閑話
病室を後にし、私は地下駐車場に待たせていた車に乗り込む。
秘書が車を発車させて、私はスマホを取り出した。
先程から
発信者はすぐ下の弟の
「――心配し過ぎだろう……」
思わず苦笑する。
帝国本土の防人養成学校に入学、入寮し、そのまま防人大学に進んだ次政は、しばらく悟に会っていない。
あいつにとって悟は、いまだに小さい頃のイメージが強いのかもしれないな。
登録リストから、次政を選択して発信。
ワンコール目の途中で、すぐに繋がった。
『――兄貴! 悟はっ!? 無事なのか!?』
切羽詰まった声色に、私は再び苦笑する。
「まあまあ、落ち着きなさい。
魔道の使いすぎによる過労という事だよ」
『魔道!? あいつ、魔法なんて使えなかったろ!?』
「そうだね。去年までは甲冑すらまともに使えない、と、私達は思っていた」
いやぁ、思わず顔が緩んでしまうね。
『そうだ。
だから俺はあいつを諦めさせようと、涙を呑んで厳しい事言ったし、兄貴だって家督を譲るとまで言ってただろ!』
悟が小学校高学年になって、剣術に魔道を用いるようになった時、あの子の魔道器官が壊れている事が判明した。
幼い頃に瘴気に侵された所為で、魔術がまるで使えなくなっていて、魔法も人より弱いものしか使えないとわかったんだ。
悟に剣術を教えていた次政は荒れた。
あの子の才能を誰より認めていたのが、次政だったからね。
ゆくゆくの
けれど、そんな悟は魔道の才が無くなっていて……
防人を目指す以上、魔道は必須技能だ。
侵災や魔物によって発生する瘴気から身を守る為には、魔道による干渉――ステージの展開が必要となるから。
次政はなんとか悟を諦めさせようと、そういった事情を根気強く説明した。
けれど、悟が諦めることはなかった。
次政が剣術の指導を辞めて、なんとか諦めさせようとしても、ひとりで鍛錬を続けた。
魔道も蔵の蔵書を読み漁って、独学で学んでいたっけ。
そんなあの子を放っておけなくてね。
なんとかあの子に夢を追い続けさせてやれないかと、
あの方が育てた現
紗江嬢はそれでも、たゆまぬ努力で魔王にまで登り詰めた。
そこに賭けてみたくなったんだ。
「いやぁ、それがさ。
悟、動かせちゃったみたいなんだよ。
――アレ」
「……はぁ!?」
次政の間の抜けた声。
そうだよね。
私も悟から聞かされた時は、我が耳を疑ったもんさ。
「アレって、シロカダ様に言われて、兄貴がこっそり埋めさせたっていう?」
「そうそう。だーれも使えないもんで、蔵で埃被ってたアレ」
発案者はシロカダ様だ。
――どうせ誰も使えないなら、運命に賭けてみるのも良いだろう?
と、あの引き籠もりの貴属は、楽しげに笑ってたっけ。
我が望月家には、伝来騎が二領ある。
ひとつは、今は次政が使っている
そしてもう一騎は、ここ五百年、誰も扱えなくて蔵の最奥に眠っていた<
いや、銘はあったはずなのだけれど、長く使い手が不在だった所為で失われてしまっていたんだね。
御家に伝わる伝承によれば、<月光>は<銘無し>の影打ちで、<銘無し>こそが望月家本来の真打ちなのだそうだが、その伝承が書かれた時点で、真打ちの銘は忘れ去られていたらしい。
望月家の跡取りは、十五の元服の際に、秘密裏に真打ちの試しを受けるのだけれど、僕はもちろん、特例で試した次政もまた、あの騎体と合一することはできなかった。
近代改修されずに、もはや元服の行事としてのみ使われていた伝来甲冑。
それを、シロカダ様は
――運命が味方するなら、いずれ出会うはずだ。
そう仰って。
『……正直、あの婆さん、いよいよボケたのかと思ってたんだが……』
次政の言葉に、私も苦笑交じりに同意する。
いくら使い手がいないとはいえ、古くから伝わる御家の伝来甲冑だ。
ゴミ山に埋めるというのは、かなり覚悟がいったよ。
……だが。
「――リスクが高いほど、当たった時のリターンは大きい、そうだよ」
それくらいの賭けに出ない限り、悟の運命は切り開けないのだと、シロカダ様は仰っていたっけ。
『それ、博打で大損こく奴のセリフだぜ……
兄貴も良く乗ったよな』
「大事なあの子の為だ。
リスクくらい背負うさ」
そして、悟は運命を切り開き、アレと出会った。
「近代改修は
『あー、おまっちゃんトコかぁ……ノリノリだっただろうな』
――物部
私は直接の面識がないのだが、次政は
三洲山を襲った大怪異の調伏において彼女は、自らが生み出した魔道器によって、調伏部隊を戦地に届けた立役者――英雄のひとりだ。
指揮を執った加賀
世に知られていない――あるいは秘匿せざるを得なかった英雄は、かなりの数にのぼる。
物部 茉莉嬢も、そういった人物のひとりだ。
「お陰で悟は魔道を取り戻し――信じられるかい?
