第6話

 この世界に来て二日目。色々とありましたが、今は目の前にいる人達のレベル上げをしています。私はこの世界の人間がどれくらい魔法が使えるのか確認してみたいと思っていました。

 手始めにマーレです。彼女の魔力INT値はレベルアップによって得られたポイントによって強化されていますので、あとは知識さえあれば魔法が使えるはずです。


「では…行きます!!」


 マーレは大きく深呼吸をしてから、右手のひらを空に向けます。


「火の精霊、サラマンドラよ。我意思に応えて力とならん」


(え?詠唱があるの!?)


 私はそんな驚きをしつつ、状況を見守ります。


「(魔法系第1階位魔法)ファイヤーボール!」


 すると、マーレの手のひら上に、人の顔よりも少し大きい火球が出現しました。


「え?ええええ????リ、リディア、ど、どうしましょう。火が大き過ぎます。私、こんなに大きな火、出した事ないですぅ」


『いやいやマーレ様、それくらいがちょうどいいのではないのですか?』


 マーレは全力で首を横に振って否定しました。


「私のはこう…、指先程度の火しか、出せた事がありません。父上にもマッチの火だと揶揄やゆされた程で…」


 こうしているうちに、彼女の出した炎がドンドン不安定になっていく。


「どどど、どうしましょう。森でこんなの放ったら火事になってしまいますわ」


『はぁ…。良いから躊躇ためらわず私に向かって撃ちなさい。』


「ええええええ!?いいんですか!?」


『早く!』


「わ、分かりました。では…てい!!」


 マーレは私に向かってファイヤーボールを放ちました。慣れない大きさだからか、その速度は速くありません。ゆっくりと私の前に到達したその火球を私は普通のボールを片手で受けるように掴みました。


「リ、リディア?何をしてるのですか!」


 マーレは慌てて私に駆け寄ろうとします。


『平気ですわ。』


 私は火球を握り潰すように指へ力を込めると、火球はゆっくりと消えて無くなりました。


『ふぅ…。』


 こんな芸当が出来るのも、私が持つカンスト魔力INTのおかげです。


 私にはハイウィザード固有のパッシブスキル【マジックシールド】が常に展開されています。

これは、相手の魔力と自分の魔力の差によって、最大で第5階位魔法までの攻撃を無効化できるスキルなのです。


(スキルが自動で無効化できるとは言え、熱さは感じるのね…。)


 私は自分の手のひらを確認しましたが、火傷すら負っていませんでした。


「大丈夫ですか?リディア」


 マーレはしきりに私の手を気遣います。


『平気ですわよ。それよりも、貴女方は魔法の行使に詠唱を必要としますの?』


 マーレは私の質問に、当たり前のように頷く。ラーズ皇子やもう一人の侍女マリンにも聞いてみた。


「はい。詠唱の暗記は魔法職を志す者として必須事項です。」

「皇族もそうですし、貴族の大半は魔力の優劣を問わず基礎知識は習う事になっています。暗記をしていないと学校で苦労することになりますからね。」


『ふむ…。』


 私は一瞬目を閉じて一呼吸置いた後、マーレと同じように片手を天に向けてかざした。


『はぁ!!!!』


 すると、私の手からマーレの3倍は大きな火球が出現する。


「な!!!無詠唱!?」

「信じられません!これほどの火球…まさか、上位魔法も使えるのですか?」


 唖然とする3人。マリンに至ってはもう言葉も出ないほどで、兵士達の殆どは腰が抜けて座り込むほど驚いていました。


『はぁ…これはマーレ様と同じ、ファイヤーボールです。上位魔法ではありません。考えても見て下さい。私は聖職者なのです。本来は攻撃魔法なんて使えないのですよ?』


「し…しかし…これほどの火球を扱う聖職者などおりません。そもそも聖属性魔法はその扱いの難しさから、それ以上の属性を覚える余裕なんて無いのですから。」


 私の場合、聖職者(正式にはハイプリースト)以外の職業をマスターしているのですから、全属性を扱えるのは当然と思っていましたが、この世界で私がと呼ばれるのには、聖属性の取り扱い自体に問題があることが伺えます。


