5 : ランドの町
小高い丘の上にあるランデリア城。
その下にはランデリアの城下町【ランドの町】がある。
城を飛び出した僕は、そのランドの町までやって来た。
「安いよ!安いよ!上級薬草5束で銀貨3枚!」
「新鮮なソードマリンの半身が今だけ銅貨2枚!どうだい奥さん!」
「非常時に役立つ火炎玉!火炎玉が銅貨10枚!今なら薪も付けるよ!」
凄い…これがランデリア城下なのか。
考えたら一人で町に来たのは初めてだ。
それもこんなに人がいるところ…
近くにあった屋台にいる店主が声高に
「今、話題の不思議なお菓子!スライムキャンディは如何ですか!」
と叫んでいたので、僕は彼に声をかけてみた。
「スライムキャンディとは何でしょうか?」
「お、僕!スライムキャンディを知らないのかい?今ちょっとしたブームなんだよ」
そうなんだ、城外の流行なんてなかなか触れられないから知らなかった。
「このキャンディはね、溶解モンスター【スライム】をイメージして作った飴細工なんだ」
「スライムなら知っています。伝説の勇者様が修行のために日夜戦った低級モンスターですよね」
得意げにそう言いながら、僕はその【スライムキャンディ】なる菓子を食べてみた。
これは…!
固く美しい飴細工なのに、口に入れた瞬間にみるみる溶解していく…!
そしてしきりにパチパチと何かがはじけている!
新しい食体験に僕は興奮した。
城外にはこんなに美味しくて面白いものがあるのか。
「よく知ってるね~このキャンディは奴らのようにネバネバで、ぱちぱちと刺激があるんだ、美味しいだろう?銅貨5枚のところだけど特別に4枚でいいよ」
「ドウカ?それはどのような食べ物なのですか?」
「いやいや銅貨だよ、お・か・ね!もしかして持ってないの?」
「おかね…?」
そういえば国民は【おかね】というものを使って【商売】という事をしているのだと、以前習った気がする…
「分かりました、後で王室から”おかね”を渡しに向かわせます」
「ハァ?何言ってるのボクちゃん?意味が分からないよ?」
まずいこの人、すごく怒っている…
なにか冗談を言っているのだと勘違いされてしまったようだ
「金がないならちょっと来てもらおうか…」
「え、どこへですか」
「黙ってこっち来い!!」
怖い顔になった店主に、僕は強く服を引っ張られた。
「無駄に高そうな服じゃねえか、世間知らずのボンボンか?金の代わりに何か良いもん持ってるんだろ?」
「何ですか、離してください!」
僕が強く抵抗していると、
「やめて!フォルテくんをいじめないでください!」
と、女の子の叫び声が聞こえた。
後ろを向くと髪をリボンで結んだ小柄な少女が
険しい顔でこちらを見ている。
それはマスタンド・レイブンの娘、リージアだった。
「なんだ?お嬢ちゃん?こいつの知り合いかい?無銭で店の商品を食ったこいつを庇おうっていうのか?」
「大人が子どもに乱暴するなんていけないと思います!」
リージアは毅然とした態度で男を見つめている。
「じゃあこいつの金をお嬢ちゃん払ってくれるのかよ?」
「分かりました!いくらですか!」
そうしてリージアが銅貨5枚を支払いその場は収まった。
年下の女の子に助けられるなんて…カッコ悪くないか?僕…
―――――――――――――――――
「良かった…精霊さんが町にフォルテくんが居るって教えてくれたからすぐに助けに来れたよ」
「リージア、ありがとう…まさかお金が必要なんて思わなかったよ」
「うふふ…王子様がお金の使い方を知らないなんて意外だね」
「うう…恥ずかしい…あとで父上に言ってお金を返してあげるよう言うよ」
「ううん、いいの!飴はフォルテくんへのプレゼントだよ!」
「そんなわけにはいかないよ!」
僕たちはそんな会話をしながら
ランドの町を見て回ることにした。
「ここはお父さんとよく食べにくる食堂なんだ!」
メインストリート沿いにある大きな建物。
そこには大きな文字で『肉』と書いた看板が掛けてある。
リージアは僕の手を引き中へ入った。
「お、リージアちゃんじゃないか」
中に居た料理人風のおじさんが気さくに話しかけてきた。
「おじさん!火竜テイル定食ください」
「お、今日は元気いっぱいだね。一緒に居る子は彼氏かい?」
「ち、ちちち違います!何言ってるんですか!」
そこまで否定しなくてもいいのに…
「ここは珍しい竜の肉を出す定食屋なんだよ。フォルテくんにもここの料理を食べて欲しくて!」
「ありがとうリージア。僕こういう場所に来るの初めてで緊張してきたよ」
リージアはニコッと笑いながら僕を席に座らせた。
さっきのおじさんが勢いよく料理を運んで来て
「はい!お待ちどう!火竜テイル定食だよ!」とテーブルの上に置いた。
木製の大皿には見たことのない料理が乗っている…!
