第5話
私は、鬼気迫る勢いで自分の上司(皇子)を殺そうとする騎士団長に、後ろからこっそりと近づいて、部下の兵士に付けられていた隷属の首輪を付けてやりました。
「な!!いつの間に!?」
騎士団長が首輪に気づいても時既に遅しで、隷属の首輪はガッチリと騎士団長の首に装着されました。
「聖女さ…ゴホン。リディア。来てくださったのですね」
その瞬間にラーズ皇子も私に気が付きました。
『はぁ…聖女ではありませんと言っているのですが…まぁ良いです。騎士団長さん、これはどういった状況でしょうか?』
「っく…。」
大体の内容は、部屋の外にダダ漏れだったので把握しているのですが、とりあえず聞いてみたのですが、先程までの饒舌とは真逆に完全黙秘となる騎士団長。しかし、隷属の首輪がそれに反応し、騎士団長の首をゆっくりと締め上げる。
「ぐはぁ…、こ…殺すが良い。私が死ねば、ここの部下も全員死ぬ…。道連れだ…。」
『そうは行きませんわよ?』
私は残りの兵士に付けられた隷属の首輪も、騎士団長の目の前で解除して見せる。
「ば…馬鹿な…。あ…ありえん。首輪が私以外の人間…それもエルフなんぞに外せるなんて…」
「お…俺達、これで自由の身なのか…良かった…」
騎士団長はその場に膝から崩れ落ちる。しかし、次の瞬間。自らに取り付けられた首輪を両手で持ち、引きちぎろうとし始める。すると、首輪の喉部分にある魔石が、徐々に赤く発光してくる。
『止めなさい!そんな事をすれば、魔石が暴走して弾け飛びますよ!』
私は騎士団長を止めに入るも、既に魔石の魔力が暴走を開始している。
「五月蝿い!!目的が達成できなければ意味はない!!私と共に、貴様らも道連れだ!!!」
もはや爆発は止められないと悟った私は、魔法を発動させました。
『(魔法系第8階位魔法)パーフェクトシールド!!』
この魔法は1回1名を強力な結界で包み、全ての攻撃威力を相殺し防御する魔法なのですが、今回これを騎士団長へ使用しました。実はこの魔法の効果は内部からでも発動するため、発動時は無闇に行動が取れず、また対人戦の場合は誰にも相手にされなくなる事もしばしばで、再使用時間も長いため使い勝手の悪いスキルなのです。
(今回、騎士団長は自らの命を犠牲に周りを巻き込もうと躍起になっている。だから、この魔法が発動している事すら気づいていないでしょう…。)
その直後、爆音と共に結界内が大爆発を起こし、結界がその威力の相殺により砕け散りました。衝撃波も相殺され、残ったのは騎士団長のボロボロになった鎧と骨血肉だけが残っていました。
私はすぐに窓を開けて煙を外へと逃し換気します。
『はぁ…自ら死を選ぶなんて…、何のために私が命を救って差し上げたのか分からなくなりますわ…。』
私はため息をつきながらコテージの詳細に再アクセスをかけて室内を浄化させると、血肉のみが綺麗に掃除され、骨と鎧のみがそこに残りました。
「何事ですか!!!」
大きな爆発音を聞いて、部屋の外に待機させていた残りの兵士も中へ入ってくる。
「こ…これは…団長!?ま…まさか…。死んだのですか?」
「鎧は確かに団長の物だ…しかし、何故?」
私は現場を目撃していなかった兵士にも事情を説明する。
『という事で…恐らく先の盗賊も、騎士団長の差し金の可能性もあるのだけれど…ご本人がこんな状態なので、もう聞き出す手段はありませんわ…。』
本当は
「あの…殿下に何かあったのでしょうか…先程の爆発は…」
さすがに大きな爆発音は建物内に響いたのか、侍女の二人も目を覚ましたようで、ドアを開けてこちらを覗いてきました。
『な…なんでも無いのですよ…あはは…。』
私はさすがに2度も説明したくなくて、侍女達には笑って誤魔化しました。
「なんでも無くありません!女性がそんな姿で、何をされているのですか!」
『え?』
そういえば、兵士に襲われてから今まで、流れ作業のように事件が起こったため、私は自分の姿を気にしていませんでしたが、よく見てみると…青い水玉模様のブラとパンツが丸見えな、青いロングネグリジェと言う状態。
(そういえば、兵士達も殿下も私の方に視線を向けなかったの…これのせいだったのね…。)
言われて初めて気づき、私は今更ながら恥ずかしくなってきました。
『こ…これは…、やだ…私としたことが恥ずかしい…。』
私はそう言って部屋から飛び出し、自室へ戻りました。
(いやいやいや。何?今の発言…。俺?私?…中身?男?…だったよね?いや…もうそうじゃない気が…。)
自部屋に入るとすぐにベッドへダイブした私。自分でもまだ信じられないくらい、思考の女性化が進行していました。
(この世界に来る前のゲームダイブ中は、常に一人称を私で統一していたけれど、それはあくまでも文字チャットだからこそ。なのに、音声チャットで声も女性になっただけで、普通に私って言える!?ありえない…。)
私は喉に手を当てる。
『あ~~~~~。』
喉からの振動が触れている手にしっかり伝わってくる。
(リアルなんだ…。今の私は…私の体はリアルなんだ…。まさか…キャラクターの姿のまま、別次元…いえ、異世界に飛ばされたって事?)
