第26話 うん…一向に首を縦に振ってくれないのよ…
「…………」
「ねえねえ!凛花ちゃん!もうSNSでも大バズりよ!」
「ほんとほんと!さすが龍馬くんね!」
「凛花ちゃんほんと凄いわねえ…アタシじゃ普段の状態で龍馬くんのこと、絶対に見抜けなかったわよ」
「もうね、龍馬くん見かけた瞬間に全身がビビッ!!って来ちゃってたの!!私、その直感に従っただけなの!!」
「それが凄いって言ってんのよ。凛花ちゃんの直感って冗談抜きでオカルトじみてて怖いくらいだもの」
凛花からの依頼で龍馬がモデルとしての仕事を終えてから、十日程が経った。
今は龍馬の自宅となる、一人用の狭いワンルームの中に凛花と雄平が訪れてきゃいきゃいとおしゃべりしている中、龍馬は黙々といつもの創作・開発作業に没頭している。
もちろん、凛花に加えて雄平まで自分の家に訪れたのを見た時は、龍馬はあからさまに嫌そうな顔をしていたものの…
それで凛花が引いてくれるなどと、それなりに構築されてきている関係からありえないと分かっている為、渋々ながら二人が自分の部屋に入るのを許容することとなった。
ひとまず来客となる凛花と雄平の為に手際よくお茶とお茶請けを用意し、それを二人に出すと、それから龍馬はすぐさまいつもの作業に没頭し、二人はまるでいないもののように黙々と作業を進めていっている。
「それにしても、ほんとに凄い反響ねえ…『RYOMA』って言うモデル名、SNSでもずっとトレンドトップになっちゃってるわよ」
そして、フォトグラファーとして今売り出し中と言える程にその実力を評価され始めている凛花と、オネエだが腕は一流と評判のスタイリストである雄平の共同による最高傑作となる…
モデルとしての龍馬が世に出されると、すぐに世間からは大反響。
龍馬がモデルとなった衣類の提供元となるメンズ専門のブランドは、連日完売が続いており…
工場は日夜稼働が絶えない程に慌ただしく増産の繰り返しで、非常に嬉しい悲鳴がずっと上がり続けている。
どんな服でも着こなせるその抜群のスタイルはもちろんのこと…
何者にも媚びないと言わんばかりの、しれっとした無表情がかえって今時にはない古風な、言わば侍のような日本男児的男らしさを演出しており、同性からの人気も爆発的に上昇していっている。
もちろん、スタイリストである雄平の絶妙な配分のメイクによる甘いマスクは世の女性を阿鼻叫喚させる程の美しい芸術品となっており…
龍馬のモデル写真を掲載しているメンズファッションの雑誌などは、本来ならば需要の違うはずの女性にもひっきりなしに購入され続けており、店頭では入荷即完売と言う状況が続いている。
『RYOMA』と言う、とりあえずと言わんばかりのモデル名でファッション雑誌やブランドのPVに公表したら、それがずっとSNSのトレンドトップに君臨していると言う…
凛花と雄平でもここまでは予想できなかった、と言い切れる程の大バズりとなったのだ。
「ほら見て雄平くん!『RYOMA様』なんてワードまでトレンドになっちゃってるわよ!」
「あらほんと!それに、有名で人気絶頂の女優さんにアイドルグループ…あら、今話題沸騰中の女性シンガーソングライターさんまで、『RYOMA様♡』なんてつぶやいちゃってるわねえ」
「なのに同性からの支持もめっちゃ高いなんて凄いわ!やっぱり龍馬くんは、こうして世にその姿を見せることが義務づけられてたのよ!」
「そのおかげでアタシ達も仕事がめっちゃ増えてウハウハ!もうほんとに龍馬サマサマね!」
「ほんとそれよ雄平くん!」
そして、『RYOMA』の専属フォトグラファーとして名取 凛花…
同じく専属スタイリストとして椎名 雄平…
その二人の名も業界で一気に知名度が上がることとなり、凛花は大人気フォトグラファー、雄平は大人気スタイリストとしての地位を確立することとなった。
その為、二人にも今は個別に依頼が次々と舞い込んできており、あのチンピラモデルである加納の事務所との縁を切っても問題がないどころかお釣りが来る程となっている。
「それにしても…未だにあの事務所から連絡が来るのだけは鬱陶しいのよね」
「ほんとよね~…さんざんアタシのこと見下したり、凛花ちゃんのことフォトグラファーとして認めようともしなかったのにねえ」
「なのに私達がこうして売れっ子になった途端、手の平クルクルで笑っちゃうわ」
「あのチンピラモデルも、もうだいぶ落ち目だった上に、あんな無様な出来事があったせいで事務所から契約切られちゃって…今は完全に業界から干されちゃってるしね」
「そのせいで看板モデルがいなくなっちゃったからって、龍馬くんと契約したいなんて私や雄平くんに言ってくるなんて…ほんとにどのツラ下げて、って感じよね」
ちなみにあの一件の後、加納はすぐさま事務所に龍馬、凛花、雄平のことをないことないこと吹き込んで復讐をしようともくろんだものの…