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇
*今日の献立*
~【ランドの町】定食屋『竜の巣』~
『火竜テイル定食』※銅貨10枚
・火竜の尻尾の串焼き(塩)
・火竜のテイルスープ
・とれたて蛍火トマトのサラダ
・焼きたてパン
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇
パクリ…
「う…?」
「うっまああああああ?!」
「良かったあ~フォルテくんのお口に合って」
なんだこれ?美味すぎる??
このジューシーで噛めば噛むほど肉の旨味が溢れてくる感じ!
棒のようなものに刺してそれを食うというこの野蛮さ…!
最高じゃないか、金色のスープも程よい塩味と辛みが合っていてめちゃくちゃ美味い!
これが庶民の食事だというのか…羨ましい!!
「ふぉ…フォルテくん?大丈夫?…ちょっと!一点を見つめて固まらないで?」
リージアの声も届かない程、僕は初めて食べるそれらの料理を堪能した。
――――――――――――――――――
「あはは、申し訳ない。すっかり夢中になってしまって」
「そんなに美味しかったんだね。良かった!」
食事を終え僕たちは再び町を見て回った。
”雑貨屋”という骨董品や道具を扱う面白い店に寄ったり
鍛冶職人の工房を外から見学したり…
生まれて初めて見る面白いものばかりで僕は
城をひとりで飛び出してきたことなど、すっかり忘れてしまっていた。
「誰もフォルテくんの事、王子様だって気づかないんだね」
「あまり外に出ないからね、町の人達はきっと僕を見た事なんてないよ」
だからこそこうして気兼ねなく楽しい時間を過ごせるのだろう。
リージアは僕の知らないことをたくさん知っている。
僕はそんな彼女をとても羨ましくも思うのだった。
長い時間、町で遊んだ僕たちは並んで川沿いを歩いている。
僕はおもむろに
「リージア、僕、今日はひとりで城を飛び出して来たんだ」と言った。
「え?」
リージアは顔をきょとんとさせ僕を見る。
夕暮れが近づき、空は茜色に染まっており。
西日が近くの川面に反射し僕たちを照らした。
僕はリージアに今日城であった一連の出来事を話した。
「僕は生まれながらの体質のせいで魔力を作れないんだって。このままじゃきっと勇者になんてなれないよ」
次々と胸の内に仕舞っていた気持ちが溢れる。
リージアはそんな僕の話を黙って聞いてくれていた。
「僕はどうすればいいのだろう、夢を諦めるべきなのかな」
「フォルテくんは夢を諦めたいの?」
僕は首を横に振った。
「じゃあそのままでいいと思うな」
「でも魔法が使えないんだよ?」
「勇者様って…」
リージアは僕を見つめ直し続けて言った。
「魔法が得意で、剣が得意なだけじゃないと思うんだ」
「物語の『勇者誕生』に出てきた伝説の勇者様は、何度も何度も辛い試練を乗り越えて戦い続けていたよね、だからね」
彼女の夜明けのような色の瞳が…夕日に反射し不思議な色で輝いている。
「きっと勇者様って…何度もくじけず、諦めない人の事なんじゃないかな」
「諦めない人…」
「私はフォルテくんが諦めなければいつか勇者になれると思うな」
リージアはニコッと笑うとリボンで結んだ三つ編みを揺らしながら立ち上がった。
「もう夜になるね、一緒にお城へ帰ろ?」
「…うん」
僕たちは手をつないでランドの町を城へ向かって歩き出した。
夕焼け空の隅で星が光る。
彼女の手のぬくもりを感じながら、僕はその輝きを見た。
勇者誕生-王様が勇者を創りまくる話- 桃地 春百 @momochi-harumo
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