エピローグ/狐憑き陰陽師

 目を覚ますと、何もない真っ白な空間に立っていた。何とか自分の姿は認識できる。渚杜はぼんやりと、自分が死んだのだと悟った。


 「……まあ、しょうがないよな。覚悟していたし」と諦めたように零す。


 「琥珀を取り戻し、怨霊を無事祓えたんだな」


 姿を現した古弥煉に「うん」と渚杜が頷いた。


 「騙すような真似をしてすまなかったな」


 「ううん。古弥煉様は悪くないでしょ」


 答えない古弥煉に渚杜は続けた。


 「俺は感謝しているよ。あの時、琥珀を助けるために青芭の願いを聞いてくれたこと」


 「……こんな結果になったのに、か?」


 「うん。元から琥珀を助けるために転生したからさ。代償なしに、なんて甘い考え持ってないよ」


 そう言って渚杜は笑う。けれど、その笑顔に影が射した。彼の感情に気付かないほど空狐は疎くはない。


 「死んだことを後悔していないか?」


 「してないよ」と間髪入れずに答える渚杜を古弥煉はジッと見つめた。


 「そんな目で見ないでよ。ほんとだよ!」


 そう言う渚杜に「未練は?」と問いを変える古弥煉に渚杜は視線を逸らした。


 「……ない」


 「友人が出来たな」


 「うん」


 「四狐や琥珀、太秦、靜。皆がお前の帰りを待っている」


 「……うん」


 「黒緋と裏柳はお前との再会を願っていたぞ」


 「……ははっ。古弥煉様はずるいなぁ。そんなこと言われたら未練がないなんて言えないじゃんか……」


 渚杜は俯いた。堪えていた涙が零れていく。本当はまだ、死にたくない。せっかく出来た初めての友達。記憶が戻った今、再会できた四狐たちと話したいことが沢山ある。太秦と靜にも会いたい、黒緋と裏柳に「よく頑張ったね」とまだ褒めていない。挙げれば尽きない想いはいつからこんなに大きくなったのか。

 琥珀を助けられれば自分の役割は終わりだと思っていた。だから、死んでも構わないと思っていたはずなのに、今更まだ生きていたいと願ってしまう。


 「その涙はお前の本当の想いと受け取っても?」


 「いちいち聞かないでよ。そうだよ、未練ばかり出てくる。こんなはずじゃなかったのに……」


 嗚咽を交えながら吐露する少年を古弥煉は抱きしめた。赤子をあやすように背中を優しく叩く空狐の背後から草履の音が近づいた。


 「聞いたな。天狐や。これが渚杜の願いだ」


 「はい。安心しました。良い方向に成長しましたね、渚杜」


 顔を上げた渚杜の視界に映るのは白銀の髪に、狐耳、四つの尾を持つ天狐―白藍。ようやく会えた、と涙ぐんだ渚杜の頬を撫でた白藍は慈しみの眼差しを向けた。


 「それなら私は心置きなく実行できます」


 「実行って、何するつもり?」


 嫌な予感に渚杜が白藍を見つめる。相手は「昔、青芭から預かった魂を貴方に返します」そう言って微笑んだ。白藍は青芭から貰った半分の魂を千年かけて一つの形に戻した。それを渚杜へ返すには一度白藍が死ななければならなかった。彼女は呪詛を遅らせるついでに彼へ魂を返すつもりでいたのだ。


 「ちょっと待ってよ。白藍はどうなるの?」


 白藍はやんわりと首を振り、諭すように告げた。


 「渚杜、私は死んだんです。でも、後悔はありません。私の事を忘れないでいてくれて、ありがとう」


 嫌だ、と首を振る渚杜に静観していた古弥煉が口を挟む。


 「そういえば儂、取引をしていたんだった」


 二人がキョトンとする。急に何を言い出すんだと言いたげだ。それでも古弥煉は構わず続けた。古弥煉が神と取引をした内容は渚杜の転生先を指定する代わりに九尾狐を倒すこと。怨霊すべてを祓いきった渚杜の功績は大きい。古弥煉は満足そうに「なあ、神よ。この結果は予想外だったろう?」と振り返る。その先には一人の神がいた。


