EPISODE5: 心世界の救世主

 静寂に包まれた広大に広がる乳白色にゅうはくしょくの空間に、一匹の猫と神様がいた。猫は、凛とした佇まいで座りつつ琥珀色の瞳で神様を見つめている。それに対し段ボールを被った神様は辺りを落ち着きなく見渡していた。


 初めに静寂を破り言葉を口に出したのは神様だった。


「神に誓ってありませんわ! 私の選択肢に背けば貴方は死ぬじゃないですの!?」

「見ず知らずの他人に家来になれと言われたら誰でも断りますよ。それに運命で決められた死なら私は受け入れますし」


 へステアは最近見ている動画配信者の口調を中途半端に真似しつつ語気を強める。しかし、独自の考え方を構築したマルチーズは静かに言葉を口にする。

 

「実際に死んだのですよ。生き返っても、制約が追加された状態なら息苦しいです。それに、神様の下僕になって生き返っても監視下に置かれ続けるのは嫌ですからね」


 マルチーズは、へステアが苦手なタイプの生き物だった。相手の立場が格上だったとしても自らの持論を展開してくる。意見としての合理性はしっかり保っているため批判の隙があまり無い。相手にすると厄介極まりなさすぎる。


「そもそも、神様が何でも出来ると勘違いなさるのは不味いと思います。どんな仕事にも得意不得意が存在していると思うんです。もし可能であれば変わっていただければ……」

「……うるさい」

 

 へステアはマルチーズに対して怒りを露にした。彼女にとって段ボールを付けているため表情は見えないが、声から察するに相当怒りを感じていることは確かだ。


「別に貶めようと思っている訳じゃないです。ただ説明をしていただかないと……」

稀人まれびと風情が調子に乗るんじゃないわよぉ!!」


 マルチーズの発言に対し痺れを切らしたへステアは身に着けている聖女服の腰部を三秒程度まさぐった後、右手にある物体を握っていた。


 一般男性の手の大きさ程の深紅に染まったひし形の鉱石だ。

 先程見た白色の鉱石より数倍大きく、先端は鋭利に尖っている。


「これでもぉ……くらいなさい!」


 へステアの投擲にマルチーズは反応出来ず額に勢いよく当たってしまった。


 マルチーズはゆっくりと、意識を暗闇に落としていく。


 

 あの日を境に、私の飼い主はピアノを弾かなくなった。

 不慮の事故で両手を怪我したからだ。

 私はご主人を心配そうに静かに見つめているが、その瞳に光はない。

 コンビニで買った生温い缶ビールを飲み干しては、壁の向こうを見つめていた。 

 

 ――視点が切り替わる。


 その日、ご主人は最近出してたささみではなくキュウリを出してくれた。ひんやりとした冷たさとみずみずしさが私の口内を刺激する。


「ははっ、良い食べっぷりだな」


 ご主人は私を見て静かに作り笑いをしていた。その後、私は段ボール箱に詰められた。私は狭い所が嫌だったので出ようとしたが「頼む、出ないでくれ」とご主人から頼まれたので渋々箱の中に入ることにした。


 次に気が付いたとき――


 私は、ご主人が散歩する際に訪れる公園にいた。

 何故、この場所にいるのか。理由はすぐには分からなかった。しかし、段ボールから出た後に両目で見た一枚の紙を見て私は考えることを辞めた。

 

 それから一日経った頃。

 運良く一人の少年に拾われた。二匹のマンチカンを飼っていたようだ。

 二匹のマンチカンは良く寝ていた。私は二匹を無視しつつ、少年の近くで行動していた。気に入られなければ、捨てられると学んだからだ。


 少年は私に対し知識を与えてくれた。特に一番大きかったのは発声方法だった。

 少年が口を開ける際、私も猿真似をして口を動かし同時に息を吐く。当然声にならないくしゃみのような音しか出ないので少年からは「ハハハ」と笑われた。


 それでも構わなかった。私は居場所を与えられていたからだ。

 そんな日々は突然終わった。


 少年が動物禁止のマンションに引っ越さなくてはならなくなったからだ。

 少年は、最初の主人と同じように私を段ボールに入れる。この時抵抗しようとは思わなかった。抵抗したら今度こそ死んでしまうと思ったからだ。


 涙ぐむ少年を見つめながら、私は夕日に照らされた。


 ――こうして私は、二度捨てられた。


 疑問が心の中で飽和しそうになる。だが考えても結論は出ない。

 運命だと受け入れなければ生きることは出来ない。


 私は一匹で静かに段ボールの中で眠りについたのだった。



 マルチーズは目を見開き顔を上げた。先程のショッキングな記憶を思い出したせいだろうか。尻尾はだらりと垂れ、毛並みの何本かが跳ねている。妙な肌寒さも感じている。体調を崩したのだろうか。