初陣で土蜘蛛級を単独撃破だ!」
『……マジか……子蜘蛛じゃなくて?』
「天恵ちゃんが目撃してる。
間違いなく、土蜘蛛級――それも異界産の亜種だったそうだよ」
伝話の向こうで、次政が洟をすする。
『……悟が……よかった……よかったなぁ』
私より図体がでかいクセに、この弟はやたら涙もろいところがある。
いまもきっと、身体を丸めて涙を拭ってるはずだ。
弟のすすり泣きに、私まで涙が滲んできてしまうよ。
運転している秘書が、そっとティッシュ箱を後ろ手で差し出してくる。
私はそれで目元を拭って、一息。
「それでね、次政にお願いがあるんだ」
『おう、悟に関わることだろ? なんだ?』
まだ鼻声ながら、気を取り直したらしい弟の返事にうなずき、私は天恵ちゃんから聞いた今回の事件のあらましと顛末を説明する。
話している間にも、次政の相槌は怒りをはらんでいってるね。
『……つまりなんだ? 主任教官がメンツにこだわって、指揮優先権を無視して警報を出さなかった所為で、生徒が逃げ遅れて怪我人が出たって事か!?』
吼えるように叫ぶ次政の声に、私はスマホから耳を離して顔をしかめる。
まったく、泣いたり怒ったり、忙しい弟だ。
「まあ、結果としては、悟の優秀さを証明できたわけなんだけどね。
……同じような事が起きた時、次に怪我するのは、悟やその周りの子かもしれないよね?」
そもそも私は今の防人学校の教育制度にも、疑問が多いんだよねぇ。
甲冑頼りの戦術と言い、家柄で生徒に優劣をつける制度と言い、ね。
確かに甲冑は防人にとって、強力な力だ。
家柄が良い者が、強い魔道器官を持って生まれているのも事実だ。
けれど、そればかりに頼っていては、先細ってしまうだろうに。
群発大侵災――そして大怪異事変から、もうじき八年か。
あの日、確かに私達は英雄の誕生を見た。
彼女達が発した輝きは、あまりにもまばゆくて、人々に希望を抱かせるには十分過ぎるほどだ。
……でも、その輝きによる弊害が今、生まれている。
防人学校の教育は、優れた一握り――それも名家の子息令嬢を優遇しようとしているように、私には映るんだよね。
当時の痛みを忘れるには、十分な時間が過ぎたという事なのだろうか。
「しばらく大人しくしてるように見えてたんだけど、こっそり裏で動いてたんだろうね。
……本当に厄介な連中だ」
公家を祖とする懐古主義の旧家ども。
華族がふんぞり返ってられる時代など、とうに過ぎ去っているというのに。
おそらくそこに危機感を抱いた、防衛省か陰陽寮辺りが、天恵ちゃんを――英雄の肩書を持つ士族である彼女を、教官として赴任させたんだろうけどね。
彼女ひとりじゃ、手に余るってものだろう。
「……ホント、邪魔だよねぇ。古式派って」
『あー、なんか読めてきたぞ』
ウチの弟は、大雑把なようで、存外に察しがいい。
「手続きは私がやっておくから、おまえはいつでも動けるようにしておくように」
『ちなみに望月流はどうすんだ?』
次政の問いに、私は笑う。
なんだかんだ言って、悟の成長を誰より望んでいるのが、次政なんだ。
「それもあって、私が動くんだよ。
しっかりと伝えてあげなさい」
私の返事に、歓声をあげる次政。
その声の大きさに、私はスマホを耳から離して、思わず苦笑。
「――それではね」
伝話を切って、シートに深く身を鎮める。
そんな私に、秘書はバックミラー越しに私を見て。
「……旦那様、坊っちゃんの事、よかったですねぇ」
彼もまた、長く望月家に使える家臣で、悟の事を可愛がってくれている。
「いいや、まだまだこれからさ。
これまであの子を軽んじてきた他家を見返す為なら、私は全力を尽くすつもりさ」
「ホント、兄馬鹿ですよね」
呆れたように苦笑する秘書に、私は笑みを浮かべる。
「……姉さんの大事な忘れ形見だからね」
悟の防人としての道がようやく拓けた今、あの子の成長が楽しみで仕方ないんだ。
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが2話となります。
主に桔花の掘り下げと、『ん組』の甲冑紹介をメインとして構成してみました。
一話、二話と、立て続けに行事イベントを行ったので、次回は防央校の日常を描きつつ、もうひとりのヒロイン、信乃を掘り下げようと思っています。
そして、いよいよ『ん組』最後のメンバーが登場!
用語の説明や世界観の説明も、織り交ぜられたらなぁって考えています。
「面白い!」「もっとやれ」と思って頂けましたら、作者のモチベーションにも繋がりますので、ぜひぜひフォローや★をポチっとして頂けましたら幸いです。
感想やご質問なども、応援コメントにて、どしどしどうぞっ!
ネタバレにならない限りは、お答えしようと思ってます。
それでは、ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
引き続きのご愛顧を、どうぞよろしくお願い致します~
防人の唄 ~天才指揮官と天才技術官、ふたりの美少女と同じクラスになったら、落ちこぼれの僕が英雄になっていた!?~ 前森コウセイ @fuji_aki1010
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