きる事を決めたのです。
(どうせ会話も肉声を使わなくても良い仕様だし、唯一弱点といえば、このゲームで食事しても、反映されないって事かな…。)
ゲームルームからリビングへ移動した私は、次のダイブに向けて冷蔵庫内から高機能栄養食品を取り出し、同じくバランス栄養ドリンクと共に胃袋へ流し込む。食事が終わると1時間かけて全身をトレーニングする。本来なら痩せてもおかしくはないこの生活でも、摂取している食事が高カロリーが故、私の体は全く微動だにしない。それどころか、運動をしないと筋肉が衰え、更に脂肪が増えて動けない体になってしまう。
『さて…午後のダイブ、行きますか!』
私は再びカプセルへ入り、ゲームを起動させる。
脳波同調率 50%…。60%…。70%…。80%…。90%…。100%…。起動します。
真っ黒な視界が徐々に明るくなり、そしてゲーム世界が広がる。
「お…キタキタ。運動ご苦労さま」
第一声は、隣でダイブする友人でした。
『そっちは食事しないの?』
「ああ、これからログアウトして食事しようかと思ってな。その前に…」
私の視界に取引依頼画面が開く。
「はい!いつもの依頼料だ。」
『確かに…ん?このアイテムは?』
「いやいや、お金しか送ってないけど?」
『そか…いや、私の気のせいかも』
取引欄には確かにアイテムも一緒に同封されていました。
『インベントリ』
私はアイテムの一覧を見ると、一覧の最後に『招待状』というアイテムが入っていました。
(便箋?いや、それならメール一覧に入るはずだ…。)
恐る恐る私は、そのアイテムを展開してみる。
招待状。あなたは新しい世界への扉の鍵を手にしました。本アップデートによりあなたはさらなる高みへと向う事ができるでしょう。尚、アップデート中は強制ログアウトとなりますのでご注意ください。所持アイテムはそのまま新世界へ持ち込むことができます。アップデート後は旧世界に戻れませんので、十分にご準備をされてから行かれますよう。
(マジかよ!運営かっけーな。これって上位ランカーの特典か何かかな)
「アイテム、なんだった?」
『あ~いや、君のところに来てないんなら、多分上位ランカー宛じゃないかな』
「ひでぇな。俺もお前ほどじゃないけど、上位ランカーなんだぜ?」
『あはは。それより午後のクエストあるだろ?早く食べてきなさい』
「分かったよ…」
そう言うと、友人はログアウトしていきました。
(さてっと…。別に所持アイテムはこのままでも良いよな…。)
私のインベントリは通常プレイヤーとは違い、拡張に拡張を重ねた最大級のもので、各職業の最強系の武具から素材系までなんでもありの状態でした。
(んじゃいざ新世界へ!!)
添付されていたスクロールを使用すると、急に目の前が暗転する。その状態はまるでログアウトする時と変わりませんでした。しかし、いつまで経ってもリアルで目が醒めることはありません。
(おかしい…。ログアウトどころか、アップデートのゲージも出ない)
更に時間が経つにつれて、意識が朦朧として来るのがわかります。
(なんか…眠くなってきた…そういえば、昨日はそんなに寝て…なかった…な)
… … …。
「ん…。ん~」
鼻から抜ける潮風の香り。目を閉じていてもはっきりと分かる眩しい日差し。意識が戻ったと感じた私はゆっくりと瞼を開けていく。そこに見えたのは目の前に広がる広大な海。
(ここは…確か初心者が最初に来る砂浜だっけ?見覚えがない…。)
しかし、砂浜の雰囲気に見覚えがありません。私は体を起き上がらせると、衣服に付いた砂を払い落とす。
『ここ…どこ…!?え?声?』
呟くように自然と喉から出た声は、まるで自分が大好きな声優ボイスに似ていました。
『すげぇ!!!ついに声優による疑似音声チャットかぁ!?しかも、推しの声優とか最高すぎる。体の感触も超リアルじゃん。服の手触りとかもいい感じ』
新しい世界に私の心は高ぶります。視界には一切の小窓が無く、視界の邪魔になりません。私は自分の現在の姿を見るため、コマンドを発動させてみます。
『ステータス、オープン!』
『…。あれ?』
何度コマンドを発音させても、なんの小窓も現れません。
(あんれ~?これバグかな?それとも視界確保のためにわざと無くした?)
周囲を見回しても、砂浜と海と背後に森しか見えません。それどころか、他のユーザーの姿もありません。私はしばらくその状態を唖然とみているしかありませんでした。
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