 「えっと……」


 戸惑いの色を見せる渚杜に白藍が膝を付いて首(こうべ)を垂れた。慌てて渚杜も倣う。


 「首を上げよ。卯月渚杜」


 「鎮宅霊符神(ちんたくれいふじん)様だ。さて、取引以上の結果だ。褒美を要求する」


 「ふん。相変わらず図々しい奴よ。古狸め。して、人の子よ。そこの狐が言うようにお前の働きは予想外だった。よって褒美を与えよう。何を望む?」


 古弥煉の言葉を無視した神が渚杜に問う。渚杜の答えは決まっている。


 「白藍……天狐の復活を願います」


 渚杜の願いを聞いた神は「ふむ」と顎に指を添える。人を生き返らせるのではなく、天狐の復活は褒美としては割に合わない。それを補う何かが必要である。


 「人の子よ。条件がある、と言ったら飲むか?」


 「はい」と即答する渚杜に神は期待通りの答えだ、と満足そうに笑う。


 「十種の神宝(かんだから)を集めよ。それを持ち再び我に祈れば天狐の復活を許そう」


 「十種の神宝……それって、国が保管をしているはずでは?」


 「そんな物一か所に集めてみよ、すぐに妖どもに狙われるわ。あそこにあるのは偽物よ。十種の神宝、すなわち息津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)、足玉(たるたま)、死反玉(まかるかえしのたま)、道反玉(ちがえしのたま)、蛇(おろち)の比礼(ひれ)、蜂の比礼、品々物(くさぐさのもの)の比礼だ。これらは今も日本各地の化け物が所有しておる」


 ゴクリ、と喉を鳴らす渚杜に神は「臆したか? なら、この話は無しだ」と言いかけた。


 「全部集めれば白藍とまた会えるんですよね? やります!」


 渚杜の返答に神は「ほう」と興味深そうにする。満足そうに笑った神は「集めてみせよ、人の子よ」そう言って古弥煉を見た。何か言いたいことがあるなら言え、と言いたげだ。


 「天狐の魂の保管先を渚杜の身体に。神宝を扱うにはまだ子供だからな。天狐を宿していた方が無難だと思うが。それの許可を。ついでに天狐の能力も少し使える許可を」


 「……本当に図々しいな。仕方ない、許可する。どこまでお前の予想通りだったのやら。まあ良い。人の子よ、神宝の情報は中務省経由でそちらに伝えよう。……頑張りなさい」


 そう言って鎮宅霊符神は姿を消した。渚杜が白藍に「そういうわけで、俺、頑張るから!」と笑みを向ける。そんな顔をされれば白藍は何も言えない。「この子は本当に」と困ったように笑う。


 「許可も下りたし、渚杜や、これからは天狐を宿す者。そうだな、狐憑き陰陽師再びと言ったことろか」


 古弥煉がカカカ、と笑う。呪詛を宿していた時とは違う意味での同じ呼び名。渚杜はその呼び名を受けて「うん」と頷いた。


 「そろそろ戻らんと、皆が泣いておるぞ?」


 「……渚杜、あの子たちをよろしくね。また、会いましょう。私の可愛い渚杜」


 そう言って白藍は渚杜へ魂を返した。





 目を開けると、何度も名前を呼ぶ琥珀と、泣き崩れている友人たち、明彦、雪邑、奏冴と智景に囲まれていた。大泣きする琥珀へ手を伸ばした渚杜が彼女の頬に触れる。


 「琥珀……、あれ、浅葱? ……ただいま」


 「……っ、の、大馬鹿者! 心配、させよって……、! バカ、バカ!」


 「ごめん。……みんなも、心配させて、ごめん。ただいま」


 渚杜はそう言っていつものように緩く笑った。









 数日後、鬼気祭当日。舞台裏にいた渚杜は珍しく緊張していた。


 「主、髪跳ねてるよ。相変わらずだね」「動かないでください、今直しますので」


 黒緋と裏柳が渚杜の服と髪を直していた。入学式と同じ光景に苦笑が零れる。あの後、勾玉を回収して修復し、二人を再び護法童子として召喚したのだ。そして、今に至る。

 渚杜は鬼気祭で行われる舞いに悠真と共に出ることになっており、その準備をしていた。着替えも終えて手順を確認していた渚杜の元に和貴と綾音が顔を出す。


 「おーい、渚杜。準備出来たか? そろそろ出番だぞ」


 「一年代表なんだか、しっかりね」


 和貴と綾音に背中を押された渚杜は頷くと舞台に向かう。呪いに打ち勝った少年は新たな目標に向かい再び狐憑き陰陽師として歩き出した。

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狐憑き陰陽師 秋月昊 @mujinamo

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