第2話 10

 病院の廊下を急ぎ足で抜けて、あたし達は悟の病室に辿り着いた。


 ――あの後、山岳訓練は中止となり、生徒達は学校に帰還する事になった。


 魔物は悟に退治され、その発生源となった局地侵災の侵源も、帯刀たてわき先生によって調伏されたそうだけど、他にも侵源が残ってる可能性もあったから、その調査のために訓練は中止となったんだ。


 負傷者はヘリで病院に運ばれる事になり、その中には気絶した悟も含まれてた。


 そんなわけで、帰還後、あたし達は小山先生から搬送先の病院を聞き出し、慌てて制服に着替えて病院にやってきたってわけ。


「――悟っ!」


 病室に飛び込むと、お医者さんに診察を受けている悟と、ベッド脇に座る帯刀先生と知らない男性の姿。


 整えられた長い黒髪を紅の組紐で結わえた、眼鏡の青年だ。


 歳の頃は二十代半ばってとこかな?


「やあ、桔花きっか。それにみんなも……」


 いつものはにかむような笑みを浮かべる悟に、あたしは思わず安堵。


「――怪我してない? 倒れたって聞いたけど……」


 駆け寄って、悟の身体を入院着の上からペタペタ触るけど、特に怪我してる様子はなくて、改めて安堵する。


「なんか、急に魔道を使いすぎたんだって」


 照れたように頭を掻く悟に、あたしは思わず息を呑んだ。


「それって……」


 ……まっさきに思い当たるのは、<禍津日マガツヒ>。


 並の魔道器官では、制御術式すら喚起できないあの騎体の所為で、悟は魔道を使いすぎたのかもしれない。


 そんなあたしの内心を正確に読み取った悟は、苦笑して首を振る。


「ちがうちがう! 僕が魔法を使えるようになって、調子に乗っちゃっただけ。

 桔花や<禍津日マガツヒ>のせいじゃない」


 そんな悟の言葉を肯定するように、お医者さんがタブレットの入力を終えて、あたし達に顔を向ける。


「――過労みたいなものだよ。

 これまで魔道器官を使ってこなかったのに、急に事象改変級の魔道を行使したのが原因だね。

 明日には退院できるが、しばらくは筋肉痛もあると思うから、ひどく感じるようなら湿布を処方しよう。

 では、お大事に――」


 そう告げて、お医者さんは退室していく。


「心配かけてゴメンね。でも、この通りピンピンしてるから」


 と、腕を上げて見せる悟は、筋肉痛で身体が痛んだのか、少し顔をしかめている。


 そんな彼に慌てたのは、帯刀先生の隣に座っていた男性で。


「こら、調子に乗るんじゃない。

 横になりながらでも、話はできるだろう?」


 彼はそう言って、ゆっくりと悟の身体をベッドに横たえる。


秀兄ひでにい、心配しすぎだよ」


 笑いながらも言いなりになる悟。


「ああ、みんな。紹介するね。

 僕の上の兄さんで、望月 秀政。

 秀兄、『ん組』のみんなだよ」


 ――望月 秀政ひでまさ


 現望月家当主にして、侯爵閣下だ。


 あたし達は慌てて敬礼。


「ああ、そういうのやめて。

 今日は悟の兄として、ここにいるんだから」


 と、秀政様は優しい笑みを浮かべて、あたし達に楽にするように示す。


 それからあたし達は、それぞれに自己紹介して。


「……うん。君らの事は悟や天恵ちゃんから聞かせてもらってるよ」


 椅子に座って、柔らかに微笑む秀政様。


「――天恵ちゃん!?」


 あたしは思わず帯刀先生を見る。


 先生は恥ずかしそうに顔を赤らめて。


「――閣下、生徒の前で、それはやめてもらえませんか……」


 ボソボソとバツが悪そうな帯刀先生の声。


「僕もさっき知ったんだけどね、先生って、防人大学でウチの下の兄さんの同期だったんだって」


 その関係で、秀政様とも以前から面識があったんだって、悟はあたし達にこっそりと教えてくれる。


 驚くあたし達をよそに、秀政様はあたし達を見回して。


「みんなには感謝する。

 私達は――望月家は、悟に武の道を諦めさせるしかないと思っていたからね。

 特に物部さん、君が悟の道をひらいてくれたのだと聞いているよ。

 ……本当にありがとう」


 深々と頭を下げる秀政様に、あたしは慌てて手を振った。


「そ、そんな! あたしはただ、拾った素体を直しただけです!

 悟が積み重ねた鍛錬の成果だと……あたしはそう思ってます」


 実際のところ。


 <禍津日マガツヒ>には、あたしが持てる技術のすべてを注ぎ込んでいて。


 設計はあたしだけど、あたしだけじゃ作れない外装部分は、お姉ちゃん達が鍛造したり刻印を施してくれたんだ。


 そのお姉ちゃん達が言ってたんだよ。


 ――まともな武士じゃ、使えないゾ、コレって。


 頭のおかしいお姉ちゃん達が、そう言うって事は、よっぽどだったんだと思う。


 あたしの作るものって、いつもそう。


 誰かの為になりたいのに、結局、できあがるのはガラクタで……


 でもさ、あたし、確信があったんだ。


 あんなに綺麗な鳴刀を奏でる人ならきっと、って。


 そして、悟は応えてみせてくれた。


 それがどれほどすごい事なのか。


 ……どれほどあたしが嬉しかったか。


 そんなあたしの内心なんて素知らぬ顔で、悟は首を振る。


「僕の先の見えなかった鍛錬に、<禍津日マガツヒ>という形を与えてくれたのは、桔花だよ。

 見たでしょ?

