第2話
VRMMORPGのアップデートをかけたら、よくわからない砂浜に投げ出された私。自分のステータス表示の小窓も無く、周囲にユーザーの姿も無く、ただただ海を眺めていました。
『そうだ!私にはスキルがあるじゃないですか!』
今はとにかく情報が欲しい。そのためにもやれることは全てやろうと思いました。
『生産系第2階位スキル:鑑定!対象は…私!』
このスキルは対象の様々な効果を表示するもので、対象が物なら効果や強度、生産可能なアイテムといった具合に、物の価値を表示。対象が人物なら各種ステータス一覧、カオス値(善悪)などが見えるのです。
『お…お…おおおおおおお』
スキル使用と同時に、目の前に見慣れた小窓が開き、自身のステータスが表示されてくる。ただそれは、ゲーム上で見ていたものとは同じでも、手で触れるなどして画面を切り替える動作はできず、見たい表示に視線を送ると自動で切り替わるようになっていました。
(ふむふむ、ステータスに変更は無しっと。デバフも無いし…ん?空腹度?水分?こんな表示あったかな…?)
VRである以上、空腹も水分も全くいらないし、飲食行為は基本可能でしたが、味まで再現することは無かったからです。ちなみに現在の空腹度は45%、水分がは85%と表示されている。
(VRらしくリアリティを追求したのかな…。
『さて、次は現在地の確認…かな』
ステータスを一通り確認した私は、現状の位置を確認する方法をいくつか試すことにしました。
『生産系第1階位スキル:オートマッピング!』
このスキルは少ない魔力消費で周囲5Kmの地形を自動でマップ化するスキルで、何故か生産系の職業者しか覚えられないません。理由は商売や製造のために街から街へ移動する生産系職業に必要不可欠だからです。
『魔法系第3階位スキル:オールサーチ!』
このスキルはマップに生物反応や罠を表示するスキルで、戦士系スキル「サーチ」の広範囲版である。
『ん~5キロ範囲で陸地が遠くまであるから、少なくとも初心者の島じゃない…か。あそこは砂浜外周5キロくらいの小さな島だったしね。あと…』
サーチの反応から、付近に生き物がいることは間違いなかった。しかし、このスキルは自分がある程度設定しないと、それが人なのか動物なのかが分からない曖昧さが面倒なところです。
まずはマッピングを駆使して、近くにあると思われる内陸の川へ向うことにしました。できるだけ生き物との接触は避けつつ、最短ルートで向う先には、高さ5mほどだろう滝を有する小さな泉と、そこから海へ流れ出す川を発見しました。
(鑑定結果では毒は検知されていない。飲んでも大丈夫だろう。)
私は改めて
(これって本当にVR?リアル過ぎてちょっと怖いんだけど…。)
私は両手で水をすくい上げると、一口飲んでみました。水の冷たさ、感触、そしてなにより乾いた喉を潤す感覚。全てがリアルと全く変わらないものでした。
『はあああ。美味しい!ミネラルウォーターみたい。』
この世界に来てからまだ、私以外の人間に遭遇していないのは二の次にして、今はこの美味しい水をどうやって持ち歩くかを考えます。
『インベントリ!』
やはり小窓は出てきません。インベントリには様々なアイテムが入っていますし、その一覧も頭に入っているのですが、どうやって取り出すのかが分かりません。
『ん?これ…』
私は自分の手元に小さな空間の歪みのようなものを発見しました。
(もしかして、これなのかな?)
