10『先輩大活躍』

「全サーバからの応答、途絶えました!!」


 オペレータの悲痛な叫びとともに、オペレーションルームが混乱の渦へと突き落とされる。

 こんな大規模障害、前代未聞だ。

 地上では、今や全軍の無線機が停止してしまい、何万もの将兵たちが危機に瀕しているのだ。

 僕はどうすればよいか分からない。

 ああ、神様エカチェリーナ様――





「大丈夫だよ」





 そのとき、先輩が涼やかな声とともに立ち上がった。

 デスクに座り、マウスをつかむ。

 そして――


 カチッ

  カチッ

   カチッ


 例の、1秒に1クリックをし始めた。


「せ、先輩……? こんなときに何を――」


「課長、第さん層第はち通路にバグ通過のログあり。殺虫スプリンクラー回しちゃって」

「よしきた!」


 課長が腕まくりをして、各班へ指示を飛ばし始める。


 カチッ

  カチッ

   カチッ


「やば。第はち層第さん通路にもバグ通過ログ! 隔壁閉めて! 早く早く!」

「承知した!」


 カチッ

  カチッ

   カチッ


「第で多量の加重検知あり! 虫じゃ済まないようなでっかいやつがいるっぽい」

「討伐班! 直ちに準備!!」

「「「応!」」」


 カチッ

  カチッ

   カチッ


「んおっ、コイツは物理層じゃなくてデータリンク層? サンダーバードを使役してるってこと? 王国のサイバー攻撃部隊もなかなかやるなぁ……」

「この中に【従魔テイム】が使える人はいるかい!?」

「私使えます!」

「私も!」


 カチッ

  カチッ

   カチッ


「げっ、今度はネットワーク層かぁ。戦死者をゴースト化させてるのかな? 場所は第きゅう階層の第いちサーバルーム! 近いよ! すぐにエクソシスト向かわせて!」

「分かった!」


「な、な、な、なん……!?」


 僕は、意味が分からない。

 先輩が、例の1秒1クリックをやっている。

 無数の文字列が並ぶログメールを、先輩が、まるで写真でも撮るかのように、きっかり1秒、目に焼き付けている。

 そうして、第何層のどこのネットワークが断線してるだとか、どの通路をバグが通過したとか、そういう超重要な情報をポンポンと言い当てている。

 そして課長が、先輩が口にする情報をすべて信じて、従業員たちを采配している。


 そうした奇跡のような光景が続くことしばし。

 ものの数十分で、半数以上のサーバが復旧してしまった。


 サーバが復旧したということは、新たなエラーログメールがどんどん入ってくるということ。

 先輩はそれらの新情報も見事に読み取り、分析し、優先度の高いものから的確に課長へ報告し、この未曽有の危機に対する打開策を指示していった。


 まるで、女神様が天使のオーケストラで指揮棒を振っているような、神々しい光景!

 女神とはもちろん、先輩のことだ。


 そうして、さらに数十分後――


「…………ふぅ!」


 玉の汗を浮かべた先輩が、背もたれに深く身を預け、天井に向けて熱っぽい息を吐いた。





 ――サーバはすべて、復旧済みだった。

 危機は去ったのだ。





「先輩!」


 僕は興奮に震えながら、先輩にタオルとお茶――先輩がいつも飲んでる、お腹に優しいと評判の漢方茶――を差し出す。


「んー」


 先輩が疲れた様子で額を拭き、首を拭き、第二、第三ボタンを外して胸元を拭う。

 僕はもう、堪らない。

 最高にカッコイイ先輩が、カッコイイだけでなくて可愛くて艶やかだなんてもう、最高に最高じゃないか!


「先輩、本当だったんですね!」


「ん、何が?」


「エラーログメール、僕、ずっと読んでる振りなんだって思ってました」


「失礼な~」


「ってことは先輩、上級魔法【鑑定アプレイズ】の使い手だったんですか!?」


「違うよー。ルーくんも知ってるっしょ? あーし、ゼロスキルで魔力もほぼゼロなんだって」


「でも、だって……」


「あーし、生まれつき、目と記憶力だけは良くってね」


「目と記憶力?」


「――『フォトリーディング』。本や画面を写真撮る感覚で目に焼き付けて、その内容を丸暗記する技術なんだけど」


「えええええ!? 召喚勇者でもそんな超スキル持ってませんよ!?」


「地球じゃ使える人けっこういたらしいよ。まぁ、『フォトリーディングなんて嘘っぱちだ』って言う人もいたみたいだけど、現にあーしはできるしね」


「な、ななな……」


「で、フォトリーディングだけが取り柄のあーしを、課長が拾ってくれたってわけ」


「なんてこと……」


 つまり、1秒1クリックの仕事は、まさに、先輩にとっては天職だったわけだ。

 なのに僕は先輩のことを信用せず、それどころか真否を確かめようともせず、先輩を疑ってしまっていたわけだ。


「先輩、ほんとーにすみませんでした!!」


「なになに、どーしたんよ突然」


 僕がいきおいよく頭を下げると、先輩は照れくさそうに笑って、手をひらひらとさせた。


「別に気にしてねーし。あーでも、この数ヵ月ばかし、ちょっと話し合いが足りてなかったかな? あーしも反省だね」


「先輩は悪くないです!」


「これを機に、気になることがあったら聞いてよ」


「え? あ、そうですね……それじゃあ」


 僕は、常々疑問だったことを聞く。


「先輩ってよく離席しますけど、結局いつもどこに行ってるんですか?」


「――――……」


 とたん、真っ赤になって黙り込む先輩。


「先輩?」


「やー、それは」


「えー? 聞いてって言ってくれたじゃないですか」


「う~~~~ッ!!」


 先輩はしばし頭を抱えていたが、やがて僕の耳に口を寄せてきて、





「…………トイレ」





 と言った。


「あ、すみません……」


 言い難いことを言わせてしまった。

 けど、まだ疑問がある。

 それに、顔を真っ赤にさせている先輩があまりにも可愛くて、もう少し先輩の照れ顔を見ていたいという気持ちが勝ってしまって、僕は思わずこう言った。


「でも、回数多くないですか?」


 ――ベチン!


 いきなり、先輩に頭を叩かれた!


「あ、あんたね、女性に向かって!」


「で、でも」


「あぁ、もう!」


 先輩が僕の耳をぐいっと引っ張って、


「おなか弱いの! いや、日本基準で言えばふつーなんだけどね!? 異世界の水ってひどいんだから!」


「じゃ、じゃあ、いつもいろんなところを走り回っていたのは――」


「いろんなトイレ使いまわしてるの! 何度も女性職員と鉢合わせたら恥ずかしいじゃん!」


「あ、あぁ……」


 でもこれで、ほぼすべての疑問が解消した。


「……あ」


 いや、ひとつ残っていた。


「先輩、クーちゃん……クー・ローマックのことを入社当初から疑ってたっぽいですけど、なんでだったんですか? 僕なんて全然気付かなかったんですけど……」


「あぁ、あれ? いやーあれはねぇ。日本人ならではの感覚というか、メタっぽい何かというか」


 先輩が頬をかく。


「ほら、めっちゃ黒幕っぽいじゃない? アイツの名前」


「…………はい?」





 不思議な言動の目立つ、胸がでっっっっっっっっっっっっっで超有能な先輩と、まだまだ半人前な僕の日常は、これからも続いていく。





   ◆   ◇   ◆   ◇





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