第5話 神になり損ねたモノ

 同じ頃、ジェイスと克臣はリンたちの行方を追って夕暮れの道を駆けていた。

 魔力を常に行使しつつ走るジェイスの後ろ手 で、克臣は「おい」と呼び掛ける。


「ジェイス、こっちなんだな!?」

「ああ、方向的には。でも……どんどん微弱になるんだ。おそらくこれを追えなければ、わたしたちは真相に辿り着けない!」

「だったら走るしか……って、あれ見ろよ!」


 克臣が指差したのは、公道に突如現れた扉。建物があるわけではなく、ただそこに扉だけが鎮座している。

 訳のわからない状況に、克臣は眉間にしわを寄せた。しかしジェイスは立ち止まると、そっと扉に触れる。


「おい、危ないかもしれないぞ。離れ……」

「……この先だ」

「は?」


 ぽかんと口を開ける克臣に、ジェイスは真剣な表情で言葉を続けた。


「克臣やわたしが、向こうとこちらを行き来するのと同じだ。……リンの魔力の気配を感じる。この先に、絶対リンがいる」

「なら、迎えに行かないとな」

「ああ」


 からりと笑う克臣に、ジェイスも笑って頷く。そして二人同時に扉を押した。




 一方のリンは、獣に振り落とされないよう必死にしがみついていた。男の子を抱く腕は限界が近かったが、彼は一切起きる気配がない。何かの力で無理矢理眠らされているのか、これだけ変化の激しい場所にいても呼吸に乱れがない。


 ──着いたぞ、招かれざる客人よ。

「何だよ、ここ」


 雷獣の背中から滑り降り、リンは目の前の光景を見て言葉を失った。

 ほとんど白に支配されているが為に、何処までも続くと錯覚する鍾乳洞らしき空間。しかしその実態は、鍾乳石の代わりに白銀に輝く角柱の透明な石が幾つも突き出している。

 天井から地面から、キラキラと輝く角柱が乱立しているのだが、それらの中にあるものが閉じ込められている。それらをじっと見ていたリンは、中身が何かに気付き、心臓を掴まれる心地がした。


「これ、は……連れ去られた子ども!?」


 リンが触れた角柱の石の中には、目を閉じ眠っているらしい女の子が閉じ込められている。傍の石も同様に、幼い子どもが石の中に入れられていた。


 ──その通りだ。……我が力の源として、ここに閉じ込め、力を得ている。

「殺すのか!?」

 ──子どもの持つ神の力を一部貰うだけだ。命までは盗らぬ。

「なら、どうしてこんな所に閉じ込めているんだ!? この子たちの親が心配している。さっさと解放し……」

 ──黙れ、小童こわっぱ

「うわっ」


 突如雷獣の体が光ったかと思えば、光と雷の奔流が渦巻いた。リンはそれを真正面から受け、弾き飛ばされる。

 洞窟の壁に背中から打ち付けられ、リンの息が詰まる。しかしそこで咳き込む暇すら与えられず、牙をむいて雷獣は突進してきた。


「くっ……あ」


 何度も何度も雷獣の攻撃を受け、リンは呼吸を激しくする。絶え間なく注がれる雷はリンの肌を焼き、まだ戦闘経験の少ない少年を追い詰めていく。

 そして、更にリンを追い詰める出来事が起こる。


 ──この子は貰うぞ。


 なんと、リンがずっと傍にいたはずの男の子の姿が消えていた。何処に消えたかと見回せば、既に雷獣の傍に移動していた。

 男の子は目を覚ますこともないまま、雷獣の傍で棒立ちになっている。


「──っ、返せ!」

 ──遅い。

「ぐあっ」


 雷電がほとばしり、雷獣はリンを再び吹き飛ばす。そして邪魔者がいなくなった所で、雷獣はその雷電を棒立ちの男の子に降り注ぐ。

 衝撃を受け痛む胸を押さえ、動けないリンの目の前で男の子は透明な石の柱の一部となった。


「そん、な……」

 ──これで、また一つ神へと近付いた。……我を弱きも 者として神獣と認めなんだ者たちへの復讐は完成しつつある。

「お前は、何者なんだ?」


 ゆっくりと立ち上がり、リンは目の前の獣に問う。

 ライオンのような美しいたてがみを持ち、全身真っ白な雷獣は、時折体からパチパチと火花を散らす。その無感情な白銀の瞳が、リンの姿を映した。


 ──招かれざる客人。我が世界に要らぬ者。お前は我が姿を見、この世界へと来てしまった。最早、生きてあの者たちの元へと戻れると思うなよ?


 ジャリッ。何もないはずの地面を踏み締める雷獣の足下で、何かが音をたてた。それが彼自身が発する静電気の音なのだと気付いた時、リンは間一髪で雷獣を避けた。

 リンがいた場所には、雷獣と共に黒焦げの地面がある。


(今この瞬間に、あそこにいたら……)


 背筋を悪寒が駆け下り、リンは何も持たないままで雷獣と対峙した。何もせずに殺られるくらいなら、少しでも時間を稼ぎ、子どもたちを救う糸口を見付けたい。


(それに、もしかしたらジェイスさんたちがここに来るかもしれない)


 微かな希望を胸に、リンは己の魔力で創り上げた剣を手に取る。

 魔力を操る吸血鬼の中でも力の弱いリンは、普段本物の剣を手に戦うことを前提に訓練している。しかし今、彼の腰に剣はない。

 冷や汗が流れるが、リンは口を引き結ぶ。剣を掴む手に力を入れ、更に飛び出すための足を踏み締める。

 リンの戦う意志に気付き、雷獣も唸り声を上げた。毛並みに弾ける電流が激しさを増し、戦闘準備が完了する。


 ──お前の問いに、一つ答えていなかったな。


 グルルッと喉を鳴らし、雷獣は舌なめずりをした。太い牙が見え隠れする。


 ──我が名は、テンペスト。神への道を自ら繋がんとする者だ!

「テンペスト! 子どもたちを返して貰うぞ!」


 二人の叫びが交差し、雷が鳴り響いた。

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