第4話

 この世界の情報を知ろうと、助けた兵士やこの国の第二皇子ラーズに、自分の秘密をバラすや否や急に襲われたので、理由を聞いたら戦争ですって?と言うか初めてこの世界に降り立った私には寝耳に水ですよ。


 ラーズは私の姿をじっくりと顔から足まで観察して、再度口を開きました。


「私が王国の書物館で見たエルフの特徴は、そのほとんどが金髪で真紅に燃え上がるような瞳をしていて、人よりも耳が長い者が多い。と記してありました。私自身はエルフを直接見てはいませんが、貴女のような青眼で銀髪のエルフもいるのですね」


『私は…父が人族、母がエルフ。同族からはハーフエルフと呼ばれ忌み嫌われる存在なのです。戦争の事は知りませんでした。物心付いた頃には既に孤児でしたし、私を育ててくれたマザーは高齢で、目もほとんど見えませんでしたから…。』


 多少の嘘はあるが、自分がエルフ族であることは間違いないので、どこの誰かは知りませんが許して欲しいと思いました。ラーズ皇子は私の話を聞いて同情しているのか、胸に手を当てて丁寧に謝罪の意を示してくれました。


「そうでしたか…。いえ、エルフ族全てが悪と決めているわけではないのです。そもそもこの戦争について史実を紐解こうとしても、どちらが先に仕掛けた戦争なのかも、なぜ急に終結に至ったのかも、全ての記録が残っていないのです。」


『では、亜人族が生き残っているか…それも分からないのですか?』


 私の質問に、ラーズ皇子は軽く頷きました。


「少なくとも、魔物以外に我が王国領土内での目撃情報はありません。」

「殿下、眼の前にいるではないですか。彼女こそこの王国最初のエルフ族目撃の一例となりますぞ、これは早速報告の義務がございます。」


「黙れ騎士団長!」

「は…はい。申し訳ございません。殿下。」


 この時、ラーズ皇子に叱責された騎士団長の顔が、わずかに歪んでいる事に私はすぐ気づきました。


(この男…。カオス値が高いのよね…。少なくとも人は殺している経験があると見て間違いはない…。)


 鑑定の結果に嘘偽りは無いにせよ、それをそのまま公表したところで彼らは納得してくれないだろうし、その場で処分してしまうと私のイメージが最悪になってしまう。


(う~ん。場の空気を和ますには…あと食事くらいかな。水もあれだけ美味しく感じたのだから、食事もきっと美味しいよね!)


『あの…よろしければお食事でも…どうでしょうか。』


 私の一言に、兵士一同も顔を合わせて頷き合っています。


「確かに…ここまでで干し肉しか食べてないし」

「なんか美味いもん食いてぇよな」


 私はそんな兵士を見て笑顔で返します。


『では、料理ができましたらお呼びします。では…。』


 そう言い残し、私は部屋をあとにしました。すると、二人の侍女(メイドではなかった)さんの部屋から、マーレが出てきました。


「リディア、マリンにお食事を作って差し上げたいのだけれど…」

『丁度良かったわ。今から食事にしようと思っていたところなの、手伝っていただけますか?』

「勿論です。リディア」


 私達はリビング・キッチンへと向かいました。


『マーレさん、お料理は得意なのですか?』

「あ~、最初は苦手でしたけど、殿下の侍女として働くうちに、下ごしらえくらいならなんとかできるようになりましたわ」

『なら、これとこれを…こうして…』

「ふむふむ、なんか変わった形の野菜が多いけれど、なんとかやってみます。」


 この世界が私の知るゲームと同じなら、食材も同じだと思っていましたが、私が取り出した食材は、彼女にとって馴染みの無い物のようでした。結局、ひとつひとつの加工方法を教えつつの料理となりましたが、なんとか完成することができました。


