第3話 新たな失踪者
アルザの父親から話を聞き、その後すぐにリンたちは行動を開始した。
リンたち銀の華以外にも、このソディリスラの大地には幾つもの自警団に似た組織が存在する。異世界の日本出身の克臣に言わせれば、これだけ広大な大陸に国が存在しないというのはあり得ないとか。
ソディリスラは、自治区のようなものの集合体で出来ている。各町や村がそれぞれを統治し、交易や交流をすることで繋がっている。
銀の華に集まる情報や聞き込みにより、少なくともソディリスラで十人の子どもが行方を絶っていることが明らかとなった。同じ村で二人いる他は、全て違う場所で姿を消している。
「――ただ共通しているのは、銀色の雷と獣の存在、か」
数十枚の資料をテーブルに広げ、ジェイスは呟く。彼の隣で地図に子どもの失踪場所をペンで印をつけていた克臣は、ペンを置いて地図を見渡す。
「共通性なんてなさそうだ。アラスト、テラフ、イーダ……アルジャ。北から南までまんべんなくだな」
「子どもの方には、何か共通することはないでしょうか? 例えば、全員の年齢とか種族とか」
そう言って改めて資料をあたるリンは、しばらくして眉間にしわを寄せた。
「なさそう、ですね。全員が十歳以前というくらいで。獣人も吸血鬼も人も全部入っている……」
「俺の住む日本には、七歳までは神の内っていう言葉もあるけどな」
「ここでは十歳まではってことかい?」
「幼い方が神聖なものと繋がりやすいっていうのは、異世界共通なのかもしれないぞ?」
「一つの可能性、ですね」
日本的発想をする克臣に頷き、リンはその考え方を頭の隅に置く。
その後も資料の精査は続くが、銀色の雷と雷獣に関する情報は一つもなかった。ふっと息を吐き、ジェイスが天上を仰ぐ。
「これは、伝説から調べていくべきかな」
「図書館にでも行くか? 銀の華の書庫なら、そういう本も大量にありそうだが」
「そうだね。あとは、アラストのご老人の皆さんの協力も仰ぎたいところかな。……わたしも克臣も、このソディールの昔話は知らない。リンは?」
「俺も同じようなものです。ずっと、父さんたちを奪った狩人については調べてきたけど、それ以外は疎かにしてきたから」
「……あまり自分を責めてはいけないよ。リン」
「わかっています」
頷くリンだが、ジェイスの表情は晴れない。
ジェイスは生まれてすぐに親に捨てられ、リンの父に拾われて育てられた。そして克臣は、ソディールとは違う異世界・日本という国に家がある。二人のうち特に克臣は、ソディールの昔話とは無縁に暮らしてきた。
リンもまた、家族を探すために何年もの時間を割いて来た。それ故に、昔話や伝説については専門外だ。
少年らしくない笑みを見せるリンに、ジェイスと克臣の心配は尽きない。
しかし今、リンの過去について洗っている暇はない。三人で手分けをして調べに行こうと決めた矢先、銀の華の玄関の戸を激しく叩く音が聞こえた。
音の激しさは異常な程で、叫び声も一緒に聞こえる。
驚いた三人は顔を見合せ、すぐに玄関ホールへと走った。いの一番に到着した克臣が戸を開く。
「お待たせしました。どうかされ……?」
「助けて下さい! 娘が、娘がぁっ」
「ちょっ、落ち着いて!」
掴みかかるように訴える女性の気迫に圧され、克臣は
克臣が対応に苦慮していると、後から走ってきたジェイスが事態を把握した。
「失礼します」
そう断り、女性を克臣から引き剥がす。体格は細いが見合わない力を持つジェイスにかかれば、か弱い女性一人くらい何ともない。
尚も半狂乱の女性の前に、リンが両手を広げて立ち塞がる。彼を見た途端、女性は振り上げた拳をだらりと下げた。
「お話を聞かせて下さい。まずは、こちらへ座って」
「……ごめんなさい。あなた達にあたっても仕方がないのに」
「まずは、深呼吸です。ほら、吸って、吐いて……」
「すっ……はぁ……」
穏やかなジェイスの言葉に、女性は深呼吸を繰り返す。その間にお茶を用意したリンは、彼女の前にそれを置いた。
「ありがとう」
「いえ」
疲れた顔で微笑む女性に、リンはかける言葉が見付からない。視線を彷徨わせるリンの肩に手を置き、克臣は「それで」と女性に尋ねた。
「一体、何があったんですか? 貴女は確か、商店街の洋服屋の」
「ええ。……娘が先程、白い獣に連れ去られたの」
「白い、獣!?」
「あなた達も知っているかしら。古い物語の再来だってここ数日騒がれている、銀の雷と獣の話」
「俺たちは、その事件を解決するために動き出したところなんです」
だから、詳細を聞かせて欲しい。リンが頭を下げると、女性は「勿論よ」と微笑んだ。
「きっとあなた達銀の華ならば、娘を捜し出してくれる。そう考えたから、ここに駆け込んだの」
そう言った女性は、娘が公園で姿を消したのだと話す。やはり男の子と同じく、白銀の雷と雷獣らしきものに連れ去られたのだとか。
そして、少女は跡形もない。
「何か、獣の手掛かりがあれば……」
女性の話を聞き終え、リンは悔しさをにじませて拳を握り締める。突然現れては消えるモノが相手では、どうすることも出来ない。
「……そういえば」
「何か、思い出されることがありましたか?」
何かに気付いた女性に、ジェイスが尋ねる。すると女性は、小さく頷いた。
「幼い頃、聞いたことがあるの。『白銀をまとう獣は、雷と共にやって来る。そして決まって、先触れとして雲は失せる』って」
「つまり、不自然に晴れ渡った場所に行けば、その獣に会える可能性が高いってことか!」
「そうなるね。……よし!」
克臣とジェイスは顔を見合せ、頷き合う。
早速動き始めた二人を見て、リンは戸惑う。自分には何か出来ないのか、女性にペコリと頭を下げ、すぐにジェイスたちを追った。
「ジェイスさん、克臣さん!」
「リン、奴に会えるかもしれないぞ」
「え?」
思いがけないことを言われて目を瞬かせるリンに、克臣はニヤリと笑って見せる。彼が指差す先には、リドアスを出ようとするジェイスの姿があった。
「ジェイスさん、何処に……」
「アラストに、水を操る魔力を持つ人がいる。あの人に、この町で今一番空気が乾いている場所を教えてもらうんだ!」
「俺も行きます!」
賭けだけどね。そう言って笑ったジェイスに並び、リンも克臣と共に玄関を飛び出した。
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