恐る恐るその歪みに右手を入れてみると、私の右腕が歪みを通して消えていきます。
『げ…ちょっと気持ち悪い…。なんだか【これはなんでしょうゲーム】してるみたい』
多分変な顔をしている自分を想像しつつ、私は目的のアイテムを掴むイメージで歪み内を探すと、手が何かを掴む感触がありました。そこからゆっくりと右手を引き抜くと、目的のアイテム【無限水筒】が取り出せました。
『出せた!!これこれ。名前に無限とか付いてるけど、実際は最大100リットルの水を入れても、重さが変わらないってだけなんだよねぇ』
私は水筒の蓋を開け、そのまま泉に沈めると、ゴボゴボと音を立てながら水筒に水が吸い込まれていく。ある程度吸い込まなくなった時点で水から取り出し、蓋を閉めました。
(内部は保存魔法も掛かっているし、しばらくは水分補給に困らないわね)
泉は水深もさほど深く無く、気温も感じるほど寒く無かったので、自分の全身を隈無く調べる意味でも、水浴びをしてみようと思いました。
(他人に見られたり、モンスターに襲われたら厄介だし…。)
『魔法系第5階位魔法:セーフティエリア!』
この魔法は魔法系の中でも、現在使用中の最上位クラス『ハイプリースト』のみが使用できる保護魔法で、効果は使用時の位置から半径10m内を安全地帯に変え、周囲から生物の侵入を遮断する上級魔法。PKや窃盗に使用されることが予想されたため、導入当初からカオス値が高い人間がパーティー内にいると発動せず、また、発動後にカオス値が上がったり、使用者が何らかの原因で死亡した場合も強制解除されるようになっている。
(これで外部から攻撃されることはないわね…)
私は身に付けていた装備を全て解除…もとい脱いでいきました。すると、本来は下着状態が最後のはずが、最後まで抜くことができ、私は自分の体に何も身に着けない状態を初めて見ることになりました。
『うっそ…下着解除できちゃったよ?大丈夫なの?このゲーム。ってか…やっば…鼻血出そう。このキャラって元々もエロかったけど、全裸はもっとエッロ』
改めて見ると胸も描写も完璧で、まるで本物のエルフになったような気分になります。私はゆっくりと泉に入ると、ちょうど水が腰のあたりまでくる程度の深さでした。
『んんんん~~~。めっちゃ気持ちいい~。それになんて軽い体なんだろう。これがリアルの体だったらなぁ。』
リアルの体格は、引退した力士のような躯体だったこともあり、昔から運動は苦手でした。しかし、今なら本当に走ったり飛んだりは余裕でできる気がしてきます。
『んんっ…。』
(やってしまった。)
こんな綺麗な泉の中で、粗相をしてしまいました。しかも今は女性の姿。尿意に襲われる夢を見て、その欲望を解放しようとしても、いつまで経っても終わらない。それとは全く別で、今は解放後の優越感がある。
(やっぱり今がリアルなんだ。そうでなければ説明が付かない事が多すぎる)
『そんな…じゃあ私の、ゲームをしていた私の本当の体はどうなったの?まさかゲーム中に死んだ…とか?』
私は泉で全身を髪の先から全て洗い終えると、泉からすぐに上がり、インベントリからタオルを取り出して濡れた体や髪を乾かしました。
(とにかく、今が現実なら魔法やスキルが使える理由が分からないし、もしかすると、他にも私同様に転送されたユーザーがいるかもしれない。)
私はさっきまで着ていた衣装から、気分転換の意味も込めて着替える事にしました。これも全職を極めた私だから可能とする職業別装備マスタリー。例えば戦士系の最上級職、騎士なら【重装備マスタリー】。これはフルアーマーのような重装備を他の職業で装備可能にする。といった具合です。
『うん。ハイプリーストなのにこんな軽装備で良いのでしょうか。でも…さすがエルフ。スタイルが良いから何でも着こなせますね』
聖職者がヘソ出しタンクトップ+生足ショートパンツなんてはしたないけれど、誰が見ているわけでもないし、仮に見られても本職が聖職者なんて分かる人は【鑑定】持ち以外にありえません。
『さてっと…。』
『魔法系第5階位魔法:フライング!』
読んで字のごとく、効果は空中へ浮遊し自在に飛ぶことができる飛行魔法。空中に浮遊することで、地上で力を発揮するスキルや魔法を無効化する以外にも、慣れれば空中からの攻撃を繰り出すこともできる。ソロ活動にピッタリの魔法です。
このスキルにより飛翔した私は、森の木々よりも更に高く上昇し、空中から世界を見る事にしました。
(やっぱり…)
私に思った通り、現在いる場所はゲームで最初にお世話になる島よりも一回り大きいのが確認できる。しかし、それより思ったのは…。
