第2話 幼き自分の鏡

 翌日、リンはジェイスと克臣が大学から帰って来るのを待って行動を開始した。

 向かうのは、最近銀雷の被害に会い子どもを探しているという夫婦のもと。

 母親はまだ気持ちの整理がついていないということで、父親が応対してくれた。それでも何日も泣き腫らしたであろう顔は、リンにとって以前の自分を思い出す鏡のようなものに感じられる。

 ジェイスは自分の袖を掴むリンの内心を思い、わずかに眉を潜めた。しかしその表情はすぐに柔和なものへと変わり、父親へ頭を下げる。


「突然お願いしてしまって、申し訳ありません」

「いや、良いんだよ。きみたちは、僕らの町の自警団だ。きっときみたちなら、息子を探し出してくれるのではないか、と期待してしまっているのはこちらだからね」


 そう言って痛々しく微笑む犬人の父親は、三人を居間のソファーへと案内してくれる。リンを真ん中に三人が腰を下ろすと、お茶を出した父親は彼らの反対側に腰を下ろした。


「……きみたちは、銀雷の話についてどれくらい知っているのかな?」

「わたしたちが知っているのは、『銀色の雷の中に住む獣が、人々を食べてしまうという伝説』があるという程度です。最近大雨が降ったことはありませんでしたが……息子さんがいなくなった経緯を教えて頂けませんか?」

「ああ」


 ジェイスは交渉事に向いている。穏やかな語り口が、相手に余計な警戒心を抱かせず、話を聞かせてもらいやすい。それを知っているから、リンと克臣は意見を求められない限り黙っていることが多いのだ。

 父親は頷き、三日前のことを教えてくれた。


「三日前、息子……アルザと僕は近所の公園で遊んでいた。周りには子どもが多くいて、彼らの親もいた。アルザとボール遊びをしていた時、急に空が曇って来たんだ」


 そろそろ帰ろうかと父親が思ったその時、丁度投げたボールが公園の奥へと転がって行ってしまった。アルザはそれを追い、林の中へと走って行く。ボールを見付けて父親の方を向いた瞬間、それは起こった。

 空が銀色に光り、何かが降り注ぐ。アルザが顔を上げるのと、何かが落ちて来るのはほぼ同時。

 ――アルザッ

 父親がそう叫んだ時、既にアルザの姿はボールを残して消えていた。


「僕は何度も息子の名を呼んで、夜まで探し回った。アルザを知っている親御さんや子どもたちもたくさんその場にいたから、協力してくれたよ。だけど……」

「息子さんは、見付からなかった」

「そう。それから毎日公園に行くが、手掛かりすら掴めないんだ」

「……」


 項垂れ、拳を握り締める父親。その姿に、リンたちは何も言葉をかけることが出来ない。もっと大人であったなら、と思わずにはいられなかった。

 それでも、話しをしないわけにはいかない。ちらりとジェイスを見た克臣は、珍しく自分から口を開く。


「息子さんが消える直前、銀色の光が見えたとおっしゃいましたよね。そして、何かが落ちて来たと」

「ああ、言ったよ」

「その何か、は『何』に見えましたか?」

「……。白銀に輝く、獅子に見えた。とても美しい獣で。『ああ、あれが銀雷に棲むというものか』と妙に納得したのを覚えているよ」

「白銀に輝く獅子……」


 リンの呟きを聞き、父親は目を伏せる。


「人知を超えた存在が相手なら、僕らには待つしか術がない。いつか、息子が戻って来ると信じてね。……ご両親と弟を失ったきみなら、わかってしまうかもしれないね」

「……っ、俺は」

「お話ありがとうございました。わたしたちも尽力しますので、どうか希望を捨てずにいて下さいね。気休めかもしれませんが」


 父親の言葉に、リンが何かを言いかける。しかしそれを制し、ジェイスが無理矢理話を締め括った。




「すみません、ジェイスさん」

「何のことだい?」


 見送られて被害者の家を出てしばらく歩いた後、リンはふと立ち止まった。彼の言葉に、先に歩いていたジェイスは苦笑をもって振り返る。

 ジェイスは全てわかっていて自分を制した。それを察しているからこそ、リンはすっとぼけるジェイスに対して首を横に振る。


「ジェイスさんは、俺が余計なことを言わないように話を切ってくれました。俺はもう少しで、俺だってまだ呑み込めてなんかいないって叫んでしまいそうだった」

「あの父親の顔、ちょっとリンを恨めしそうに見てたもんな。お前はもう乗り越えたんだろうって」


 やれやれと肩をすぼめつつそう言って、克臣はリンの頭をぐりぐりと撫で回した。それを甘んじて受けながら、リンは歯を食い縛る。

 思いがけず観察していた克臣に驚き、ジェイスは正直に呟いた。


「……よく見てるな、克臣。だけど、リンも言葉を呑み込んで偉かったな」

「俺はもう、泣くだけの子どもじゃない」


 ジェイスに背中をさすられ、克臣に髪を乱される。二人それぞれの励ましを受けながら、リンは幼き日の自分とは違うのだと言い張った。

 リンは九才の時、両親と弟を失っている。父は殺され、母と弟は連れ去られたまま行方知れず。幼いリンは、何日もの間泣き暮らした。

 その頃の自分と、先程話をした父親。どちらも大切な者を喪っているが、リンはそれで終わらせる気は一切ない。

 次に顔を上げた時、リンの目は先を見据えていた。


「必ず、雷獣を倒すんだ。倒して、消えた子どもたちを救い出す」

「ああ、やり遂げよう」

「三人で、やってやろうじゃねえか」


 小さな団長の言葉に、兄貴分二人は強く頷いた。

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