「ほう…これはまた素晴らしい料理。これをリディアが?」

『はい。マーレさんもお手伝いしてくださいました。』


「これは…肉か?」


 ラーズ皇子が指差したのはハンバーグです。


『こちらは豆を荒くかつ細やかに加工した物を成形した、肉もどきです。エルフは肉を食べませんので、料理の全てが野菜で作られております。』

「おおー。」


 兵士の皆さんもひとつひとつの料理に目を奪われている様子でした。


「リディア殿、これには毒は入っておらんのだろうな。殿下にもしもの事があってはならん。我々が最初に毒見をさせていただくがよろしいか?」


 そう言って騎士団長は先陣をきって全ての種類の料理を一口ずつ食べていきました。


「ふむ…とても美味い…。毒は無いな。殿下、どうぞお召し上がり下さい」

「騎士団長は本当に疑い深いな…。仕方ないことではあるが…。」


 ラーズ皇子も一口食べると、目を大きく開き、その表情で既に美味しさを表現していました。


「美味い。宮廷料理人にこれくらいの料理が作れる者がいるだろうか…。」


 スープ、前菜、メインディッシュ、そしてデザートまでフルコース全て、彼らは残らず平らげると、とても満足した顔をしていました。


(マリンとマーレは自室で食べているのかしらね…。)


 二人の事が心配でしたので、自分も食事が終わってすぐに二人の部屋を尋ねると、二人共綺麗に食べてくれていました。


「エルフ料理って、とても美味しいのね。私、初めて食べました。その…あ…ありがとうございます。」


 マリンはそう言ってお辞儀をしました。


『種族は違えど、同じ女性同士ではないですか。』

(なんて、中身はおっさんだけどね…)


 折角蘇生魔法まで使用したのに、こんな可愛い娘が自死するのだけは避けたいと思うのが本音でした。


… … …。


「はぁ…このマジックアイテムはシャワーも使えるのですね…。一体どんな仕組みなのでしょう。」


 女性三人で浴びるシャワー。仕組みは水の魔法石で精製した水を、火の魔法石で温める事で温水を生成、温度調整も可能な高性能シャワーへと仕上がっている。


『女性ひとりでの冒険は何かと物入りなので、これひとつあれば最高に優雅で安全な旅路が可能なのです。』


「このマジックアイテムはいくらで買えるのですか?」


『すみません。私にもコレの価値が分からないのです。』

「お父様なら、元商人として何か存じているかもしれません」


【癒やしのコテージ】は、ガチャアイテムであり最高級のウルトラレアURで手に入れたアイテムなのと、鑑定の結果も【非売品】となっていたため、さすがに商人をマスターしている私でも、物の価値を判断することはできませんでした。


(これが出た時に、かなりの人がガチャに没頭したみたいだから、値崩れしているかもしれない。まぁ仕組みさえ分かれば錬金術で作成が可能だけど…。)


 錬金術士の上位、マッドサイエンティストのスキルに、【アイテム分析】というものがあるので、これを駆使すれば例えガチャアイテムでも、廉価版くらいは作成が可能になるのですが、どのガチャアイテムも材料が通常ではあり得ないほどの量が必要になるため、作って売ろうと考える人はいないのは分かっていました。


(はぁ…シャワーも気持ちよかったぁ…。あ~なんというか、この世界に来てから、なんだか考え方まで女の子になっている気がして…う~んリアルに戻った時が怖い…。ログアウトできたら…だけど。)


 ベッドの上で風の魔法と火の魔法を並行制御して、ドライヤーもどきな温風で髪を乾かすと、すぐに布団をかぶって寝てしまおうと思いました。ログアウトの方法が分からない以上、寝るなどの手段を講じてみる必要があったからです。


 コテージ内はNON PvPゾーンのため、殺傷を伴う戦闘が発生すると、自動的にシールド魔法が掛かる仕組みになっています。この安全性能と私自身の力の差から、すっかり油断していた私は、なんの対策も無しに寝てしまいました。


 すると…。


「な!シールド魔法!?」


 声が聞こえて目が覚めると、私のベッド前で3人の兵士が一斉に、私の胸元へ剣を突きつけていたところで目が冷めました。幸い、自動シールド魔法が働き、剣は布団の一部を切り裂くのみに終わりました。


『はぁ…。あなた方、これはどなたの命令でしょうか?』


「くっ…。」


 質問に答えてくれるほどの低レベルな脳では無さそうです。私はすぐ起き上がると、兵士の鎧胸部上、首元に僅かに見えるインナーを掴み、持ち上げる。


「あがっ!な、何という馬鹿力だ。そんな細腕で鎧ごと私を持ち上げるなんて…。」


 勿論、エルフ全員がこんな力持ちなわけがなく、私が特別強いだけなのです。


「やっぱり辞めましょう。ナッツ。こんなの騎士としての道理に反します。」

「だが!逆らえば俺らが殺される!やんなきゃ何ねーんだ。」


(ん?何やら訳ありみたいですね。)


