銀蕾~銀の華咲くその前に~

長月そら葉

第1章 伝説と現実

第1話 銀雷の噂

 豊かな自然と人々の暮らしが同居する世界・ソディール。その世界では人も獣人も魔種も、それぞれがかかわり合いながら暮らしをたてている。

 ソディリスラと呼ばれる大陸の西の端、アラストという町があった。その町を出た山際に、大きな洋館が建っている。

 リドアスという名を付けられた建物だが、とある自警団の本拠地でもあった。


「リン」

「ジェイスさん、克臣さん。どうかしたんですか?」

「どうしたも何もないけどさ、一緒に町に行こうぜ。買い出しもあるんだろ?」


 リンと呼ばれた少年は、黒に近い藍色の短髪を持ち、火のような赤い瞳を瞬かせた。何故誘われたのかわからないらしい。

 目の前に広げられているのは、本来ならば彼の父が読むべき書類の数々だ。十五歳の少年に課せられた責務は、『銀の華』という自警団を取りまとめることにある。

 しかし、毎日仕事漬けでは楽しくない。そう考えた四つ年上の二人の兄貴分が、弟分を遊びに誘っている。


「でも……」


 躊躇するリンに、ジェイスは「実はね」と耳打ちした。


「今アラストで、妙な噂が聞こえているんだ。その真相をわたしたちで暴こうという算段なんだけど、どうだろう?」

「……解決出来たら、銀の華のみんなのためになりますか?」

「きっと、認められるよ」

「じゃあ、行きます」


 十五歳の少年が一つの組織のリーダーとして認められることは、容易ではない。特に町の人々は、父の代の組織を知っているからなおのことだ。

 リンは一人、そのためにすべきことは何でもしたいと考えている。身近にいるからこそリンの苦悩を知っているジェイスと克臣は、彼の悩みや痛みを少しでも和らげようとしているのだ。


「よっしゃ。それじゃ、調査に行こうぜ!」

「ああ、行こうか」

「はい」


 リンが頷き、三人はリドアスを出ていちばん近くの町・アラストへと向かった。


 アラストの町は、休日ということもあり賑わいを見せていた。その人混みの中を縫うように進むと、ぽっかりと開けた場所が現れる。町の人々の憩いの場でもある広場だ。

 広場では芸人が曲芸を披露していたり、ストリートミュージシャンが楽器をかき鳴らしていたりする。更に屋台やちょっとした遊具もあるため、様々な人が集まっていた。

 リンたちは早速、噂話を好みそうな若い女の子のグループに近付いた。

 楽しそうに話していた少女たちは、三人を見て目を丸くする。中には恥じらって頬を染める子までいる始末だ。


「邪魔してごめんね。ちょっと訊きたいことがあるんだけど……?」

「はいっ、何でしょうか!?」

「最近、変な噂を聞いたことはないかな?」


 こういう時、頼りになるのはジェイスだ。見目麗しく、物腰も柔らかい彼は、年齢関係なく女性に警戒心を抱かれにくい。リンと克臣は少し離れた所から、様子を窺っていた。


「凄いですね、ジェイスさん」

「あいつのあれは、天性のもんだ。もしくは、ただの天然か」


 素直に称賛するリンに対し、克臣の評価は厳しい。ククッと肩を竦めて笑うと、克臣はリンを連れて移動する。

 二人が向かったのは、クレープの屋台を営む壮年の男性のもとだ。克臣が身を乗り出し、屋台の中にいる男性に話しかける。


「おじさん、景気はどうですか?」

「おや、お前は銀の華のとこの。そっちはちっちゃな団長さんだな。景気っていうのはボチボチだよ。ほぼ趣味みたいなもんだからな」

「趣味でこれだけ出来れば凄いことですよ。で、ちょっと話を聞かせて欲しいんですけど」

「良いぜ。あ、折角だからあまりもののクレープ食って行けよ。あっちの兄ちゃんにも食わせな」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 とんとん拍子に話を聞き出す克臣の影に隠れつつ、リンは屋台の男性に頭を下げた。自ら話しかけることが苦手なリンにとって、積極的に動くジェイスや克臣は密かな憧れだ。


(俺も、もっと成長しないと。父さんが残した自警団を続けるためにも)


 シンプルな生クリームと甘酸っぱい実のクレープを頬張りながら、リンと克臣は男性の話に耳を傾けた。


「訊きたいっていうのは、どんな話だ?」

「最近、奇妙な噂を聞きませんか? 例えば、天候に関係があるような」

「……銀雷の噂か?」

「銀雷」


 目を瞬かせ、リンは首を傾げた。男性が指で字を書いてみせる。銀色の雷という意味だと教えてくれた。


「その銀雷の噂って、どういうものなんですか?」

「昔、ばあさんから聞いた伝説だが、最近よく耳にするようになったな」


 身を乗り出したリンに微笑むと、男性は仕込みをしつつ思い出しながら話してくれる。


「昔々、銀色の雷が鳴ると、人々は家に帰ったらしい。何故なら、銀色の雷の中には、人を喰う雷獣が住んでいる。銀雷の鳴る中で外に出ていれば、その雷獣がそいつを見付けて食んだと。んだと。昔から行方不明者が出る度にそんな話が蒸し返されたんだが……」

「もしかして、今回も行方不明な人が?」

「察しが良いな。そう、何人もの子どもが行方知れずなんだ。子どもが消える直前には、何処でも雷が鳴っていたという話だ」

「……。貴重なお話をありがとうございました。クレープ、おいしかったです」

「おう。また食いに来いよ。今度は、ちっさな団長は彼女でも連れて来い」

「いないですよ、彼女なんて!」


 男性の軽口を真に受けて赤面したリンを連れ、克臣は笑いながらジェイスと合流する。ジェイスは少女たちからの聞き込みを終えたのか、近くのベンチで腰掛けて待っていた。

 そんなジェイスに、克臣がクレープを手渡す。クレープは、リンたちが食べたのと同じ味のものだ。


「ほらよ、ジェイス」

「ありがとう、克臣。リン、何か仕入れたかい?」

「はい。銀色の雷の中に住む獣が、人々を食べてしまうという伝説があるそうです。そしてその伝説と同じように、今子どもたちが消えているんだと言います」

「ふむ……。わたしが聞いたのと同じ内容のようだね」

「ああ、そうだろうな。よし、次は被害者家族のもとへ行こう。何か犯人についてわかることがあるかもしれない」


 克臣の号令で、リドアスに一時帰宅した三人は行方不明者リストを取り寄せた。その中から銀雷に関係のありそうな事案を見つけ出し、話を聞きに行くことにした。


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