 君の技術は、確かに人を救えるんだ!」


 ああ、もう!


 悟はずるいなぁ。ホントに。


 涙が出そうになるじゃない。


「……桔花ちゃんと悟くん、どちらが欠けても成し得なかった戦果ですよ。

 わたしはそう思います」


 信乃ちゃんまで、あたしの頭を撫でてきて。


「あ、あー。あたし、なんか喉乾いてきちゃったかも!

 ちょっとなんか買ってくるね!」


 恥ずかしさのあまり、あたしは病室を飛び出した。


 平田が大笑いしてるのを背後に受けながら、エレベーターで一階の待合室に出る。


 来診時間を終えた待合室は、人気が無くなっていて、照明も落とされていた。


 並んだ自販機から、大好きな炭酸飲料を買って、長椅子に腰掛ける。


 プルタブを開けて、喉を潤して。


「――あたしでも……人が救える……」


 悟が、信乃ちゃんが、言ってくれた言葉を呟く。


「……ホントに、そう思って良いのかな……」


 嬉しさと不安でゴチャ混ぜになった気持ちを落ち着ける為に、あたしは照明の消えた天井を見上げる。


 と、そこに廊下からふたりの人影が現れた。


 ひとりは松葉杖を突いていて、もうひとりは片側からその人物を支えていて。


「もう、おとなしくしてないとダメって、お医者さんも言ってたでしょ!?」


「ジュース買うくらい良いだろ?」


 自販機の明りに照らし出されたふたりの顔を見て、あたしはその名を呼ぶ。


「……美琴みことちゃん、村上……」


 ふたりもあたしに気づいて、こちらを向いた。


「ガラクタ姫……」


 村上が顔をしかめて顔をそらす。


 けれど、美琴ちゃんは村上を放って。


「――物部さんっ!」


 あたしのとこまで駆け寄ってきた。


 松葉杖にまだ慣れてないのか、村上がバランスを失って尻もちをつく。


「物部さん、ありがとう! 本当にありがとう!」


 駆けてきた勢いそのままに抱きつかれて。


「え? ええ? なになに? どうしたの?」


「ずっとお礼が言いたかった!

 でも、どう言ったら良いのかわからなくて……今まで本当にごめんなさい!

 本当に本当に……」


 あたしを抱きしめて号泣する美琴ちゃんに、あたしは村上に顔を向けて、説明を促す。


「……その、俺も知らなかったんだ。

 今まで……その、悪かったな……」


 と、なんとか立ち上がった村上まで、あたしに深々と頭を下げる。


「い~から、説明!

 なにが起きてるのよぅ?」


「おまえが美琴の為に作った腕輪だよ……」


 ああ……あの事故で、腕が不自由になっちゃった美琴ちゃんの為に、こっそり彼女の机に入れたっけ。


 具足の魔道反応を応用して、神経が傷ついてしまった腕を、魔道で動かせるようにする魔道器だ。


「……使ってくれてたんだ?」


「うん。おかげでわたし、転科だけで済んだ。

 まだ防人を目指せる!

 ずっとお礼を言いたかったのに、勇気が出せなくて。

 本当にごめんなさい!」


「でも、あの事故はあたしの所為だし……」


「ううん。わたしが隆成くんに一度くらい勝ってみたいなんて言ったから、物部さんは応えようとしてくれただけ!

 わたしが実力もないのに、不相応な事言った所為って、今なら理解してるの!」


「そこも含めて、あたしが力不足だったって事だよ」


「……でも、おまえは二度も美琴を救ってくれた……」


 あたし達の側まで、ひょこひょこと杖を突きながらやって来た村上は、小さくそう呟く。


「その魔道器、結界の刻印も施されてたんだってな。

 おかげで俺も美琴も、魔物にやられずに済んだ。

 その……感謝してる」


「うん! わたし、あの時、本当に怖くて!

 でも、物部さんが守ってくれてるって思って、立ち上がる事ができたの!

 本当に……物部さん、ありがとう!」


「――へ?」


 そんな事したっけ?


「へ?って、おまえ……どういう事だ?」


「いや、むしろこっちがどういう事って聞きたいわ!

 美琴ちゃん、ちょっとその時の事、詳しく教えて!」


 ふたりの言葉が本当なら、この魔道器は、あたしの想定していない魔道を発揮した事になる。


 すぐに研究しなきゃ!


 目を輝かせるあたしに、美琴ちゃんは戸惑い、村上は顔に手を当ててため息。


「……やっぱ、おまえはガラクタ姫だ!」


 呆れたように呟く村上。


 けれど、その声色には以前のような侮蔑は含まれてない。


 それが少しだけ嬉しくて。


「――良いから、詳しく説明っ!」


 ――ガラクタ姫。


 人を傷つけるだけと、そう思っていたあたしだけど。


 『ん組』のみんなのおかげでさ。


 いまは少しだけ、その名前が誇らしく思えたんだ。

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