最終決戦⑤

 黒緋たちと別れた奏冴たちは渚杜の元へ向かう途中で妖と戦っていた和貴たちを発見した。二人によって何体かは祓われたが、数はまだ多い。力の消耗が激しい二人は肩で息をしていた。奏冴たちは目線だけで合図を送り、和貴たちの前に立った。三人が加わり妖を倒していくが、ついに和貴と綾音の霊符が尽きた。背中を合わせながら息を切らせる二人は流れる汗を拭った。考えるのは互いを生かす方法。


 考えている間に奏冴たちをかいくぐり妖が和貴たちに迫る。反応が遅れた二人は咒文が咄嗟に出ない。綾音を庇うように和貴が先に動いた。次にくる痛みに備えてきつく瞳を閉じた和貴たちの耳に声が降ってきた。


 「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・オン・ボダロシャニ・ソワカ!」


 途端に妖が悲鳴を上げて祓われる。声のする方へ顔を向けると九尾狐の背から青年が降りた。青年に真っ先に反応したのは綾音。


 「兄様!?」


 「まったく、霊符を使い切るとは……まだまだ修行が足りていませんね」


 わざとらしく溜息をつく明彦に返す言葉が出ない和貴と綾音が肩を落とし、奏冴が「ああー! お前!」と声を上げる。その声を聞き流した明彦が琥珀に渚杜の元へ行くよう促すと和貴と綾音を護るように前に立った。


 「まあ、ここまで奮闘したということは褒めるべきでしょうね」


 「あの、兄様」


 「二人はそこで大人しくしていなさい。残りは僕が祓います」



 そう言って明彦は咒文を唱えた。



 渚杜の目の前には皇延の霊が立っている。琥珀の身体から弾きだされた彼は本体の元に戻っていた。彼は呪詛を全身に浴びていた渚杜を見て「解せんな」と零す。


 「狐の名を呼んだ時点で儂を祓えば貴様の勝ちだったのではないか? 理解出来ん」


 「あははは。そうですね。でも、俺は貴方宛に伝言を預かっていたので。それを伝えてから祓おうかと思っていたんですよね」


 緩く笑う渚杜に皇延は呆れたように笑った。自分が掛けた呪詛はまだ機能ている。天狐が遅らせたと言っても長くはないだろう。下手をすれば呪詛が発動して死ぬのは渚杜の方が先だと言うのに。正直言えば、皇延は怨念の塊を全て祓われ、琥珀の名を呼ばれた時点で敗北していた。残っているのはどうしようもない怒りを抱く加賀見皇延という怨念だけだ。怨念は陰陽師しか祓うことが出来ない。


 「バカな童だ。……そういえば、貴様の名を聞いていなかったな」


 「俺? 俺は卯月渚杜」


 きさらぎ、と聞いて皇延は友人―彰之助を思い出した。怨霊と化してから思い出すことのなかったかつての友と同じ響きだ。


 「彰之助さんは貴方の事を想っていましたよ」


 「……そうか、そうか……」


 皇延は困ったように笑う。こんなどうしようもない自分の事を想ってくれる友人がいたのに気付かなかったとは、と。


 「始めますね」


 「ああ」


 やっと、終われるのかと穏やかな気持ちになった皇延は双眸を閉じた。


 「早馳風(はやちかぜ)の神、取次ぎ給え」


 温かな風が皇延の周りを囲む。


 「漸漸修学、悉当成仏、願以此功徳、普以於一切、我等与衆生、皆共成仏道、毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身」


 渚杜が唱えている間、皇延も咒文を唱えた。


 「付くも不肖、付かるるも不肖、一時の夢ぞかし。生は難の池水つもりて淵となる。鬼神に横道なし。人間に疑いなし。教化に付かざるに依りて時を切ってすゆるなり……」


 彼が唱えたのは渚杜に掛けられた呪詛を祓うもの。皇延が唱えている最中、琥珀が辿り着いた。渚杜が唱え終わると、皇延の身体は淡く消えかかる。


 「加賀見皇延、貴方へ。葵と言う女性が川の縁でずっと貴方を待っています。早く迎えに行ってあげてくださいと、ある人が言ってました」


 「……葵が。……ははっ、千年以上も待たせていることになるのか」


 そう言って皇延はようやく笑った。彼は渚杜へ「ありがとう」と告げると消えていった。成仏したのを見届けた渚杜の身体が傾いだ。


 「渚杜!」


 琥珀が駆け寄り、渚杜を抱きとめる。既に渚杜は力を使い果たし、元より半分しかなかった魂は消えかけていた。人の姿に戻った琥珀が何度も渚杜の名を呼ぶが、渚杜の意識は深く落ちていった。

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