脳裏の一寸

 夜ばかりが見えている。手元の紙片を繋ぐ最中に悦楽をみた。有益さの低い道具こそが豊穣の種だった。がたついている玄関の蝶番が、今日は滑らかに動いた。鍵を掛けることを忘れたまま、右方にある国有林の先頭を見上げると2羽の烏が所在なさそうに止まっていた。がさりと音がして、数日前の不審者騒ぎを思い出す。立ち入り禁止の張り紙とフェンスを越えて潜んでいたけものは、果たして見つからなかった。記憶と音がリンクする。そこに居る誰か、何かに目をこらすのと、玄関が閉まりきるのが混じり合う。


 視線は交わされなかった。捨てられたゴミ袋を漁っていたネズミが見えたと思うと、気づかれたことを悟るようにきびすを返した。尾が林の奥に消えると、私は鍵を思い出して施錠した。 

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一日一喫 @kanji

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