第2章 銀の獣

第4話 微かな手掛かり

 リンたちが飛び込んだのは、アラストの水道整備を引き受けている店だった。突然アポもなく走り込んで来た三人を見て、壮年の男性が目を丸くする。


「一体全体、そんなに慌ててどうした?」

「ブラストさん、お願いが、ありますっ」


 息を切らせながら、リンはふくよかな男性──ブラストに頭を下げた。


「俺たちに、今この町で一番乾いている場所を教えて欲しいんです!」

「……? すまん。よくわからんから、一から説明してくれるか?」

「あ、はい」


 首を傾げるブラストに、リンはジェイスと克臣の力も借りて経緯を手短に話した。数日前からの子どもの失踪と、その原因と見られる雷獣。そして、雷獣が出現する可能性を高める気象条件のことを。

 話を聞いていたブラストは徐々に眉間のしわを深くし、最後には大きく頷く。


「わかった。私の魔力が何処まで通用するかわからんが、出来る限りやってみよう」

「ありがとうございます」

「ああ。……少し、そこにいて動かないでくれ」


 ブラストはリンたち三人を家の中に残し、一人で外に出た。そして両手を広げて天へ掲げ、目を閉じる。

 するとブラストの手のひらに小さな水滴が集まり始め、徐々に大きく成長していく。

 ブラスト自身の二倍近い大きさになった水の塊は、彼が「はっ」と力を籠めると飛散した。飛び散った水滴はある場所へ向け、一直線に飛んでいく。


「あれを追うんだ!」


 ブラストが三人を呼んだ。彼は水滴が飛んでいく方向を指差し、ニヤッと笑う。


「あの水は、足りない場所へ飛んでいく。あれを追えば、お前たちの言う『不自然な場所』へたどり着くはずだ」

「わかりました!」

「ありがとうございます、ブラストさん」

「恩に着ます!」


 三人三様の反応を示し、リンたちは水滴を追った。水滴はリンたちを置いて行かず、適度なスピードで飛び続ける。

 必死にそれらを追ううちに、三人は徐々に空気が乾いていくのを感じとっていた。空を見上げれば、三人が向かう方向に全く雲のない場所がある。


「あれ、ですね!?」

「きっとそうだ。……強い魔力の波動も感じる。近いぞ!」


 三人のうちで最も魔力の強いジェイスの言葉に頷き、リンは真っ直ぐに走り続けた。

 やがて辿り着いたのは、アラスト郊外の空き地。リドアスとは真反対の方角にあるそれは、夕方近くになった今でも子どもの元気な笑い声が響く。

 そして尚且つ、雲一つない快晴だった。

 克臣はぐるりと空き地を見回し、首を捻る。


「とはいえ、何も起こってないようだな」

「何もないなら、それに越したことはないよ。でも、ほら」


 ジェイスが指差したのは、空の一部。そこに突如音もなく雷雲が出現し、渦を巻き始めていた。更にその雷雲の真下に、丁度一人の子どもが跳ねたボールを追いかけて差し掛かる。

 リンが動いたのは、最早反射的だった。


「危ないッ」

「「リン!?」」


 ピシャンッと銀雷が落下したのと、リンが男の子を抱き締めたのはほぼ同時。二人の姿は白い光に包まれ、傍に白い獣が降り立つ。

 その白銀の瞳がリンを見詰めたのは、ほんの一瞬だ。ジェイスと克臣が焦燥して駆け出し手を伸ばすのと、獣と共にリンと子どもが姿を消すのはコンマ何秒の差しかなかった。


「……くっ」

「嘘だろ、リン……」


 手が空を切ったジェイスは歯噛みし、克臣は呆然と手を下ろす。

 しかし克臣はすぐに気を取り直し、ジェイスを振り返った。


「どうする、ジェイス。俺じゃ、魔力の軌跡なんて追えないぞ!」

「わたしが追う。──必ず、取り戻すぞ」

「おう!」


 ジェイスがわずかに残った獣の魔力を辿りつつ、走り出す。彼の後を追いながら、克臣は一度だけ振り返る。

 空き地では人二人が消えたとは思えない程に、ただ楽しげな子どもたちの声が響いていた。




 男の子に危機が迫っているとわかったのは、雷雲からほとばしろうとする光が見えたからだ。その後のことなど考える間もなく、リンの体は動いていた。


(柔らかい……? これは、何だ)


 腕の中には、気を失う前に抱き締めた男の子の体温がある。目を閉じたままだったリンは、瞼を震わせゆっくりと目を開けた。


「……っ!?」


 眠気など瞬時に去り、リンは瞠目する。

 リンと未だ気を失ったままの男の子は、光のトンネルの中を獣の背に乗せられて疾走していた。


「何だ、これ!」

 ──目を醒ましたか。

「お前!」


 思わず叫んだリンの声に気付き、獣がこちらに目を向ける。澄んだ白銀の瞳は、わずかに金色を帯びていた。その瞳からは、正邪を見破ることは出来ない。


「……俺たちを、今までに拐った子たちを、何処へ連れて行った?」

 ──すぐにわかる。

「……」


 淡々と感情のない声色に、リンは何故か気圧された。その圧力がこの雷獣と呼ばれる存在の圧なのだ、と直感的に悟る。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。そして、腕に感じる男の子の重さを糧にただ真っ直ぐに自分たちの行方を見詰めることしか出来なかった。


(ジェイスさん、克臣さん。どうか、辿って来て)


 光りの奔流に呑まれそうになりながらも、リンは自分が来たであろう方向に魔力の波動を飛ばす。リンの魔力はジェイスよりも弱いが、波動は人それぞれ違う。ジェイスならば、リンの力を感じ取って追いかけて来てくれる。そう信じ、リンは前を見詰めていた。

 しばらくして、雷獣の目の前に大きな扉が出現する。その前で雷獣が吼えると、ひとりでに扉が開く。

 雷獣はリンと男の子を乗せたまま、その扉の向こうへと身を躍らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る