 私は兵士に『鑑定』を使用しました。するとステータス項目に『隷属』の文字を見つけました。その事に気づいて、今持ち上げている兵士の首元をよく見ると、どす黒く光る首輪がガッチリと装備されていました。


『隷属の首輪…。』


「!!!」


 私の言葉に全員の顔が固まりました。


「そ、そうさ。俺らは奴隷だ。だから、命令は絶対。大人しく殺されてくれたら、俺らは解放されるんだ。」


 私に持ち上げられている兵士がそう言って悲しげな表情を浮かべています。


(何が解放されるよ。隷属の首輪は装備させた本人しか解除ができず、無理に外そうとしたり、主人から離れただけでも、裏切りと判断されて首輪が爆発する仕組みなのに)


 兵士に隷属の首輪を付けるなんて、正気の沙汰では無い。しかし、出会ったのが私だったのが、彼らの運が良かったところなのだろう。


『(生産系第7階位魔法)グレートブレイクアイテム!!』


 この魔法はマッドサイエンティストの最上位魔法で、神話級のアイテムや課金アイテム以外のほぼ全てのアイテムを無効化し、破壊する魔法なのです。この効果により、兵士に付けられた首輪は二つに割れて地面に落ちていきました。


「う、嘘だ。隷属の首輪が、は、外れた!」


(そりゃ隷属の首輪程度のアイテムなら、私の手にかかれば唯のおもちゃよ。)


 私は兵士を解放すると、他の二人に付けられた首輪も解除しました。


「リディア様はやっぱり聖女様だ。」

「ああ、俺達は今、聖女の奇跡を受けている」


 兵士達は祈るような仕草で私を見つめている。

『はぁ…。だから私は聖女でも無ければ、神でも無いですって。』


 ついため息が出てしまいます。


 こうなると心配なのはラーズ皇子です。すぐに殺される事は無いにしても、部下に襲われるのはトラウマになりそうなので、助けに行かなければなりません。しかし、その前に用意する物がありました。


『(生産系第2階位魔法)リベイクオブアイテム』


 この魔法は壊れたアイテムを修理するもので、勿論今回修理するのは、さっき兵士から外した隷属の首輪です。


「聖女様、首輪を直して誰に使うのですか?」

『そりゃ…勿論、あなた方にコレを使った本人に…ね。』


 準備も整い、私達は皇子の部屋へ行きました。ドアを開ける前から、既に中の様子が分かるようでした。


「騎士団長、何故私を攻撃するんだ。」

「知れた事。私は元々第一皇子、アルマーニ殿下をお慕いしているのだ。私は殿下より貴殿の暗殺命令を受け、成功の暁には、殿下直属の第一騎士団への編入が約束されているのだ。」

「何故だ!兄上と私は母こそ違えど、幼い頃から仲がよかったではないか!」


「その考えが間違いなのだ。アルマーニ殿下は陛下の寵愛が貴方様に向けられている事を、大変ひがんでおられた。ようやく巡ってきた後継者争いで、貴方様さえ居なければ良いと考えるのは、必然的にではないか!」


(あー。騎士団長のカオス値が高かったのも気になったけど、後継者争いって面倒ねぇ。)


 私は付いてきた兵士へ、ドアの前に待機するように指示して、ゆっくりとドアを開けて中へ入りました。


『(戦士系第2階位スキル)コーヴァート』

 このスキルは隠密スキルで、音や接触、サーチスキルが発動していない状態なら、相手に気づかれずに近づく事ができるのです。


 現場は騎士団長が持っていた剣でラーズ皇子に斬りかかっていて、それを自動シールド魔法が防いでいるところでした。

 騎士団長の背後に残りの兵士が立っていて、恐らく隷属命令で手出しできないようにしているのでしょう。一部始終をずっと見せられていました。


「しかし、この建物はどうなっているのだ。殿下をこの場で斬り捨てたいのに、傷を付ける事すらできんとは!」

「騎士団長よ!聖女様が私達に加護を下さったに違いない。これは聖魔法であるシールドの魔法。これがある限り、騎士団長の思うようにはいかない」


 何だか盛り上がっている様子だけど、ここら辺でお開きにしたいと思い、私は背後から騎士団長に隷属の首輪をガチャリと取り付けました。

 相手に接触したので、自動的にスキル効果が解けて、ようやく騎士団長は私の存在に気がつくのでした。

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