「お目覚めになりましたね、マルチーズさん」


 マルチーズが一匹で思考している中、一人の人物が声をかけた。


「……貴方、たしか夢の中で……」

「自己紹介が遅れました。私、へステア様の部下を務めている――と申します。本日はご用事のあったへステア様の代行でこの場に来させていただきました」

「……えっ、なんて言いました?」

「あぁ、すみません。それじゃあ、フードさんとでも呼んでください。それより、ちょっと説明することがあるのでお時間頂戴してもよろしいですか?」

「……あっ、は、はい」


 目の前にいるフードを被った人物は、そのように自己紹介を行った。マルチーズは先程の神様と全く違う雰囲気に動揺しつつ話を聞くことにした。


「心世界は生物が夢を見る際に構築される仮想世界です。心世界では「自我」よりも「エス」という無意識化の概念が非常に強くなるため、夢と現実の境が分からなくなります。例えるなら落下する夢とかです」


 フードさんは淡々と続ける。


「心世界は、亡くなれた方との再会、古き友人との交流、時には研究に対する新たな閃き等、夢見る者達に様々な奇跡をもたらしました」

「なるほど……」

「ですが――最近不審な動きが発生しています。とある夢の中にずっと閉じ込められている方々がいるのです。私達はその人達を稀人まれびとと呼んでいます。彼らには共通の特徴があります。その特徴は、ということです」


 マルチーズはそう聞いた後、エルシーとの一部のやり取りを思い出した。

 彼女は最初に会った時、ねこについて知らなかった。たまたま知らなかった可能性も無いとは言いにくいが、記憶消失を裏付ける一つになるかもしれない。


「ですが、どうやって記憶を戻すのですか?」

「おっ、いい質問ですね」


 マルチーズが質問すると、フードさんは明るく声に出す。

 マルチーズとフードさんの相性は比較的良いようだ。

 円滑に進んでいく話し合いのノリに任せつつ、フードさんは説明し始める。


「稀人を救うには、記憶を思い出させる鉱石を使用する必要があります。使用する鉱石は、二種類です」


 フードさんはそう言いながら二つの石を取り出した。

 先ほどへステアが投げてきた赤色の石と、青色に光った石だ。

 フードさんは二種類の石について説明を始めた。


「これはカイヤナイオ鉱石と言い、触れた本人の良い思い出を呼び起こします。それに対し、先程貴方が見た記憶はフラッシュストーンという鉱石によるものです。この鉱石は、相手のトラウマを呼び起こします」

「成程……トラウマを呼び起こす鉱石と、楽しい思い出を呼び起こすの二つがあるんですか。使用するにはどのようにすれば?」

「使用する際は、相手の心臓に近い方の胸に当ててください。そうすれば勝手に石が発光しそれぞれの記憶を表示させます」


 マルチーズはその説明を聞いて、一通り理解した。


「どうやら理解していただけたようですね。それでは、問わせていただきます」


 フードさんは優しい口調で言葉を口に出す。


「私は、貴方に提示しなければなりません。このまま稀人となり永遠に終わらない夢の世界で漂うのか、稀人を現世に連れ戻す希望の猫になるのか」


 マルチーズはその言葉に対し不思議と嫌な気持ちを持たなかった。猫としてではなく、マルチーズとして生きていて良い理由を始めて見つけられたからだ。


「私は、希望の猫を目指します」

「――分かりました。その決断に感謝します。それでは第一に貴方に助けていただきたい人物をお教えします」


 フードさんはマルチーズの前に立ち、この様に口にした。


「第一の稀人は貴方が最初に関わった人物であるエルシー・マクレランです」

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