そう考えなければ現実を受け入れられませんでした。私は毛布から頭を出し、仰向けになって天井を眺めました。手を天井に向けてみます。
(女性の体…。それも人間ではないエルフの体。もしかしたら、寿命も設定通りに?だとすれば、エルフは人間よりも遥かに長い寿命と、それでいて老いる期間が極端に短いことから、不老不死の典型的存在になるはず…。こんな世界に何百年も人間に追われて生きることになるの?)
『はぁ…。今は考えが
悩んでいても仕方ないので、一晩寝てからじっくりと考える事にしました。
翌朝、私はまだ夜が明けきらないうちから、厨房に足を運んでいました。やっているのは、昨晩仕込みをしておいた生地を練る作業。
(ゲーム内で取得できる特殊スキル【調理】が無かったら、こんな芸当できなかったわね…。)
調理スキルは、商人を選択した人なら必ずと言って良いくらい取得する者が多かったクエストスキルで、屋台で料理を販売してお金を稼ぐだけでなく、材料に拘ればバフ、デバフの効果を付与する事も可能だったため、料理の効果のみを求めて、商人以外の職業でも人気が高かったスキルなのです。
「おはようございます。リディア。それは…何ですか?」
入ってきたのは侍女のマーレさんでした。
『あ、マーレ様。ちょうど朝食用のパンを焼くところです。』
「あ~平民がよく食べるあの、中々噛み切れない食べ物ですね」
『へ?そうなのですか?』
「はい…。私も侍女をしておりますので、殿下にお出しできるものなのか、食べてみたことがありますわ」
『では…それを前提に、私のを食べてみて下さい。』
熟成された生地をこねる私の手つきを、不思議そうに眺めるマーレ。パンが硬い物と言う発想から考えても、この時代設定にある食事という行為が、現代レベルで設計されていない事が分かります。
(ゲーム時の"食事"と言う行動は、エモーションにのみ存在していて、どちらかと言えば
出来上がった朝食は、クロワッサンにマーガリンをお好みで、あとは温かいポタージュスープ。希望者にはサラダと言うシンプルな品数。
「はむ…。」
初めまして食べる柔らか食感のパンに、そこにいる全員が驚きを隠せませんでした。
「わぁ。なんて柔らかいパン。それにこのマーガリンと言う付け合わせの油が良く合います。」
「全くです。街のパン屋にも、この技術を伝えてあげたいくらいです。」
(そっか、兵士達は平民や農民出身が多かったから、硬いパンを食べた事がある人は多いのね…。)
ラーズ皇子は無言で食べ進んでいましたが、表情で美味しさを表現していました。
(昨夜の事はショックが大きかったようだけど、食欲に影響しなくて良かった。)
食事が終われば次の問題を解決しなければなりません。それは…。
… … …。
「はぁ…。はぁ…。はぁ…。リディア殿…。そろそろ休憩…したいです。」
「はぁ…。わたし…も…です。」
「な…なんで…私達…まで…。はぁ…はぁ…。」
『みんな、気合が足りないぞ~~?傷は気にするな~。どんな怪我でもどんどん治しますから~』
そう、全員のレベルアップです!!
