最終決戦④/護法童子

 社の近くで百鬼夜行を相手にしていた奏冴は柊乃の幻術が解けたのを感じ取っていた。作戦の成功を感じるはずなのに、胸騒ぎがする。それは鎮まるどころが、激しくなる一方。焦りが奏冴の中に生まれる。百鬼夜行が続く中で社の傍を離れるわけにはいかない。


 「くそっ、どうすればいいんだよ! 邪魔するな!」


 「もっと仲間を頼ればいいんじゃないか?」


 妖に向かって叫ぶ奏冴の耳に悠真の声が届いた。目を丸くする奏冴に悠真が「ははっ! お前でもそんな幽霊を見た、みたいな顔すんだな」と笑い声を上げる。


 「いや、だって。お前は結界の方……」


 「爺様がな、卯月たちを送り届けた時点で自分たち一条家の役目も終わった。だから、後は自由にしなさいと言ってくださったんだ」


 悠真は言われてすぐ、陰陽寮生に声を掛けて任務に赴く時のチームを編成した。一つは奏冴、もう一つは智景の元に向かわせている。智景の元には副リーダーである安桜 維乙(あさくら いお)と、篠宮亘たち一年が自ら志願してチームに加わっている。


 「なん、でだよ。ここ、危険なんだぞ!?」


 最前線と言っても過言ではない場所だ。百鬼夜行が集中する社は妖を倒しても倒しても湧いてくる。奏冴の言葉に悠真は口角を上げた。


 「知ってるよ。それでも、俺たちは陰陽師なんだ。こいつらを祓うのも俺たちの役目。お前にはやることがあるだろ? なら、行って来い!」


 「っ……、悠真。それと、みんな……行ってくる!」


 「おう。そうだ、奏冴。リーダーとして。生きて帰ってこいよ。智景と卯月たちにも伝えておけ」


 悠真の言葉に頷いた奏冴は智景の元に急いだ。


 智景の社には二年と一年の混合編成がいた。その中には亘たちの姿もあり、彼らは復帰後すぐにこちらに参加したのだと言う。


 「どうして?」


 問いを口にした智景に亘は気まずそうにしながらも、頭を振り、智景に向き直る。


 「俺は過ちを犯しました。それでも、こんな俺を卯月たちは助けてくれた。謝る機会を与えてくれました。あいつらが戦っているなら俺たちも出来ることをしようと思ったんです。卯月たちが帰ってくる場所を護りたいと思った、では理由になりませんか?」


 「ううん。十分」


 「そうだな、さすが俺の生徒!」


 少し高めの少年ボイスに智景が視線を声のする方へと向ける。一同、同じ方向を見て見知らぬ少年の姿に目をしばたたかせた。けれど、すぐに智景は眉を寄せた。


 「雪邑、何してるの?」


 「やっぱ分かるよな、さすが智景!」


 笑う少年は雪邑だと言われても、生徒たちは理解が追いつかない。疑問符を頭に浮かべている生徒たちの反応に雪邑は悪戯っ子のように笑う。


 「おーい、智景! って、うわっ! びっくりした。なんだ、雪邑か」


 「奏冴はもう少しリアクション取ってほしかったな」


 「は?」


 すぐに気付いた奏冴に雪邑はつまらなそうにする。何の話だよ、と言わんばかりに奏冴が眉を寄せたが、今はそれどころじゃないと智景と雪邑を見た。


 「胸騒ぎが、する」


 「ああ。だから俺も分身を遣わした。お前たち、屋敷に行くんだろ? 俺も連れて行け」


 「智景、奏冴。あと、リトル雪邑先生? ここは私たちに任せて行って。一条にもそう言われているでしょ?」


 維乙にそう言われて智景は「うん。ありがとう」と微笑んだ。奏冴が走り出し、その後を智景と雪邑が続く。みんなから姿が見えない位置で奏冴と智景は玄狐と白狐の姿に変わり、奏冴の背にリトル雪邑が乗った。向かうのは皇延の屋敷。

 駆けている途中で雪邑が二人に問うた。


 「お前たち、渚杜の式神……黒緋と裏柳についてどう思う?」


 「質問の意味が分からない」


 「どうって?」


 「あー、あいつらが式神じゃないって気付いているか?」


 雪邑の言葉に二人は走りながら「なんとなくは」と答えた。初めて黒緋と裏柳に会った時、二人は負傷したにも関わらず、主である渚杜に反動が来なかった。本来、式神は術者と繋がっており負傷したり、術が破れた場合、呪詛返しのように反動が術者に来る。それがない時点で二人は式神とは異なる存在だと予測できる。


