黒猫君の恋。

エイト

第1話

 太陽が照り付ける昼下がり。

 つい先ほど電車を降りた将人まさとは、幼馴染の家を目指して、住宅街の中を一人歩いていた。

 幼馴染の千明ちあきの家に行く道は、もうすっかり覚えてしまった。

 煉瓦でできた塀の家の角を曲がったところに、千明の住むアパートはある。

 駐輪場を横目に階段を登る。

 三〇二号室のインターフォンを押せば、ばたばたとドアのほうに足音が向かってきた。

「はーい。よく来たね、将人。ほら、暑いから、上がって」

 ドアを開けてもらい、お邪魔します、と家の中に入る。

 靴を脱ぎ、居間に向かうと、キッチンにいる千明に

「お茶でいい?」

と聞かれた。

 お茶でお願い、と言って、キッチンに近いところに置かれたテーブルへ向かう。

 部屋にはテーブルと二脚の椅子、大きめの棚とベッドがあり、綺麗に整理整頓されている。

 将人は持ってきたものをテーブルに置いて、椅子に腰掛けた。

 リュックサックだけ床に移動させていると、千明がキッチンからお茶を持って来た。

 テーブルにコップを二つ置き、将人の向かいの椅子に座る。

 将人がお茶を一口飲んだタイミングで、千明が口を開いた。

「今日は璃音のとこ寄ってきたんだよね」

「うん。久しぶりに姉ちゃんに会ってきた」

 千明君に会うのも久しぶりだけど、と笑いながら言う。

「そうだよね。何ヶ月ぶりだろ」

「三ヶ月ぶりくらいじゃない?」

 久々の会話は、和やかに進む。

「あ、そうだ、これ」

 そう言って千明が差し出したのは、将人に渡すと常々言っていた本だった。

 かなり前にあげると言われていたのだが、いつも会う時に千明が忘れていたため、将人もその存在を忘れかけていた。

「今回は覚えてたよ」

 苦笑いを浮かべている千明から本を受け取り、お礼を言ってリュックサックにしまう。

「いやー、思い出せてよかった」

「そうだね」

 そう言ったところで、千明のスマートフォンが着信音を響かせた。

「ちょっとごめんね」

 スマートフォンを手に取り、通話ボタンを押す。

「もしもし」

 千明は立ち上がって部屋の隅に寄った。

 手持ち無沙汰になった将人が部屋を眺めていると、不意に千明が尋ねてきた。

「将人、知り合いが今から来るって言ってるんだけど、大丈夫?」

「全然いいよ」

「ありがとう」

 そう言って、また通話相手との会話に戻っていった。

 暫く待っていると、千明が通話を切って、机に戻ってきた。

「急にごめんね」

 大丈夫、と首を振って応える。

「友達なんだけどさ。この前忘れ物を届けたらすごい大事なものだったみたいで、そのお礼だって」

 そうなんだ、と相槌を打つ。

「来るまでもうちょっと時間かかるみたい」

 将人は少し考えて、千明に聞く。

「その人って、どんな人なの?」

 千明はうーん、と悩んで、言葉を探している。

「そうだなあ。すごく親しみやすい人。いい人だよ」

 その人のことを思い出しているのか、笑顔になっている。

 なんだろう、と思っていると、

「その人誰とでも仲良くなれる人だからさ。なんか将人ともいつの間にか仲良くなってそう」

と言って、くすくす笑う。

「僕人見知りなのに?」

 うん、と頷く千明に、そんなになのか、と感心する。

 千明がそう言うと言うことは、本当にそうなのだろう。

「なんか、会ってみたいかも」

 珍しくそう口にした将人に、千明の頬が緩む。

「多分部屋にあがってもらうと思うから、その時に話してみなよ」

 うん、とこれから会う人を想像して、ドキドキしながら頷いた。

 そんな話をしていると、ピンポーン、とチャイムが鳴った。

「出てくるね」

 そう言って、ぱたぱたと足音を立てて玄関へと向かった。

 少し経つと、お邪魔します、と言う低い声が聞こえてきた。

 どきどきしながら待っていると、来客が千明と共に姿を現した。

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