第8話 日常へと

 自宅の前で待ち構える両親に向かって、一人の男の子が両手を広げて全力で駆け寄る。満面の笑みを浮かべ、少年は母親の胸にぶつかるように抱き付いた。


「おとうさん! おかあさん!」

「ああ……アルザ!」

「よかった、無事に帰って来てくれて」

「うっぷ。苦しいよ、おかあさん!」


 目の前で繰り広げられる感動の親子の再会。リンはようやく肩の荷が下りた心地で、それを兄貴分二人と共に見守っていた。

 少し離れて見ていた三人に近付いて来た父親は、泣き腫らした赤い顔に笑みを浮かべて頭を下げる。顔を上げて欲しいとリンたちが頼んでも、決して上げない。


「きみたちのお蔭だ。本当に、本当にありがとう! 頭を下げるくらいではこの感謝を伝えることは出来ないが、許して欲しい」

「そんなこと言わないで下さい! それに、俺たちは当然のことをしただけですから……」

「きみたちにとっては当然でも、私たちにとっては偉業だ。恥ずかしい話だが、私には息子を目の前で見失っても何も出来なかったし、しようともしなかった。……これでは、父親失格だな」


 別の意味で顔を歪ませるアルザの父親に、リンは首を横に振ってみせた。


「そんなこと、言わないで下さい。俺は、俺たちは、そんなことを言わせるためにあの子たちを探したんじゃない。……待っている人がいるところに返してあげたかったから、迎えに行ったんです。だから」

「――だから、アルザくんを大切に育てて下さい。愛情をたっぷりと籠めて、間違えないように」


 リンの言葉を引き取り、ジェイスが続ける。

 自分より年若い子どもに言われ、アルザの父は苦笑した。ふふっと笑う声は、安堵に満ちている。


「本当だね。きみたちの言葉を肝に銘じ、あの子を育てていくことにするよ」


 本当にありがとう。アルザの父母は、背を向けて歩き出したリンたちが見えなくなるまで頭を下げていた。彼らに挟まれ、アルザが何も知らずに手を振っている。


「よかったな。みんな、目立った外傷もないし、幸い怖い思いをした子もいなかったみたいだ」


 助け出した子どもたち全員を家族のもとへ送り届けたのは、翌日の午後になってからだった。

 ソディリスラの大陸を東西南北と手分けして、子どもの説明を手掛かりに自宅へ送り届ける。十数人いた子どもたちは、銀の華の大人たちやアラストの商店街の店主たちにも手伝いを頼んで無事に帰るべき場所へと帰って行った。

 その仕事が終わり、克臣は伸びをした。

 彼の隣で、リンも頷く。テンペストとの戦いで大怪我をしたリンだが、無理を言って2人に同行していた。全身の骨は軋み、所々ひびが入り傷を受けている。アルザの家族と話している間も、背中には冷汗が絶えず伝っていた。


「本当に、よかったです。……会いたい人に会わせてあげられたので」

「……だな」


 ぽんっと克臣の手がリンの頭の上に置かれた。克臣もそうだが、ジェイスもリンを褒める時に頭に手を置く。表立って褒められることが苦手なリンでも恥ずかしくない行為がそれだった、というだけのことだ。

 リンは失いそうになる意識を何とか保ちながら、リドアスへの道を歩く。子どもたち全員を自宅へ帰した安堵が、リンの体のバランスを崩した。


「リン」

「あ、すみません。ジェイスさん……」


 とんっとリンの体がぶつかったのは、隣で歩いていたジェイスだ。彼から離れようと足を踏ん張るが、リンは自分の体が自由に動かないことに気付いた。あれ、あれと焦れば焦る程、足に力が入らなくなっていく。


「くっ」

「リン、よく頑張ったよ。だから……少しくらい、わたしたちを頼りなさい」

「そうだぞ、リン」

「え? ――わっ」


 ニヤリと笑った克臣が、リンの両脇から手を入れて持ち上げる。更にそのリンを待ち構えていたジェイスの背に乗せ、背負わせた。

 おんぶされる形になったリンは、その事実に気付き顔を真っ赤に染める。


「あ、歩けます!」

「そうは見えなかったぞ? なあ、ジェイス」

「ああ、休む暇もなかったからね。たまには、お義兄にいさんに甘えなさい」

「にい……」


 それが限界だった。帰宅後も充分な休息を取らずに走り回っていたリンが、規則正しい寝息をたて始める。それを確かめたジェイスと克臣は、顔を見合わせて優しく微笑んだ。


「帰ろうぜ、俺たちも」

「お前は本来、自宅は別だろう? そっちへ戻らなくても良いのか?」

「父さんと母さんには許可取ってある。友だちの家に泊まってくるってな」

「……相変わらずだな、お前」


 呆れ顔のジェイスと、子どものように笑う克臣。二人はそのやり取りを小声で済ませ、ジェイスの背で眠るリンを起こさないようにゆっくりと歩いて行く。

 この事件を経て、銀の華への評価が飛躍的に上がったのは言うまでもない。


 これは、銀色の華が咲く前の蕾の物語。伝説を打ち破った彼らは、アラストの町の人々に自警団として改めて受け入れられ、日々を過ごしていく。


 それから四年後、物語は新たに動き出す。


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銀蕾~銀の華咲くその前に~ 長月そら葉 @so25r-a

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