「あの…その火球…どうするんですか?森が完全に焼けてしまいそうですけど…」

『あ…。』


 私は慌てて自分の手を握りしめると、火球は何事も無かったかのように消えていく。


「え…詠唱が無いうえに、発動をキャンセルできるなんて…。あなたは今、とんでもない事を私達に見せているのですよ」


 ラーズ皇子の言葉に、私はキョトンとしてしまう。


『この世界では、無詠唱もキャンセルも当たり前ではない…と?』


 三人は揃って首を縦に振る。


「魔法の無詠唱使用は、我が王国も含め各国の魔道士団が日々研究と改良が続けられていて、照明魔法"ライト"に代表されるには既に応用されているのですが、攻撃魔法はその威力が半減してしまうので、実用には至らないのが現状なのです。」


『そう…なのですね。では、殿下の王国所属の魔法使い…その中でも一流の方々は、最大で何階位ほどの魔法を扱えるのですか?』


 ラーズ皇子は少し考えている様子でしたが、辺りを見回して誰も居ない事を確認すると、話し始めました。


「機密事項なので、本来は部外者にお教えするのはどうかと思ったのですが…。リディアほどの使い手であれば、問題無いでしょう。」

「我が王国の魔道士団は、加入条件に3が必須事項です。そのトップである宮廷魔道士にもなれば、第5階位魔法の魔法をも使用可能だと聞いています」


 それを聞いて私はかなりのショックを受けてしまいました。何故なら、私が無意識に展開している【マジックシールド】では、魔力差によって個人差はあるもの第5階位魔法まで無効化してしまうので、宮廷魔道士の魔力次第では1師団が束になっても、私に傷一つ負わせる事ができないことになります。


『はぁ…。』


 私は思わぬ事を聞いてしまったため、大きくため息をついてしまいました。


「まさか…リディアは更に高次元の魔法が使用できる…と?」


 私はその質問に対して、言葉にこそ出しませんでしたが、人差し指を唇に添えて、できれば秘密にして欲しそうなリアクションに留めました。ラーズ皇子も驚きを隠せませんでしたが、ただ目の前の事実を確認したかったのか、更に私に質問を続けます。


「もしや、我々にも無詠唱での魔法の行使が可能だと?」


『ええ…その…ですわ。これは仮定の話ですが、この世に魔法を広めた人物は、無詠唱での行使も可能ではあったものの、魔力が恒久的に足りなかった。そのため精霊などの力を借りる事によって一日の使用回数を増やす方法を編み出したが、それらから力を借りるために必要な…、つまりを必要とする現在の形にならざるを得なかった…。とか』


 私の説明に一同が目を丸くして聞いていました。


「…リディアは不思議な方だ。我々も魔法の根本がなんであるかを授業で習いますが、基本的にはだと教えられています。」


『神が人に与えてくれた力…ねぇ…。皆様が信仰している神の名は?』


「アトロポス神ですわ。他にも大陸にはクロト神を信仰する一派と、デクマ神を信仰する一派の系3つの神派が存在していますが…ご存知ありませんの?」


『アトロポス…クロト…デクマ…。ごめんなさい。初めて聞く名前です。』


 この世界がゲームの中だったなら、バックグランドで検索をかけることが出来たでしょうが、今はリアルのファンタジー世界。世界観はゲームの世界と全く同じなのに、一切の情報が遮断されて自分の知識のみが頼りになった事は致命的です。


「ふむ…。神の名は幼い頃から教わる常識なのだが…、リディアを拾ってくださった方は教えてくれなかったのですか?」


 彼らは私の嘘でも十分に信じてくれているのか、少し心が痛みましたが、ここは話を合わせるために無言で首を横に振りました。


「そうですか…。」


 そのあとは少し気まずい雰囲気が流れていました。神の名を知らず、巨大な魔力を平気で行使する聖女なんて、怪しいにも程があります。


『狩の続きをしましょう。私の見立てなら、あなた方が目指している町まで歩きながら、先ほどまでの狩を続ければ、素晴らしい能力が開花すると思います。』


「し、しかし…。またで歩かれるのですか!?」


(まぁ、そうなるよね。魅惑のスク水はこの世界に存在しているかすら分からないゲームアイテム。モンスター誘引効果のあるこの水着を、好んで着てる人なんていませんわ)


『私の事は一切気にせず、皆様は狩りに集中して下さい。モンスターの注意がそちらに向いても、傷は全て回復させます。まぁ…ヘイトが私以外に行くことは無いと思いますけどね。』


