第3話
新しい世界に来て初めての人間は、盗賊に襲われたお貴族様御一行でした。
(さて、これ…どうしよう。)
遺体をこのままにするのも変だし、一応私は聖職者として現場にいるので、ここは面倒でも何とかしないといけない。そんな状況でした。
(うーん。
『だとすれば、方法はただ一つ!』
『(魔法系第7階位魔法)デッドレイズオール!』
この魔法は、ハイプリーストが持つ蘇生魔法では唯一の範囲効果。全滅しかけたパーティーメンバーを一気に蘇生する起死回生魔法である。ただし、体力は最大値の10%しかなく、発動後のディレイも丸一日と長いのが使いづらさとなっている。
『そして!(魔法系第5階位魔法)キュアオール!』
この魔法は自然治癒能力を一定時間向上させるキュアの全体範囲版。傷そのものを回復させるヒールと違って、個々の持つ治癒力が高いほど効果が高い。
今回の場合、四肢の欠損が無い遺体や怪我人なので、蘇生と合わせる事により、より自然に怪我の状態で生きながらえさせる事ができると言うコンボなのです。
私は全員の呼吸を確認すると、一人一人の傷口に包帯を巻いていきました。
『はぁ…。予想はしていたけど、これは酷いね。』
メイドは女性だった事もあり、怪我よりもある意味での肉体的な被害が酷い状況でした。
『(魔法系第2階位魔法)ピュアリカバリー!』
この魔法は毒などの肉体的、精神的侵食から体を守り、肉体的清浄、精神安定の効果がある。
『記憶だけは変えられないから、しばらくはトラウマが残るでしょうが、まぁ最悪の状態は回避できるから、あとは彼女達の意思次第ね。』
『はぁ…疲れた。魔力も結構消費したから、今日はここで休もうかしら』
私はインベントリからアイテムを取り出しました。
『マジックアイテム、癒しのコテージ!』
このコテージ、見た目少し大きな犬小屋にも関わらず、込める魔力に応じて最大12部屋まで増やせて、その部屋の用途も細かく設定ができる正にパーティーで行動をする冒険者にピッタリのアイテム。
外部素材は頑丈、しかも内部はNo PvPゾーンとなるため、安心安全の眠りを提供してくれるのです。
私はコテージの部屋を細かく設定し、兵士の部屋、少年の部屋、メイドの部屋、自分の部屋、リビングキッチンにトイレ、シャワールームの7部屋を作りました。
各寝室には人数分のベッドを用意して、人数に応じて部屋の広さも変更。全員をベッドに寝かせました。
最後に貴族らしい少年をベッドに移して作業終了。気づけば現場となった森は、すっかり薄暗くなっていました。
「うーん。こ、ここは?」
『あ、気がつきましたね、怪我の具合はどう?』
身なりの良い少年が目を覚ましたのは、事件発生から2時間後の事。負傷具合が軽症だった事もあり、1番元気そうでした。
「はい。怪我は…もう痛くないです。いてて。」
『はいはい。もう少し寝てて下さいな』
少年のくせに痩せ我慢している辺りがとても可愛いく思えます。
「あの、他の方々は、従者達は存命でしょうか」
少年はそう聞いてくるので、私は軽く頷きます。
『大丈夫。皆さん生きております。』
「良かった…。あ、あの。このメンバーの代表として、心からお礼申し上げます。」
少年は体を起こし、丁寧にお辞儀をしました。
『私は盗賊達の血で汚れてしまった服を着替えてきますので、ごゆっくりされて下さい。』
私はそう言って退室し、自分の部屋へ入りました。すぐ隣がバタバタと騒がしくなり、一斉に部屋から飛び出した音がしました。
(はぁ、騒がしい方々だこと。)
私は羽織っていたローブを脱いで、魔法で浄化をかけてインベントリへ収納すると同時に、この世界で来たばかりの頃に着用していた聖職者装備一式に再び着替えました。
(どの世界にも必ず種族間の争いが存在する。前の世界でも、エルフ族は人間界の街に出入り可能になるために苦労させられたから、できるだけ身バレは避けたい。)
この一式はどの世界でも聖職者と分かるうえに、エルフの特徴である長い耳も隠す事ができるヴェールも付いている。今まで羽織っていたローブでは、パーカーのように頭部を隠していたので、見られてはいないはずですが、念には念を入れる必要がありました。