「それは…そうと…リディア?」
『ん?なに?』
「素朴な疑問…なんですが…。なんで…そんな薄い布一枚なんですかぁぁぁぁ」
『ああ…これ?』
彼女達が疑問に思うのも不思議ではないし、見たことも無いのだと分かります。
【魅惑のスク水】このアイテムは、ダンジョン深部で入手できるアイテムなのですが、着用すると水着以外の全ての装備が外れてしまううえ、周囲に生息するモンスターを引き寄せてしまう魔性の水着なのです。
男女共に装備が可能で、ゲーム上ではグラフィックが頭部以外変化するので、全く違和感無く装備できるのに、呪われてて脱ぐことができず、興味本位で装備したパーティーを全滅に追い込む恐ろしいアイテムでもあります。
ちなみに私が装備しているこれは、モンスターを引き寄せる機能のみを持たせて自作したオリジナル作品であり、ゲームでは良き金稼ぎアイテムです。
私が売っているのを真似して、ダンジョン製の呪われた方を販売した人が増えたため問題になり、販売を自粛するほどの人気アイテムでしたが、こんな形で役に立つとは思いませんでした。
(まぁ…直にウルフ達の噛み噛み攻撃を受けてもダメージは無いんだけど…。ちょっと気持ち悪いですね…。)
私が水着の効果でモンスターを引き寄せて、更に【オールヘイスト】発動によるヘイト効果で、敵のターゲットは私にしか見向きもしない。そんな状態で兵士達、侍女達、更にラーズ殿下まで、後ろからザクザク攻撃してそれらを倒す。ゲームなら当たり前に行われていた初心者育成法である。
(問題なのは…彼らが自身のステータスを確認する手段を持っていない。冒険者なら冒険者ギルド発行の【ギルド員証明書】で確認する事ができるらしいけど…。)
『はぁ…あなた達って不憫…よねぇ』
「あはは…。頭から噛まれているのに、平気な顔してため息つける聖職者様って…初めて見ました…。」
私は【鑑定】スキルを使用すれば、全員のステータスを容易に調べられるけれど、この世界の問題は他にもありました。
まず、彼らは自身で自由にステータスポイントやスキルポイントを割り振りできない事。つまりレベルが上がってもポイントを振り分けられないので、生まれた時からステータスが変化しない。そのため、幼い頃に鑑定能力を有する司祭により、優れた部分を見極めてもらったうえで、将来が決められる事が多いそうです。
(そりゃ…職業レベルが上がれば、ステータス補正がかかるから強くはなるよね…。)
侍女をしている彼女達は、魔力の素質も武の素質も認められなかったので、政略結婚の対象にしかならなかったのです。そしてラーズ殿下に至っては皇族であるが故に、皇太子にさえなれれば自動的に国王へと進める可能性があるため、レベルと言う概念すらありませんでした。
そこで私の出番です。
私が極めた職業プロフェッサーのスキルである【魔法系第9階位魔法:スキルストラクチャー】で、職業召喚士の【魔法系第2階位スキル:ストラクチャーステータス】を改造する。本来は使役したモンスターのステータスを自由にカスタムするためのスキルを、人間にも使用可能にすることで、彼らのスキルポイントを私が自由にカスタム可能にするのです。
そこで利用するのが、兵士達に使用されていた隷属の首輪。これを使用して使役している状態にすれば、スキルの使用条件が開放される仕組み。
(上手くいくか不安だったけど、マーレさんを実験にスキルを使ってみたら成功したので、今後彼らの成長に合わせて、希望を聞いていくことにしましょう。)
ちなみにマーレさんの一族は、生まれながらに魔力の高い魔術師の家系らしいのですが、彼女には生まれ持った魔力が少なく、第二夫人の子供である妹に才能が認められてしまったことで、父親からあまりよく思われていなかったそうです。
そこで私は、レベルの上がった事で得られた彼女のステータスポイントを
(ついでにスキルポイントを使って、火属性と水属性の魔法を開放してあげたから、ある程度練習すれば、法術士としての才能は開花するわね…。)
『マーレさんは魔法は使えますの?』
「えっと…生活魔法…みたいなものかな。竈に火を入れる程度の火魔法なら…。あ、でも妹ほどの威力は出ないから…。本当にそのくらい…。」
『じゃあ使って見せてよ。』
「え?で…でも…。」
私はモンスターの誘引を停止するため、本来の聖職者姿へと戻り、彼女の魔力がどれほど上がったのか調べてみようと提案するのでした。
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