雄平がその当時のことを一部始終撮影していた動画を、事務所側が逆に突きつけられて上層部一同が顔面蒼白になってしまう事態となった。
こんな動画が世に出てしまったら、加納はもちろんのこと加納の所属する事務所も炎上は避けられない。
しかもその動画が凛花と雄平の手にある以上、事務所はもう凛花と雄平の契約終了の申し出を受け入れることしかできなくなってしまった。
当然、凛花にフォトグラファーを辞めさせてモデルとしてデビューさせようと言う事務所の目論見も木っ端みじんに壊されてしまい…
あげく、腕は確かで加納以外の所属モデルからは軒並み評判のよかった雄平まで今後は頼れない状況に追い込まれてしまうこととなる。
以前から問題行動が目立ち、再三の厳重注意にもまるで暖簾に腕押しだった加納に対し、追い打ちのように今回の一件が発覚した為…
ついに事務所も堪忍袋の緒が切れてしまうこととなった。
自身の人生でワーストと言い切れる程の無様な姿を収められた動画を見せられて、呆然としていた加納に事務所の上層部は、その場で加納の契約を切ることを宣言。
それも、もうその顔すらも見たくない程にヘイトを溜めてしまっていたのか、その宣言の直後に警備員を呼んで、契約破棄と言う言葉に慌てふためく加納を強引に事務所のオフィスから放り出させてしまった。
それを見届けてから、凛花も雄平もその事務所を後にしたのだが…
この二人の契約が終了し、今後再契約はない状況になってしまったことに、その二人にさんざんお世話になっていた他の所属モデル達から事務所の上層部に抗議が殺到することとなってしまう。
しかも、凛花がフォトグラファー、雄平がスタイリストでなければこの事務所で仕事をしないとまで言い切るモデルも続出してしまい…
これまでさんざん高圧的だったのが嘘のようにへこへことした対応で、事務所側が凛花と雄平に再度の契約を申し出てきたのだ。
だが、すでに決別宣言をしている凛花と雄平がそれに応じるはずもなく…
むしろ他の仕事が殺到して多忙となり、それを受ける余裕などない状態になってしまっている。
なので、以前の倍の報酬を提示されてはいるものの、二人共それは丁重にお断りしている。
さらには『RYOMA』を事務所専属として契約したい、などと図々しいことまで言ってきているので、そちらも当然のようにお断りをしている。
「あのチンピラモデル、本当の意味で路頭に迷ってるみたいよ」
「そりゃあ、そうでしょうね。もう完全に悪評が業界中に広まっちゃってるんだし」
「もうモデルとしての再起は不可能なところまで落ちちゃってて…しかもあの性格だからアルバイトとかも軒並み不採用ばっかり…浪費家なのも災いして、今は生活も困窮状態に陥ってる、ってさ」
「まあ、自業自得よね」
加納は事務所から契約破棄を言い渡されて追い出されてから、他の事務所に自身の売り込みにいったものの…
その時点で加納の悪評を知らないところは皆無な状況となっており、どこも加納のことは門前払い。
モデルとして再起は不可能、かと言って浪費癖が激しくあっという間に生活費もままならない状況に追い込まれ、どうしようもなくコンビニやファーストフード店などのアルバイトの面接に行くものの、そこでも傲慢な性格が災いして不採用通知の嵐。
今持っている高級品を売り払っても、タワマンに住んでいるだけで追い付かず、結局タワマンも退去することとなった。
だが、未だに職が決まらないこともあり、賃貸アパートやマンションは軒並み入居を断られてしまっており、今はネットカフェに滞在してどうにか再就職しようとしてはいるものの、やはりかつての一流モデルだったと言うプライドが邪魔して、面接では傲慢な言葉や振る舞いが出てしまい、採用してもらえるところなど皆無となってしまっており、無職の状況から抜け出すことができない状態となってしまっている。
「それにしても…『RYOMA』名義のSNSアカウントを開設した瞬間にフォロワーが凄い勢いで増えてったわよね」
「まさか一日で十万超えるなんて…思ってもなかったわ」
「しかもそこに龍馬くん目当ての企業案件のDMが殺到しちゃって…受けられるものだけでも受けようかなって思ってたんだけど…」
「肝心の龍馬くんが一向に首を盾に振ってくれなくて…いいお返事が返せない状況なのよね」
「龍馬くんはほんと、根っからの引きこもり性質で目立つの嫌いだから…」
「モデルの依頼お願いして引っ張り出すのも、ほんと苦労しちゃうのよね」
そして、今回の大バズりを機に『RYOMA』名義のSNSアカウントを、凛花と雄平で協力して開設してみたものの…
開設した瞬間からフォロワーの通知が大量に発生し、たった一日で十万人ものフォロワーを獲得する程となってしまっており、それは今も急速に増えていっている。