『さて…あとは、彼女達のケア…ね』
私は自分の部屋を出て、メイド達の部屋のドアをノックしました。
「だ…誰!?」
扉の奥からは、か細く震えた声で返事がありました。
『…この家の主…、と言えば、通して下さいますか?』
「…はい…。どうぞ…。」
私はドアを開けて、中へと入りました。二人部屋でベッドが二つ置かれた部屋の、一つのベッドで、メイドの二人がお互いに抱き合いながら私を見つめています。
『…怖がらないで下さい。偶然通りがかり、貴女方をお助けしたリディアと申します。』
軽く会釈をして、彼女達に笑顔を見せると、彼女達も軽く会釈を返しました。
「わ…私は、シュバイン子爵家の…長女、マーレ・シュバインと申します。」
「私は…、アーバレスト男爵家の次女、マリン・アーバレストと申します。お命を助けて頂いた事…感謝します…しかし…できれば、死なせていただけた方が…」
「マリン、何言ってるの?折角助かったのよ?生きなきゃ殿下に申し訳ないじゃないですか」
やはり、彼女達には盗賊にされた行為に対して、深く傷ついている様子で、特にマリンは目が腫れ上がるほど泣いていたことが分かります。
(彼女達は刃物ではなく、確実に絞められた事による窒息が原因の死…。蘇生による体力の回復は早かったようだけど、心の回復には時間が掛かりそうね…。)
私は彼女達に近づき、ベッドに座りました。
『ご安心ください。貴女方を介抱する際に肉体の状態も確認させていただきました。その時に見受けられた悪しき存在については、私の魔法によって全て浄化させていただきました。全てを修復する事は…さすがに難しいですが、これ以上に最悪な未来になることは無いと約束いたします。』
「リディア様…。本当なのですね」
私は彼女達の手を片手ずつ手に取り、自分の両手で包み込むように重ね合わせました。
『はい。今はまだ…心の整理がつかないと思いますが、ゆっくりとお体を休めてくださいな』
「リディア様、ありがとうございます。よかったね、マリン」
「はい…。この恩、決して忘れません。」
彼女達の瞳には、少なくとも安心安堵の表情が出ているのがすぐ分かりました。
「あの…リディア様、殿下や…他の方々もご無事なのですか?」
『はい。勿論です。あ、私は平民の修道者ですので、どうか気軽にリディアと呼んでいただければと。』
「分かりました、リディア」
彼女達との会話を終えて、私は部屋をあとにすると、貴族様の部屋へ向かいました。
「殿下、この屋敷は危険です。今すぐここから出て、一刻も早く目的地へ向かわないと…。」
「騎士団長、私が安全だと言っているのだ。それに外は暗い。再び盗賊団に襲われないとも限らない。彼女ともう一度話をさせて欲しい。」
騎士団長と言えば、盗賊団に襲われた時に唯一負傷で済んでいた人物。ただ、私の鑑定スキルの結果、彼の職業は剣士。身に付けている甲冑こそ、他の兵士とは違うものの、上級職業の騎士ではないのが気になっていました。
ちなみに…私が知るゲーム世界の職業は、戦士系、魔法系、生産系の3種類から成り立ち、職業レベルを上限の40まで上げた者が二次職へ、二次職の職業レベルを上限の70まで上げると上位職へとクラスチェンジが可能になります。更に上位職の職業レベルを上限の100まで上げると、職業マスターとなるのです。
戦士系の一次職は【志願兵】
・二次職①【拳闘士】→上位職【狂戦士】
・二次職②【剣士】 →上位職【騎士】
・二次職③【狩人】 →上位職【スナイパー】
・二次職④【盗賊】 →上位職【忍者】
魔法系の一次職は【法術士】
・二次職①【ウィザード】→上位職【ハイウィザード】
・二次職②【ソーサラー】→上位職【プロフェッサー】
・二次職③【プリースト】→上位職【ハイプリースト】
・二次職④【魔物使い】 →上位職【召喚士】
生産系の一次職は【生産者】
・二次職①【商人】 →上位職【探求者】
・二次職②【錬金術師】→上位職【マッドサイエンティスト】
その他【自称職】も存在していて、例えば、拳闘士とプリーストを最大レベルまで極めると、
ちなみに私の職業レベルは999。つまり、現在のハイプリーストをあと1上げれば、全ての職業をマスターした事になります。
