第3章 帰るべき場所へ

第7話 決戦

 突然の加勢により、リンの斬撃が三倍以上に膨れ上がる。融合を進める毎に力を増し、テンペストの横腹を直撃した。

 喉に力を集中させていたテンペストは体を折って吹き飛ばされ、周囲が揺れる程の音をたてて壁にぶつかり崩れ落ちた。

 動かないテンペストを見て少しだけ余裕を取り戻したリンは、自分の背後の兄貴分たちを振り返る。そこには、笑みを浮かべた彼らが得物を手に立っていた。


「待たせたな、リン!」

「さあ、ここからが本番だよ」

「克臣さん、ジェイスさ……っ。ごほっ」

「ほらほら、無理して。一人でよく頑張ったね」


 ジェイスに背を撫でられ、リンは咳き込みつつも涙目で頷く。二人はリンにとってなくてはならない存在であり、頼れる兄貴分。ジェイスと克臣が来たことで、リンの心理的負担は急激に軽くなった。


(敵わないな、ほんとに)


 幼い頃、家族を奪われたリンは心を閉ざした。そんなリンの傍にずっといてくれ、何度荒く手を払っても伸ばして握ってくれた二人。彼らの存在がなければ、今のリンはない。

 そんな当たり前のことを改めて思い知らされ、リンは苦笑する。


「リン?」

「こんな時に余裕だな。一気に片をつけるぞ」

「──はい」


 リンは頷き、もう一度剣を握る。目の前には、ゆっくりと身を起こすテンペストの姿があった。

 テンペストは突如現れたリンの加勢に驚き、唸り声を上げる。


 ──お前たち、どうやってここへたどり着いた?

「扉を使った。リンが残した魔力の軌跡をたどって、幾つか経由したけれどね」

 ──成る程。扉を使いこなすか、若造めが。


 クク。テンペストは喉を鳴らして嗤う。


 ──ならば、三人まとめて葬ろうか。さすれば、我が願いの成就を阻む者はいなくなる。

「リン一人にそんだけ手こずったあんたが、俺たち三人相手で勝つとでも? ……数の暴力ってのは嫌いだが、あんたは神になろうって奴だ。これでとんとんだろ」

 ──言うではないか。


 克臣の挑発を笑い、テンペストは全身の毛を逆立てた。同時に魔力が膨張し、リンたちにかけられる圧力が増す。バチバチッという静電気にも似た音が響き渡り、テンペストの力が跳ね上がったことを示した。


「行けるか、リン?」

「勿論ですよ、克臣さん」

「……じゃあ、終わったらおやつでも食べようか」


 ご褒美にね。そう言って和ませるジェイスに頷き、リンはテンペストへと意識を集中させた。


「――行こう!」


 ジェイスの合図で三人が走り出す。

 テンペストの雷撃が駆け抜け、小柄なリンに襲い掛かる。それを彼の正面で受け止め斬り裂き、克臣は振り抜いた剣の勢いそのままに体を宙に放り投げた。


「ジェイス!」

「全く、打ち合わせも何もないんだから!」


 克臣の無茶振りに苦笑したジェイスが、右手を広げる。その手を中心に十本の針が出現し、時計のようにくるくると回り始めた。

 針のスピードは徐々に速まり、すぐに目にも止まらぬものとなる。魔力で創られた針を頭上に掲げ、ジェイスは「はっ」と息を吐くように気合を入れた。

 すると針が四方八方に吹き飛び、無作為に洞窟を傷付けるかに思われた。

 しかし、実際は違う。それら魔力を帯びた針は散り散りになり、脇目も振らず前進するリンの行く手を阻もうと襲い掛かる雷撃全てを突き刺し押し止めていた。ジェイスの桁違いの魔力があればこその荒業に、テンペストも驚きの表情を見せる。


 ――お前、本当に

「……さあ?」


 穏やかな笑みを浮かべ、ジェイスは応じない。ただ『気』の力によって空気から量産した針を投げつけ、テンペストの前進を阻み続ける。

 その間に克臣はテンペストへと真っ向勝負を挑み、その手に扱う大振りな剣を振り回した。重さに振られることなく、細身ながらも的確な剣さばきでテンペストを追い詰める。


「いっくぜぇ! 覚悟しろよっ」

 ――ふんっ。貴様のような真っ正直な攻撃は見切りやすい。

「だろうな!」


 ケラケラと笑いながら、克臣は的確に雷撃をさばく。ステップを踏み、テンペストの爪を受けても身を引き軽症で済ませ、一歩前に出て懐を狙う。

 傷を負うことを前提とした捨て身の攻撃。克臣の身一つで行われるそれに、テンペストは気を取られた。


 ――クソガッ!


 更に上空ではジェイスの針が全ての雷撃を天に押し止め、動かない。テンペストの神に近い魔力をもってしても、銀の華最強とうたわれるジェイスの力は崩せない。

 陸では克臣との肉弾戦に引き込まれ、無数の傷がテンペストの体に刻まれる。その全ては致死ではないが、痛みは傷が増える毎に増幅される。

 テンペストは怒り狂い、己で構築した洞窟という異空間に傷をつける程の力を開放した。更なる雷撃は白銀に輝き、洞窟の角柱に反射し、乱れ飛ぶ。


 ――貴様ら、許さんぞ! 我を愚弄した罪、万死に値する!


 テンペストの咆哮と共に巨大な雷が弾け、ジェイスの針が全て無に帰す。跳ねた雷撃の一部が腕に当たり、ジェイスの左腕が傷付けられた。

 それでもジェイスは針の創造を止めず、ある目的のために道を切り開く。

 克臣もまた、剣を駆使して雷から身を護りながら動き回る。彼の後を追う雷撃を一つでも増やすため、縦横無尽に駆け巡った。

 その途中、ジェイスと克臣は背合わせになる。二人を狙う無数の雷が頭上で輝く中、克臣は明るく笑った。


「いいねぇ! どんどんやれや」

「克臣、煽り過ぎ」

「良いじゃねえか。……これも、作戦の内だ」

 ――作戦、だと? ……まさか!


 二人に気を取られていたテンペストは、完全に失念していた。テンペストを最初から最後まで狙い続け、今姿を消している一人の少年のことを。


 ――奴は何処に。


 ジェイスと克臣を牽制したまま、テンペストは視線を巡らせる。その時、背後に殺気を感じた。


 ――なっ……。

「終わりだ、テンペスト」


 ザンッ。


 テンペストの頭と胴体が離れ、それぞれに倒れ伏す。

 噴き上がった赤い血が、異空間の地面を濡らした。それとほぼ同時に、空間が歪み、子どもたちが閉じ込められた角柱にひびが入る。

 パキパキッという乾いた音が無数に響き、三人の周りで子どもたちが解放された。ジェイスは残った魔力を動員し、子どもたちを乗せるための担架の役割を担う空気の板を人数分創り出した。

 担架に気を失ったままの子どもたちを乗せ、それらを宙に浮かせたままで克臣とリンに叫ぶ。


「ここはもう崩れる。帰ろう」

「ああ。リン、行くぞ」

「……は、い」

「おっと」


 克臣にも呼ばれ、リンは振り返る。しかしそこで意識は限界を迎え、克臣の腕の中に倒れ込んだ。

 ジェイスと克臣は最も頑張った少年の寝顔を見て、微笑み合う。


「帰ろうぜ。お前も俺も、リンも、怪我の手当てしないとな」

「ああ、そうだね」


 に出口を示すように開いた扉を潜り、三人と子どもたちの姿は異空間と共に消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る