美を知るカミ 5

「いやー、やっとこさ落ち着きましたわぁ」

 おそらく温もりが残っているであろう湯呑を両手で握るように持ち、大ネズミはホッと一息ついた。いくら妖と言えども寒さだけは苦手らしい。以前、天狗たちの持っていた書物『妖怪全書』にもそんなことが書いてあったような気がする。確か・・・『妖怪のあり方の個体差』だったか。例えば目の前の大ネズミ、こいつはどちらかというと『妖』よりかは『獣』より、だ。彼のように見た目だけで判断できるようならいいのだが、説明しようのない妖怪だとそうはいかない。そうだな・・・有名どころを例に挙げるなら『ぬりかべ』とかかな?あれをどう説明できようか。「どちらかと言えば壁ですね」、なんてあまりにも馬鹿馬鹿しい。まぁ、同じことを小娘が言ったのだがな。ふと大ネズミの方に目をやると、やはり寒さに敏感なようでヒゲがプルプルと震えている。すまんな、リモコンが死んでいるのだ。許せ。

「すいませんねー、アホみたいに寒い事務所なもんで」そうヘラヘラと笑いながら、大ネズミの湯呑にお茶のおかわりを小娘が注いでいた。ここの主は私だ、君が言うな。それと『アホ』とはなんだバカ娘。—――まぁ、いい。それよりも『仕事』だ。

「さて、では落ち着いたところで大ネズミさん、お仕事の話をさせてもらっても?」

「おぉ、そうでしたそうでした!」思い出したように大ネズミのヒゲがピーンと張った。小さなつぶらな瞳がルンルンと輝いている。

「あっしはここから近いところにある繁華街の路地裏に普段は住んでいるんですがね、最近になってからちょーっと"厄介"なことが起こりだしましてな」

「厄介?行政の"お掃除"か何かですか?」ここで言う『お掃除』とは、要は『害獣駆除』のことである。ちょっとトゲのある返しだ、大抵の者なら間に入って止めたりするものだが・・・アクジキも小娘も「なんのこっちゃ」とポカーンとしている。

「へっへっへ、これに比べりゃ掃除なんて屁のツッパリですぜ」ふむ、それほどに"厄介"なのか。

「ではその"厄介"なこと、とは?」そう聞かれた大ネズミは、身を乗り出すように私に顔をグイッと近づけて答えた。

「それがですな・・・」出る?なんだ、幽霊かなんかか?鏡見ろよ、毎日がスリラーナイトだろうが。

「出るとは?」

「はい・・・それはそれは恐ろしい・・・"顔の無い妙なやつ"でしたよ・・・」

 ・・・ん?それは、『のっぺら坊』のことではないのか?そう思っていると大ネズミは、まるでこちらの考えていることを見透かしてるかのように言った。

「あ、のっぺら坊とかじゃぁねぇんですよ?そもそもあの辺にゃぁやつらの住めそうなボロ屋なんてありやせんし」ふむ・・・

「ではその妙なやつの特徴を覚えている範囲で教えてくれませんか?例えば・・・服装とか」

「服装ですかい?あーっと・・・なんてったっけなぁ・・・あの、サラリーマンとかの着てる・・・」

「タキシード!」台所の方から大きな声で小娘が答えた。手には冷蔵庫にでも入ってたのか、シュークリームを持っている。うん、頼むから黙ってろ。恥ずかしいから。恵方巻でも食ってろしゃべるな

「タキシードっちゅうんですかい?」真に受けるな。死にたくなるから。

「違いますよ、彼らが来ているのはどちらかと言えばスーツです。もしくは背広とも言います」そう言うと大ネズミは「はぇ~」と初めて知ったような顔をしていた。

「その・・・背広?そいつはそれを着てましたな」背広を着ていて顔の無い妙なやつ?まぁ、覚えが無いわけではないが。

「では、大ネズミさんの依頼はその妙なやつを追い払うことでしょうか?」

「あぁ、いえいえ!追い出すなんてとんでもない!同じ妖の類でしょうし、仲の良い隣人になれればいいんですよ」

「ということは・・・正体を暴くこと、でよろしいですね?」

 そう言うと大ネズミはコクコクと首を縦に振った。なら簡単そうだな、残る問題は・・・

「では大ネズミさん、"報酬"の話に移ってもよろしいですかな?」

「へぇへぇ、報酬ですな。話には聞いて用意してありますぜ・・・」

 そう言って大ネズミは懐からガムテープでグルグル巻きにした"小包"を取り出した。

「この間ね、路地裏に人間が駆け込んできてこいつをゴミ箱にぶち込んで走ってどっか行ったんですわ。あの様子からこれは間違いなくだって思ったんですわ」

 見るからに怪しげな小包。まぁ大方、だろうな。随分と量もありそうだし、に渡したら金と交換してくれんじゃねえかな。

「オーケー、それでこの依頼引き受けましょう」すると大ネズミの顔はパーっと明るくなった。表情のコロコロ変わるやつだ。

 報酬となる小包を受け取ると、大ネズミはそそくさと出て行ってしまった。なんでも、外に子供たちを待たせているらしい。さて、背広を着た顔の無い妖怪か・・・

 思いつくのは外国の怪異なんだが・・・そう考えていると小娘が私の目の前にある小包に興味を持っていた。今度は手にカステラを持っている。

「センセイ、これなんですか?」

「これか?これは、すっごく高いものだ」

「高い?お金になるものってこと?」

「そうだ。金にもなるし、一部の人間をにできるものでもある」

「へー、そんなすごいものなんだー」

「あぁ。だが、気を付けろ。こいつには"中毒性"がある」

 そう言ってやると小娘の顔はみるみるうちに青ざめていった。

「そ・・・それって・・・もしかして・・・」ほぅ、背広をタキシードというわりには感がいいじゃないか。

「ご明察だよ」

 そうだ。これの中身とは、グラム相場の高い例のアレ―――――麻薬である。

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ゲテモノ= ム月 北斗 @mutsuki_hokuto

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