「ヘイト?ですか?せい…リディアは時折、我々には分からない単語を使われますね。」


 私は装備を変更すると、魔法探知で周囲のモンスターを検索し始めました。


(ふむ。まだまだ大量にモンスターの気配が出てくるのですね。コレらはどうやってリボーンするのか、実に興味深いことです。)


 こうしてその日が暮れるまで、私によるスパルタレベリングが続きました。


… … …。


「魔物が生まれる仕組み…。ですか。リディア様はそのようなものにも興味があるのですか」


 レベリングと移動の2日目が終わり、私達は再びコテージで夕食を摂りつつ、私の知らない知識を補うべく聞き取りを行っていました。


『はい。そちらにもし、文献などがありましたら、教えていただきたいのです。』


 ラーズ皇子は少し悩みながらも、私に打ち明けてくれました。


「我々の国でも学者が調査していたと思いますが、ダンジョンから出て来るのではと言う理論や、魔物も我々と同じく文化や生息地があり、無害な動物同様、種族を増やしていると言った考えが一般的です。」


『ダンジョンはそんなに多いのですか?』


「いいえ。我が国で確認されているダンジョンは、王国北にあるキュリアダンジョンと今向かっているキャロラウヌより更に南下した先にあるサウスキャロラウヌダンジョンの2つです。」


 私は彼の証言が正しいのかどうかを、MAPスキルで確認したところ、MAPが更新されて位置が表示されるようになりました。


(ふむ…皇子様から聞いた話と一致している…。ダンジョンの位置は間違いなさそうね…。)


 現在地から目的の町までは、徒歩なら翌日中には到着できる位置まで来ています。


『ダンジョンは消滅させることはできるのですか?』


 仮にダンジョンが魔物の元凶なら、ダンジョンを叩けば良いだけの話。自然ポップだと対処法が難しく、自然繁殖だと乱獲によって全滅する事も考えられた。


「可能だと思います。最深部にあると言われるダンジョンの核を破壊すれば、ダンジョンはその力を失い、徐々に消えていく事は証明されています。ただ、ダンジョンを目的として多くの冒険者が付近の町へやってくるので、経済的な恩恵を求めて多くの町がダンジョンを攻略することを禁じています。」


『近くの町がを持っているのですね…。』


「はい。正式には…ですが。」


 ゲームではそんな説明はありませんでした。所詮ダンジョンはレベリングとドロップアイテムが目的であって、必要レベルを超えて旨味が減ってしまえば、次のレベルに見合ったダンジョンへ移動するだけだったからです。


(この世界は本当に。皇子達もただのNPCではなく、生きた人間としてこの世界に存在している。なら、その存在から逸脱した私はどのような存在になるだろう…。)


 オートマッピングはオープンマップと詳細マップに分類され、オープンマップはワールド全体をざっくりと高低差を踏まえて書き込まれるので、サーチ系魔法と組み合わせる事で広範囲の地形を確認できるが、町やダンジョンなどの処理が別れている場所は位置のみが表示される。詳細マップは自身が踏破した町やダンジョン内部を記録したもので、隠し部屋なども実際に入ってみないと表示されないようになっている。


(あと1日でキャロラウヌに到着するけど、やっぱり町中までは確認できない…か。確か、ジュバイン子爵…。マーレの父が領主を務める町みたいだけど、ダンジョンの発見者と言うのがマーレから見て祖父に当たる人のようだ…。まぁ皇子の侍女に推薦するくらいだから、敵対していないとは思うけど…。町中さえ見れたら悪意をサーチできるんだけどなぁ…)


 王都からの追っての可能性を考えて、実は死んだ騎士団長の体を《生産型第九階位魔法:クリエイトゴーレム》を使って製造し、ある程度の台詞のみをプログラムしたうえで王都方向へと歩かせていたのです。

 ただ、行き先で敵と遭遇してしまったら元も後もありません。


(まぁ…考えても仕方ないか…最悪、マーレの父をこの手で殺めなければならないのは覚悟していなくちゃ…。)


 自室のベッドでそんな事を考えていると、私の部屋を誰かがノックしました。


「私です。ラーズです。夜分遅くだが、少し話がしたい。」


『鍵は開いてます、あ…カーディガンを羽織りますね。』


「あ…そ…そうですね。」


 さすがに私の生肌を一度見ているだけに、気まずそうな顔をして皇子が入ってきました。

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