 「あと、ご飯普通に食べたり」


 「ははっ、あと、修業して成長したりな。式神じゃ有り得ない」


 「確かにな。そうか、そこまで気付いているなら言ってしまおう。あいつらは主を守護し、命令に従う神霊・護法善神―護法童子だ」


 護法童子はペアになっていることが多く、黒緋と裏柳がペアであることがその証。術者の力量次第では童子だけでなく、異形神、動物霊の姿で顕現も可能であり、さらには悪霊や妖怪を護法童子にすることも可能である。


 「けどよ、渚杜が二人と出会ったのってたしか、十歳くらいだろ? 才能があっても、護法童子を呼ぶことは難しいんじゃないか?」


 「ああ。だから、黒緋と裏柳には媒介がある」


 「媒介?」


 リトル雪邑は頷いた。修業している最中、二人の正体を看破した雪邑に黒緋と裏柳は自分たちがどういう存在で、なぜ存在出来ているのか。そのすべてを話していた。


 「なあ、お前たち。白藍様に何かを託した覚えはないか?」


 「ん? あー、昔、白藍様から渚杜が大切か? って聞かれて」


 「大切だって、答えたら。離れていても護りたい? って言われて」


 「もちろん、って俺たちは答えたんだ。そしたら、白藍様嬉しそうに笑って……そうだ。二つの勾玉に俺たちの霊力を込めてほしいって言われたんだ」


 白藍が手にしていた勾玉は黒色と乳白色の二つ。それに奏冴たちが霊力を分け与えると、白藍は術を掛けて渚杜に預けていた。


 「そうか、やはりあの方の計らいか。どおりで。黒緋と裏柳がお前たちに似てると思った。お前たちの力が宿っていたからか」


 「……確かに、黒緋と奏冴、仕草が似てた」


 「それを言うなら智景と裏柳だって。ってことは、媒介を破壊されたらあいつらは」


 それには雪邑は答えなかった。胸騒ぎに駆られるように奏冴たちは速度を上げた。




 双鬼の角に入った亀裂。このまま一気に、と柄に力を込めところで黒緋と裏柳の身体は畳の上に叩きつけられた。強打して息が詰まったところを鬼たちに踏まれる。悲鳴を上げる二人に構わず鬼たちは怒りを露わにしていた。


 「よくも、よくも! 角に亀裂を入れたな!」


 「許さない、許さない! 貴様らは殺す。そうだ、同じ護法童子。お前たちの媒介を壊そう。ははっ、あはははは! そうだ、壊れてしまえ!」


 狂気的な目が二人を見下ろす。槍と大鎌の先端が向けられて黒緋と裏柳の胸に一気に振り下ろされた。


 「ああああああああ! っ、……!」


 悲鳴を上げて暴れる小さな体を鬼たちは逃げられないように足で踏みながらさらに力を込めた。先端が媒介の勾玉に亀裂を入れていく。ピシッと音を立てる中、黒緋と裏柳は必死で抵抗した。けれど、逃げられない。


 (まだ、消えたくない。主を護らないと……)


 (主様はまだ戦ってるから、私たちがここで消えるわけには……)


 涙が溢れる。まだ、死ねないと、足掻く。そんな二人の耳に遠くから襖を破る音が聞こえ、同時に双鬼はふっ飛ばされた。柱に背をぶつけて息を詰まらせている双鬼の前、黒緋と裏柳を護るように奏冴と雪邑が立った。人型に戻った奏冴とリトル雪邑が刀を構え、すぐに体勢を持ち直した双鬼と戦闘が始まる。師匠と弟子の関係でもある奏冴と雪邑の連携は双鬼を翻弄した。亀裂の入った角を視界に入れながら、攻撃を躱し、互いに位置を入れ替えながら攻撃の手を緩めない。黒緋と裏柳相手には前進していた鬼たちは奏冴と雪邑の前では無意識に後退していく。


 「黒緋、裏柳。生きてる?」


 「……ちか、げ……?」


 弱々しいながらもなんとか声を発する二人に安堵する。が、貫かれた身体から見える勾玉はひび割れており、無理に動けば完全に割れてしまう。泣きそうな顔をする智景に二人は弱々しく笑った。


 「たすけ、に、きて……くださ、り、あり……が、とう……ご、ざい……」


 「もう喋らないで。このまま安静にして。渚杜のところに連れて行くから」


 二人は首を振った。もうダメだと理解している。智景たちの足手まといは嫌だ。それに、自分たちの勾玉が砕ける瞬間―死ぬ瞬間は渚杜に見せたくない。だったら、ここで砕ける瞬間まで戦いたい。智景に触れて自分たちの想いを伝えた黒緋と裏柳は「お、ねが、い……」と懇願する。そう言われてしまえば断ることが出来ない。智景は唇を噛んだ。