当然、そんなアカウントの運用など龍馬が興味を持つはずなどなく、実際には凛花と雄平が交互に龍馬の料理や趣味について、開示可能な範囲で適度にポストして運用している。
それゆえに、ポストの頻度は少ないのだが、だからこそフォロワーも非常に敏感になっており、何かポストするとすぐに返信やリポスト、いいねなどの反応が一斉に返されてくる。
当然、そのSNSアカウントに企業からの案件依頼のDMも殺到しており、中には龍馬を専属のモデルとして契約したいと言うDMまで来ているのだが…
当の龍馬がモデルの仕事を自主的にするはずなど当然ないわけであり、凛花と雄平が条件のよさそうなものを見繕ってはいるものの、未だに返信することができない状態になってしまっている。
また、モデル『RYOMA』の専属フォトグラファーとなる凛花、専属スタイリストとなる雄平のアカウントも、その影響でフォロワーが激増しており…
『RYOMA』に関する問い合わせのDMも殺到することとなってしまっている。
「もう本当に龍馬くんの反響が凄すぎて…SNSアカウント開設したことちょっと後悔しちゃってるもん…アタシ」
「なのに当の本人は微塵も関心がないから…結局こうして龍馬くんのところに来て、龍馬くんの日常をネタにポストするくらいしかできないのよね…」
「凛花ちゃん…龍馬くんやっぱりモデルの仕事って…」
「うん…一向に首を縦に振ってくれないのよ…」
当の龍馬は、凛花の為にと渋々引き受けたモデルの仕事だったのだが…
スタイリストは雄平、フォトグラファーは凛花のみで、実際の現場ではそこまで制約が厳しいわけではなかったものの、慣れないメイクが相当に不快指数が高かったようで終わってからの不機嫌度は結構なものとなってしまっていた。
おまけに、衣装提供をしてくれたブランドの女性職員達がこぞって龍馬に言い寄ってきたり、こっそりと連絡先を渡してきたりと、それらの相手も龍馬にとっては相当に不快指数の高いものとなってしまっていたようで…
――――こんな仕事、俺はもうやらねえ――――
ようやく解放された帰り道では、仏頂面でこんなことを漏らしてしまい…
それからは一言も発さずに自宅に帰る、などと言うことがあったのだ。
最も、日頃から凛花に自分の創作や開発に必要な資料写真を凛花から提供してもらっていることもあり、この時はこんなことを言ってしまったものの…
龍馬はまた凛花に依頼されたなら、嫌々ではあるが受けようと心では思ってはいる。
いるのだが、さすがに自分にとって不快指数の高すぎる仕事であるのも事実であり…
さすがに間隔を開けずに受けるのは勘弁願いたい、と言う状態になってしまっている。
「…………」
その状態が示すように、凛花と雄平の二人が自分の部屋にいるにも関わらず…
龍馬は二人の存在などまるでないかのように、一人で黙々と創作・開発作業に没頭し続けている。
それもあり、それなりに関係の構築ができてきて龍馬のこともそれなりに分かってきている凛花は、龍馬がこの状態である以上は無理にモデルの仕事を依頼しようとは思わず…
また龍馬が受けてもいい、と思ってくれるまでは待つことにしているのだ。
「…それにしても龍馬くんの部屋、本当に生活感があって、でもゴミ一つ落ちてなくて、しっかり家事までしてるのがすぐに分かるわね」
「龍馬くん、作業するのに部屋が散らかってると気が散って作業に集中できないって言ってたから…だから掃除も趣味の一つ、みたいなこと言ってたわよ」
「へえ~…大雑把なようで結構マメなのねえ。料理もご相伴させてもらったりするようになったけど、どれもすっごく美味しいし」
「そうなのよ…龍馬くんの家事スキルが高すぎて、私女として自身なくしちゃうわほんと…」
「あはは。凛花ちゃんは家事苦手だもんね」
きっちり片付けられて整然としていて、ゴミもまるで落ちていない龍馬の部屋。
自分の食べるものは自分で作るを信条にしている龍馬は料理の腕もかなりのものであり、凛花はもちろんのこと、雄平も最近はご相伴に預かっている。
そして、龍馬が開発しているツールやアプリを見て、雄平が『こ、これ!アタシも使ってるやつじゃない!まさか龍馬くんが開発者だったなんて!』と驚くことも多々あり…
凛花も雄平も龍馬のハイスペックさに日々、驚かされている。
ひとまず、モデル『RYOMA』が次に日の目を見ることになるのは少し時間がかかると凛花も雄平も分かっているので…
いつそれが実現してもいいように、普段の自分達の仕事を頑張り…
『RYOMA』のSNSアカウントの運用を龍馬に代わってしっかりとこなして、また龍馬がモデルをやってもいいと思うようになるまで頑張ろうと、心に誓うのであった。
俺はこの世が気に入らない ただのものかき @tadanomonokaki
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