第7話
考え事をしている私の部屋に、ラーズ皇子が訪ねてきました。
『どうしたのですか?殿下…あ…。』
ラーズ皇子の背後からゆっくりとマーレも出てきました。
『どうぞ、お入りくださいな』
私は二人を自室へ招き入れ、小さなテーブルに置かれたポットで紅茶を淹れて出しました。
「美味しい…これ…どこで採れた紅茶ですの?」
『あ~私の故郷…のですわ。まぁちょっとだけ秘密の保存方法で長期保存したものですから、とても貴重な一品なのです。』
「そ…それは…とても残念です。これほど美味しい紅茶なら皇族に献上しても良い品質ですのに…。」
マーレはラーズ皇子の元で侍女として勤めているので、様々な紅茶を飲み比べているそうです。私の出した紅茶はゲーム内で普通に手に入る物なので、実際はどこの紅茶なのかは私も知りませんでしたが、さすがの舌を持っていると感じました。
『さて…明日には街に着きますけど、どのような御用で訪ねてこられたのですか?』
マーレは紅茶をゆっくりと飲みながら気持ちを落ち着かせつつ、しっかりとした目で私を見つめて言いました。
「あの…私に無詠唱で魔法を行使できるようにご指導願えないでしょうか。」
『あ~。無詠唱…ですか。』
私の場合そもそもゲーム上で詠唱というのは必要無く、ゲームの基本ステータスである
そして魔法の発動時間は魔法によって発動時間を短縮できる可変型と短縮できない固定型があり、固定型魔法を瞬時に発動させるには、課金アイテムの使用が必須となっていました。
(仮にこの世界の住人の魔法発動時間が発言による詠唱と同じだとすれば、
『では…、マーレさんの能力を確認するのに、もう一度首輪を付けさせていただきますね』
「お…お願いします」
私は改良型隷属の首輪をマーレに装着しました。
『(魔法系第2階位スキル)ストラクチャーステータス!!』
私の視界にマーレのステータスが表示される。じっくり見てみると前回ポイントを割り振った
(今日の狩りでまた更にレベルが上がっている…。ポイントも余ってるし割り振っても良いのかな…しかし…。)
『私の無詠唱とそちらが考える無詠唱とで、考え方が違うかもしないので、調整が必要かと思います。あとこのコテージ内では攻撃魔法の行使が制限されますので、実験は外でやらないといけません。』
二人が思いの外真剣に私の説明を聞いていたので、余っているポイントを
(よし…これで
私はオートマッピングでコテージ周辺の敵性反応を確認します。
『では、外に出て試してみましょう。』
マーレの首輪を解除すると、3人でコテージの外へ行きました。まず私は薪を少し集めて火を起こします。
『マーレさん、詠唱をせずこの火を見ながら魔法のイメージを想像しつつ、手のひらに意識を集中して下さい。』
「なるほど、魔法のイメージを実物と見比べるのですね。しかし、その定義だと私達でも普通に応用できるのでは?」
ラーズ皇子の言葉にも一理あります。イメージのみで再現可能なら、ある程度魔術に精通していれば行使可能だからです。
(私の予想が正しければ、彼らが攻撃魔法を無詠唱にできない理由。それは
マーレの
それは一部の魔法に存在する魔法内のレベル。最低1から最大で10まであり、レベルに応じて消費する
「行きます!!」
マーレは言われた通りに燃えさかる焚き火の炎を目視しつつ、手のひらへ魔力を集中させる。始めは炎と言うよりは魔力の球と言った方が良いものが出ていましたが、そのうちその球が炎を纏い始めました。大きさは詠唱付きとほぼ変わらず、一度生成できているだけに、マーレも冷静にその大きさを確認している様子です。
(やっぱり、あの大きさはファイヤーボールのレベル8に相当する大きさね。精霊の補助無しでもあの大きさならば、発動できる魔法レベルは8相当と言うことね…しかし…。)
それは即ち、私の理論が証明された瞬間でもありました。彼女の場合、初期の
「す…凄い。ホントに出来た。」
「ああ、これは魔法学史上初の快挙であるぞ。」
二人は無詠唱での魔法発動に喜んでいるようなので、私の口から現状のお話をするのは先送りにしようと考えました。
『さすが貴族の御息女です。マーレさん。基本ができているからですよ。では…そのままあちらへ向けて放ってください。森に火の手が上がっても私が消化させますので…。』
私は指定の場所へ指を向けます。
「あ…はい。ファイヤーボール!!」
マーレの放つ魔法がそのまま森へと向かっていく。すると…。
「ぎゃあああああ…」
悲鳴と共に、炎に包まれた人のようなものが森から飛び出してくる。
「な!!!敵襲!?」
ラーズ皇子が咄嗟に持っていた剣に手をかける。それを私は静止しました。
『大丈夫です。恐らくどこかの暗部の者でしょう…。』
「しかし…。」
実は私の魔法探知に1名不審な動きをしている者が引っかかっていたのです。そのため、マーレを誘導して不意打ちのように魔法を叩き込んでみました。ついでにPVPにて経験が変化するのかも実験を兼ねてです。
『まぁ…名前も知らないけど生きてはいないようなので放っておくとして…』
「放っておくのね…。」
出会って2日も経たずにツッコミを入れられるようになる彼女の社交性の高さは、やはり貴族として若い頃から人前に立つことがあるからだろう。
『今のでお二人がこれからやるべき事が分かりました。』
「それはなんでしょうか。」
二人共私の発言にとても興味があって助かりますが、私自身はコミュ不足でどこまで正確に教えられるか不安でした。