『いやいや、飛翔魔法ってこんなに高く飛べるんだっけ?怖っ!風もあるし…魔力切れて落ちたら死ぬかな?死ぬよねコレ。』
魔法系では現在の職業以外を全てコンプリートしているので、魔力切れはほぼ考えられないけれど、そう言い聞かせないと足が震えてきそうでした。
(ん~どこを見渡しても建物が見えないところを見ると…無人島のようね…。)
島をぐるりと確認した私は、水平線の向こう側を360度ゆっくりと回転しながら見てみました。すると、太陽(のような光の玉)が現在真上に差している状態で、5つの方角に大陸を確認することができました。
『この世界に東西南北が存在しているのなら、迷わず東…よねぇ。目視で見る限り大きいし、大きいということは文明も発展している可能性がありそう…。』
このまま飛空して行ってもよかったのですが、人が空を飛ぶ事がありえない世界という可能性も考えて、慎重に行くことにしました。
『第9階位魔法:デッドインビジブル!』
(こうして周囲の視界を完全遮断しながら行けば、誰にも見つかる事はないよね)
私は目的の島へ向けて、できるだけ速度を上げて飛び続けました。本来であれば魔力切れで海に落下…。(以下省略)
そしてついに目的の大陸、その浜辺を少し通過し、目立たない森の中へと到着しました。
(さて…。ここが探索第2の島ってところね…。)
地上に降り立った私は、再び「オートマッピング」と「サーチオール」を発動させる。
(生物反応はっと…)
私が地図を確認するよりも早く、風上から何やら血のような匂いがしてきました。慌ててマッピングを確認すると、近くに複数の生物反応があります。
(近くで戦闘があるようね。うーん。面倒だけど行ってみよう)
認識阻害の魔法がかかったまま、私は反応のある地点へと急ぎました。
「あとは、あんただけだぜ?」
「そろそろ、抵抗する力も残っていないんじゃないのか?」
「…っく。」
そこにいたのは、盗賊に襲われた哀れな一般NPC(?)でした。着衣から貴族だろうと思われる。馬車は大半し、メイド服の女性が2名と衛兵4名が死亡(鑑定結果)、1名が重症で意識不明。最後に残った貴族様も、腕から出血をしていました。
(おかしいわ。ゲームとは言え、出血の描写は無かったはずなのに…。まぁそれはあとから考えるとして、今は人助けのミッションスタート。対象はあの貴族の少年とそのお付きの者達。敵は盗賊6名。)
「デッドインビジブル解除!」
私は彼らの目の前でスキルを解除しました。それと同時にインベントリからローブを取り出して、体の露出を出来るだけ出ないようにします。急に現れた人物に盗賊達も驚きました。
『な!て…てめぇどっから現れた!』
『うへへ、しかもとんでもねー美人じゃねーか』
『お頭!コイツ殺ってから、このお嬢さんも食ってしまいましょうぜ。』
(はあ…何ともセオリー通りの台詞を吐きます事)
私はインベントリからメイスを取り出すと、近づいてきた一人の横っ腹を軽く振り当てました。大分手加減していたつもりでしたが、体力ゲージが8割ほど無くなり、その盗賊は勢いのまま数メートルも飛んでいきました。
「ぐへぁーー。」
痛みも酷かったのか、そのまま意識を失う盗賊。それを見た他の仲間や、お頭と呼ばれていた男は、一気に戦闘態勢に入りました。
「野郎!女と見ていれば高上がりやがって!痛めつけて大人しくしてから犯してやる!」
一斉に襲い掛かる盗賊達、普通の女性ならそのままバッドエンドでしたでしょうが、相手は廃レベルの私ですから、相手の攻撃はまるで当たらず、そして一撃で一人また一人と倒されていき、ついに大将一人になってしまいました。
(あーあ。全く本気出して無くて、むしろ手加減してるんだけどなぁ。殺してもデメリットは無いとは言え、血が出てるし、一応聖職者だしね)
「な…ば…化け物…。ひぇええ。」
私が考え事をしているうちに、盗賊の大将は情け無い声を上げながら逃げて行きました。それを追うように意識の残っている残党も意識の無い仲間を抱えながら逃げて行きます。
(化け物扱いって…。手加減は難しい。)
全てが片付き、少年と重傷者と私、そして遺体だけが残りました。今まで気力で立っていたであろう貴族の少年も、持っていた剣が手から離れ、膝から崩れ落ちるように倒れ始めたので、私は慌ててお姫様抱っこのように抱えてあげました。
「あ…あ…、せい…じょ…さ、ま。」
少年はそう呟くと、静かに意識を失うのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます