我が名はふんどしマイスター~ふざけてつけた名前のまま乙女ゲームのヒロインに転生。そしてブルータス、お前もか~

ふとんねこ

我が名はふんどしマイスター!!

『あなたの名前を入力してください』


 ゲームをやったことがある人ならばきっと一度は読んだことがある一文だろう。


 ここでふざけた名前をつけると、プレイ中に腹筋がよじれるほど面白いことになるため、わざと変な名前をつける人がいるという。


 私もその内の1人だった。


 そう……――だった・・・のだ。










「ふんどしマイスター……可憐な名だな」


 どこが可憐だ。耳腐っとんのかお前。











 私の名前はふんどしマイスター。


 名乗りたくないけど名乗るしかないこの名前。実は前世で私がプレイしていた乙女ゲームの主人公の名前として設定していたものである。

 徹夜明けで笑いが欲しかったんだよ……クソ雑な笑いでもいいからとにかく笑いたかったんだその時は。


 さらりとした桜色の長髪、長いまつ毛に縁取られた空色の瞳の美少女が、イケメンたちから「ふんどしマイスター」という名前で呼ばれる様子は本当に面白かった。


 近世ヨーロッパ風の魔法学園モノ『ローズ・パールの女神』。それがこの世界のもとになっている乙女ゲームのタイトルだ。


 ここにある女神っていうのが実は学園に渦巻く陰謀の糸を引く黒幕、つまりラスボスで、神代の戦争で人間界に落としてしまった自分の魂の半分を持つ主人公スリジエ(名前変更可)の体を乗っ取って人間界を支配しようとしているっていう話なんだけど……


 この女神、設定上、主人公と同じ名前なんだよね。


 想像してみてほしい。


 女神が放った敵との戦闘を終えてボロボロになりつつも甘い空気を漂わせるヒロインと攻略対象。

 その前に突如として現れる、ヒロインを色っぽい大人にしたような美女の唇から出てくる衝撃発言。


「我が名はふんどしマイスター。輪廻の輪の宿る桜花の園を預かる女神である」


 シナリオも後半戦だったから主人公の名前には慣れてきていたけどこれは笑うしかなかった。


 そんなわけでインスタントな笑いを求めて乙女ゲームを楽しんでいた私だけど、通勤途中の駅でコソッと思い出し笑いしたら変な人にホームから突き落とされてそれから先の記憶がない。


 ひどい話だ。思い出し笑いくらい自由にさせてくれよ。ふんどしマイスターだぞ?


 そして深いところから引き上げられるようにしてハッとしたら目の前に金髪イケメン王子が立っていて……からのあのセリフである。


 ふんどしマイスターが可憐な名??


 どう考えても異様奇っ怪妙ちきりんですが??


 混乱していた頭が落ち着くと、流れ込んできた大量の記憶の向こう側から今までの記憶がぼんやり浮かんできた。


 それは、孤児だったふんどしマイスターが優しい養父母に拾われるところから始まっていて、成長したふんどしマイスターが魔法の才を認められてこの国立魔法学園に入学する……つまり今日のことで終わっている。


 よく分からないけど転生して、今日この時まで前世の記憶が封じられていたってこと? 主人公だから? ストーリー開始時に強制スタンバイ?? は??


 いや、それよりもおかしいことが一つある。


 この世界を生きてきた記憶から分かっちゃったことだけど、生まれてこの方、私の名前はふんどしマイスターだ。


 待って。本当に待って。


 異世界転生モノあるあるな神だか女神だか知らんけど何故にこの名前? デフォルトネームでいいじゃん。おかしいだろ。

 誰もツッコミを入れてくれなかったのだろうか。入れてくれなかったのだろうな。ツッコミが入ってたらとっくにこんな名前とはおさらばしているはずだ。


 ……そして、ツッコミが入らないってことはこの世界が「乙女ゲーム」という土台に傾きまくっているってことだろう。


 そうでなきゃ王子も入学式の日の爽やかな朝に偶然美少女に出会ってつい名前をたずねた結果「ふんどしマイスターです」って答えられて「可憐な名だな」なんて言わないでしょ。

 普通の感性した人間なら「ヤバ怖近寄らんとこ……」って目を合わせたままゆっくり後ずさりして逃げるよね。


 それにしても音声ありで聞く「ふんどしマイスター」の破壊力ヤバいな。

 ゲームは名前変更すると名前部分のボイスが再生されないからさ、想像だけだったんだよね。


「ふんどしマイスター、良ければ会場まで一緒に行かないか?」

「エッ」


 王子ルートに進むための最初の選択肢キタコレ。

 承諾すると一緒に入学式の会場まで行くことになり好感度が三ポイントアップ、断ると別行動で他の攻略対象に会うことになる。


 うん、断ろう。何故なら王子ルートが一番リアルで進むにはしんどいからだ。


 このゲームには悪役令嬢が登場する。

 つまり主人公はいじめられるのだ。



 悪役令嬢が出る乙女ゲームってほとんどなかったと思うんだけど、小説投稿サイトの悪役令嬢ブームの影響か、私が死ぬ前はそれなりに増えてきていたんだよね。


 このゲームの悪役令嬢はメインルートの王子の婚約者で、主人公が選んだ攻略対象が貴族だと必ず出張ってきて陰湿ないじめを仕掛けてくる。

 そしてそのいじめは王子ルートが一番ひどいのだ。

 まあ、ぽっと出の美少女が自分の婚約者とイッチャイッチャしてたら焦るしウザいしいじめたくもなるよな。他の攻略対象の時の理由は知らん。


「ごめんなさい、式の前に少し散策してみたくて……」

「そうか……残念だ、お前ともう少し話してみたかったんだが……」


 本当にふんどしマイスターなんて名前の女ともう少し話してみたかったのか??


「ではまたな、ふんどしマイスター。お前の入学を歓迎するよ」


 そう爽やかに言って金髪イケメン王子は去っていった。




「ん゛っふふ……爽やかイケボでふんどしマイスターはムリ……」




 ようやく一人になったので(どんだけ早く登校したんだふんどしマイスターもとい私)全力で固めていた表情筋を緩める。

 腹筋が痛い。これからの学園生活でバッキバキのシックスパックに仕上がってしまう気がする。


 あー笑った笑った。


 そろそろ移動しよう。


 王子にはああ言ったけど他の攻略対象に会いたいわけじゃないから散策はせずにゆっくり歩いて会場まで行こうと決めた。





―――――――





 そうして何事もなく入学式を終えて私の学園生活はスタートしたわけだけど一つ問題が発生している。


「おはよう、ふんどしマイスター。学園にはもう慣れたか?」

「ハイ、オカゲサマデ」


 金髪イケメン王子サマは今日もご機嫌麗しく。どうぞご自分の教室にとっとと帰れやこの野郎。


 うーん、忘れていた私が悪いんだけどね……


 乙女ゲーム『ローズ・パールの女神』のレビューはそのクオリティーに反して若干低めだった。

 その理由は一周目強制メインルートシステムにある。つまり一周目はどんだけ頑張ろうと王子ルートで確定ってことだ。


 多分製作会社が王子ルートのシナリオをプレイしてほしくてたまらなかったんだろう。実際いいシナリオだったしね。


 それが今私の首を絞めている。許さんぞ製作会社ラブリーラバーピンク。ふんどしマイスターに勝るとも劣らないふざけた名前しやがって。


 そんなわけで私は結構な頻度で金髪イケメン王子と遭遇している。これで六回目だから、そろそろヤツ・・が来るぞ。






「あらあら、貴き学舎に相応しくない者がいるわね」


 キターーーーーッ!!


 学園の中庭、人目につかないところで今後のことを考えていたら、突然派手な集団に囲まれた。そして降ってきた高飛車お嬢様ボイス。


 ファサッ……と揺れる黄金の縦ロール。バッチバチのまつ毛に縁取られたルビーの様な瞳には明らかな敵意が浮かんでいる。

 ツンと顎を上げた白皙の美貌。派手で絢爛な雰囲気を纏った美少女が取り巻きをつれて私の前に立っていた。


 悪役令嬢エグランティーヌ。


 私をいじめる少女である。



 取り敢えずいじめるのはいいから名前だけは訊かないでくれ。

 何の呪いか、私の口は名前をたずねられると私の意志に反してハッキリと「ふんどしマイスターです!」と答えてしまうのだ。

 できることなら名乗りたくない。普通に恥ずかしいから。


 あー……そう言えば死ぬ前日くらいに公式から有料ダウンロードコンテンツで悪役令嬢が主人公で本編の主人公をざまぁするタイプのスピンオフが出るっていうお知らせあったけどどうなったんだろう。


「あなた、名前は何と言うの?」


 現実逃避していたけれど普通に訊かれてしまった。おしまいだ。


「ふんどしマイスター、です……」

「は?」

「えっ?」


 爆弾よりヤバい私の名前を聞いたエグランティーヌの顔から一瞬高慢ちきな雰囲気と敵意が消えた。


 こんな反応はこの学園で名乗って初めてのことだ。


 驚いた私の声を聞いたエグランティーヌは突然慌てたように視線をそらし、咳払いを何度かすると元通りツンとした表情になって「つまらない名前だこと」とシナリオ通りのセリフを吐いた。


 もしかして。


 そんなひらめきを元に、有り得ないかもしれないけれど有り得るかもしれない希望を抱いた私は期待を舌に乗せて口を開いた。


「あなたの、名前は……?」


 エグランティーヌが目を見開く。


 赤い唇がふるふると震えて、彼女はぐっと顔をしかめ、そして答えた。







「……キノコ食え、よ」

「スピンオフーーッ!!」


 ブルータス悪役令嬢、お前もか。

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