『魔法の威力をコントロールする事です。』
「魔法の威力!?」
私は文字や口頭で覚えるより行動で覚えるタイプなので、まず手本を見せることにしました。最初に手のひらを広げた状態で、親指から順にレベル1~5までのファイヤーボールをは発動させる言わば多重発動です。
これはレベルの違いによって、初期形成の炎に違いが出ることを教えるためで、私くらいのレベルでも5つを同時発動させるのは集中力が必要になります。
『見ててください。… … … …はぁ!!ファイヤーボール!!』
親指から順に発動する炎。親指がライターの炎に例えるなら、小指はソフトボールほどの大きさにまで達していました。
「ま…まさか、5つ同時に同じ魔法を…。」
「す…凄い…。でも、それぞれの大きさが違います」
『ええ…、私はこの現象を”レベル差”と呼んでいます。今は見て分かりやすいように1段階から5段階までを指で表現しましたが、このひとつひとつが消費する
「なるほど…威力を最小に抑える事で自身の負担を軽くする…。これがしっかりできれば、普段生活で使用するのにも疲労感が出にくい…というわけですか」
「でも…私が最初に使っていたファイヤーボールは火付け程度の威力しか無かったのに、使ったあとはとても疲れたのですけれど…」
『それはマーレさんが持つ元々の
私は燃え盛る5つの炎を詠唱キャンセルさせると、大きく深呼吸をしました。
(ファイヤーボール程度の魔法と言えど、5つ同時に長時間発動しているのはキツイか…。慣れればもっと発動させられそうだけどなぁ)
「だ…大丈夫なんですか?」
『ええ…魔法は発動が短いほど消費も少なくて済みますから、長時間発動を留めておくことはあまりオススメできませんね』
「そ…それでも、こんな芸当ができるのは貴女以外にはいません。例え王宮魔道士の中でも一番高い魔力を持つ者でさえ、2つ同時すら叶わないでしょう。」
やはり説明のためとはいえ、同時発動はあまり良いイメージでない。それはここにいる二人の反応を見て明らかでした。
(確か、プロフェッサースキルで最高位の
私は自身のステータスを開き確認すると、とんでもないスピードで
(ひぇぇ、え…えげつない速度で回復してるぅぅ)
今までこの新しい世界で魔法を連発していましたが、実際数値で見るといかに自分が周りとは比べものにならないくらい化物なのかを実感してしまいます。
「?、どうかしましたか?」
『い…いえ、なんでもないです。』
ステータス画面は自身にしか見えていないため、私の驚いた表情に二人は首をかしげます。
『コホン、二人にはまず…この魔力制御を覚えてもらいます。まぁ慣れれば簡単です。』
二人の能力値は、それぞれ魔力を扱いやすい数値へと修正をかけているので、高レベルで魔法を何度か発動させても大丈夫であると判断した私は、早速二人に魔力制御の指導を開始しました。
(まぁ仮に
そんな私の思い通り、二人の魔力制御の理解は早く、特にマーレは練習開始から1時間もしないうちにレベル1~5までの制御を自分のものにしていました。
『マーレさんはさすがに魔法師の家庭だけあります。』
「いいえ、私こそここまで何度も魔法を出すのは初めてです。それに私…何度か魔力が枯渇していること、薄々気づいておりましたわ。リディアが何かされていたのでしょう?」
『アハハ、バレました?もしかして
「はい…。一族の事もありますので、幼少の頃に魔力切れで何度か床に伏したことがあります。」
「え?では私も、意識が途中で途切れそうになったのは…」
「はい。殿下。それが魔力切れの兆候です。」
『殿下は
「…。」
ラーズ皇子は魔法は習っていたでしょうが、実践で使用する事が無かったため、枯渇を経験したことが無かった様子でした。
「殿下が魔力切れで倒れられては、国王殿下に申し訳がありませんから、幼少時は魔法を使わせなかったのでしょうね」
そんなラーズ皇子も2時間も練習すると、魔力制御を完全に使いこなせるようになっていました。
「この力があれば…、兄上に遅れを取ることも無かったのであろうか…。」
ラーズ皇子は自身の手のひらで燃える小さな炎を眺めながら、時折そう呟いていました。
『殿下、過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。私の国に古くから伝わる言葉で”後悔先に立たず”と言うのがあります。それに殿下がこの国の皇帝となるのなら、私も及ばずながらお手伝いいたします。』
「ふ…そう…だな。ありがとう。リディア…。そして、これからもよろしく頼む」
こうして二人の魔力制御修行を終え、翌日ようやく目的の街キャロラウヌが見えてきました。
街道より見えるのは石造りの長い壁と一息では飛び越えられないほどの幅に掘られた水の張った堀、そして恐らく街の数カ所しか無いであろう入り口の桟橋を渡ると、そこでは衛兵が門を出入りする人達の検査をしていました。
(どうしよう…。私、身分証的なのは無いけど…)
そんな不安の中、検査は私達の番になりました。
「これを…。」
ラーズ皇子が懐から取り出したのは、何かの紋章の入った短刀でした。
「こ…これは殿下、早馬で知らせは聞いております。」
さすが一国の皇子だけあって、衛兵は他の人よりも優先し、私達を街中へと誘導するのでした。
Lv999のヒーラーⅡ(ツヴァイ) 神原 怜士 @yutaka0000
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