 「これ。柊乃からもしもの時にって。私と奏冴の霊力を飴にした物。これで少しだけ動けるようになる。でも……」


 受け取った二人は緩く笑うと、迷いなく飴を食べた。二人の決意を無下にすることは出来ないと智景も覚悟を決めて二人へ耳打ちする。


 押されていると奥歯を噛んだ鬼たちは「あああああああ!」と声を出して刀を押し返す。負けられない。ここで倒れるわけにはいかない。鬼たちも必死だった。


 「護らないと。今度こそ」

 「もう、失いたくない」


 そうぶつぶつと呟く。斬られてもすぐに再生していた傷は角のひび割れと共に再生速度を落とす。白かった体はいつの間にか血で赤く染まっていた。それでも、鬼たちは槍と大鎌を構える。


 「ごめん。飴を渡した」


 「……そうか。分かった」


 それだけで奏冴たちには伝わった。なら、やることは一つ。あの子たちの覚悟を無駄にしない。雪邑と智景が入れ替わり、刀を抜いた。


 「智景、合わせろよ」


 「うん。奏冴こそ」


 それだけ言うと二人は一気に畳を蹴った。奏冴が槍の柄を払い、腕を斬り落とす。智景は狐の姿で大鎌を躱してすぐに人型に戻り同じく腕を斬り落とした。再生する前に雪邑が短刀を複数投げて注意を逸らした。それだけの隙で充分だった。黒緋と裏柳がやった時と同じ、懐に入り刀で角を狙う。ヒビに刀身が当たり、亀裂が深くなる。そのまま一気に振りぬいた。同時に角が折れる。


 「黒緋!」

 「裏柳!」

 「今だ、行け!」


 三人の声に背中を押させるように最後の力を振り絞って駆けた二人が奏冴と智景の背後から飛び出し、刀で双鬼の心臓を貫いた。角を折られた時点で再生は不可能。心臓のある位置には黒緋たちと同じように勾玉があり、それは音を立てながら砕けた。


 「あ、ああ……。皇、延さ……ま」

 「ま、た、護れ、なか……、ごめ、な、さ……」


 涙を流す双鬼の身体が砂のように崩れて行く。二人は元は飢餓で死んだ子供の霊が集まったものであり、それを皇延が護法童子として傍に置いていた。双鬼に対して皇延と葵は自分の子供のように接し、双鬼はそんな二人に仕えることが幸せだった。けれど、葵が殺された時護ることが出来なかった。そして皇延が怨霊に憑りつかれた際、邪気を浴びて鬼と化したのだ。そんなこと黒緋たちが知る由もない。崩れた体の上に角だけが二本残った。智景はそれを拾うと悠真から貰っていた霊符で封印する。


 力を使い果たした黒緋と裏柳も畳の上に倒れた。勾玉は修復できないほど亀裂が入っている。消えそうな二人を泣きそうな顔で見下ろす智景に黒緋と裏柳は笑みを見せた。


 「あ、りがと。くろ、た、ちの……おねが、い、きいて……くれ、て」


 「ある、じ、さ、まの、こと……、おね、がいし……ま、す」


 「……うん。うん」


 「黒緋、裏柳。頑張ったな。俺たちの自慢の妹だよ」


 二人の手を握って泣き出した智景の頭に手を置いた奏冴がそう言うと、力なく、けれど、嬉しそうに黒緋と裏柳が頬を緩めた。


 「……後で迎えに行く。お前たち、行くぞ」


 雪邑がそう言って歩き出す。涙を拭った智景たちはその後を付いてく。三人の気配を遠くに感じながら裏柳が「くろ」と呼んだ。


 「な、に」

 「て」


 裏柳の手に黒緋が自分の手を重ねる。力も感覚もない、半透明になった手だが、安心感はある。


 「やなぎ、ねえ、あたし、たち……がんば、った、よね?」


 「うん。う、ん……」


 「ある、じ、に……あい、た、い……なぁ……」


 声が震えた。涙声の黒緋につられるように裏柳も「うん」と涙声で返す。勾玉が割れた時点で消える。それは理解している。でも、まだ一緒に居たかったと未練が残る。思い出されるのはこの五年間の記憶ばかり。


 「たのし、かっ、た。ある、じ、さ……ま、の、そば……すき、だった、なぁ……」


 「ま、た。……よん、でくれ、る……かな、ぁ……」


 願いが叶うなら。再び渚杜の護法童子でありたい。傍に居たい。そう願いながら二人の体は消え、割れた勾玉だけが残った。

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