職業レベルとは別に、基礎レベルもあり、こちらは体力、魔力、力、素早さなど、基礎的な部分を底上げするレベルです。(勿論私は上限の999なのです。)
基礎レベルはモンスターやプレイヤーを倒す事で経験値を得られますが、職業レベルは日々の鍛錬によって経験値を得られるシステムになっているため、戦闘を一切せず鍛錬にのみ集中して行い、職業レベルのみを上げる人も少なくありません。
例えば、志願兵が二次職の剣士となるためには、モンスターと戦い続けて基礎レベルを上げると共に鍛錬をすればいずれなれますが、鍛錬のみを訓練場で行っても剣士になることはできます。この2パターンの剣士同士が戦えば、持っているスキルに違いは無いが、基礎レベルの違いで勝敗が分かれることになります。
(騎士団長が剣士…つまり二次職に対し、他の兵士はまだ志願兵。基礎レベルが低い事を見ても、まだ訓練しか積んでいない初心者も良いところですね)
私は貴族様の部屋のドアをノックします。
「はっ!聖女様…ど、どうぞ」
私は部屋のドアを開けると、そこには騎士団長を始め、兵士が全員集まっていました。
『…聖女では…ありませんけど、そういえば名乗っていませんでしたね。私はリディアと申します。聖職者であることは間違いありませんので、これからは名前で呼んでいただければと思います。』
「リディアか…性が無いということは平民なのですね。私はこの国ナポレオーヌ王国の第二皇子。ラーズ・フィン・ナポレオーヌと申します。」
(貴族とは思っていたけれど、まさかの皇族とは…)
私も少々顔に驚きが出ているのを感じました。
『なるほど、ご理解しました。俗世に疎いもので、今後とも失礼が発言や行動がございましたら、なにとぞご容赦いただけますよう…』
「良い。貴女は私達の命を救ってくれた恩人である。私が言うのもなんだが、その若さで聖職者ともなれば、さぞ苦労もあっただろう。」
(へぇ…この少年。さすが皇族と言うだけあって、とても肝が座ってるね…なら…)
私は現在自分が置かれている状況を確認したいと思いました。
『もしよろしければ、俗世に疎い私にお教えいただけないでしょうか』
「どんなことだ。私が分かる範囲なら、教えましょう」
「殿下!この者の話をまともに聞いてはなりま…」
「騎士団長、あと他の者も一度、部屋から出てもらおうか?それが嫌なら、私達の会話に口出しをしないで欲しい」
「うぐっ…」
「団長、あんなかわいい
騎士団長なのに部下に窘められるのもおかしな話だが、恐らくは即席の動員だからなのだろう。
「で…何が聞きたい」
室内が静かになったところで、私は自分の頭部を覆うヴェールをゆっくりの脱ぎ、エルフの特徴である長い耳をその場にいる全員に見せる。すると、場の空気は一気に変わっていくのが分かる。何故なら兵士達が一斉に剣を握り、今にも抜剣しそうになっているからです。
『私と同じ種族…エルフを見たことがありますでしょうか。』
静まり返った室内で、やはり一番最初に動いたのは騎士団長の男。
「エルフは…人類の敵である!!」
すぐさま抜剣し、私に襲いかかってくる。私はその剣を指2本で白刃止めしてみせます。
「ぐぅ…なぜだ…。なぜ…動かん…。」
本人は全力で私を斬りかかっているのでしょうが、私とのレベル差は圧倒的。
(たかが2次職程度の力で、私に襲いかかっても、蚊がとまる程度。いや、むしろこのまま斬られてみるのも実験だったかもしれませんね)
そう思いつつ、私は団長から剣を軽々奪い、逆に突きつける。
『私は言いましたよね。俗世に疎い…と。それは私がこの世界の歴史を一切知らないからに他なりません。なぜエルフ族と敵対しているのか、その原因を私は知りたいので…』
「戦争があったからです。リディア。」
私の言葉に被るようにラーズ皇子が口を挟みます。
『戦争…ですか』
「はい…私が産まれる前、私達…人族と、エルフやワーキャット、ワーウルフを中心とした亜人族との間で、5年も続く大戦争が起こっているのです。」
その言葉を聞き、私は持っている騎士団長の剣を下ろしました。
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