第3話 おわり
祈りが届いたのだろうか。
月の、綺麗な夜だった。
天気も良かったので庭に石で竈を作り、網を置いて魚や野菜を焼いていた。
星空を見ながらの夕食は、子供たちも大好きなメニューのひとつなのだ。
食べごろなものを見計らって、子供たちの皿にポイポイと放り込んでいたら、不意に後ろから声が響いた。
「うまそうだな、俺も食っていいか?」
身を震わせるような衝撃に打たれて振り向くと、会いたくて会いたくてたまらなかったアイツがいた。
ずいぶんとくたびれた様子で、服も顔も汚れていたが、笑顔のキラキラ具合は数倍増している。
別れた時より背も伸びて、力強い腕になって、がっしりと戦い慣れた体つきだったけれど、そこにいるのは間違いなくあたしのウォーレンだった。
立ち上がって駆けだす前に、からかうようにアイツは子供たちを指さした。
「なんだ、浮気か?」
「そんな訳、あるかー!」
イラッとしたので小さな火球を投げつけると、片手を振って簡単に消したウォーレンはハハハと悪びれずに笑った。
なにもなかったように「お土産だ」と途中で捕まえたらしい野鳥を差し出してくるので、プイと横を向いて「ちゃんとさばいてお肉にして」と言えば、ハイハイとうなずかれた。
子供たちはキョトンとしていたけれど、あたしとウォーレンを見るその眼がなぜか生ぬるい。
「他の人たちは?」
「さぁ? そのうち帰ってくるだろ」
ウォーレン以外の姿がどこにもなかったので、もしかして魔王との戦闘で……と不安になって尋ねたら、ケガ人以外は帰路についているはずだと言った。
ウォーレンは魔王を倒してから、ほぼ不眠不休でこの村に向かって走っていたそうだ。
10年かかった距離を半年で走破するって、普通じゃない。
何様だよ、と思ったけれど、勇者さまだった。
祝賀会だのパレードだの、そういう面倒くさいものはすべて村長に丸投げして、とりあえずあたしからのハグが欲しかったと両手を広げるので、あきれながらその腕の中に飛び込んだ。
温かい腕に抱きしめられ、幸せをかみしめる。
そして、その胸を軽く叩いて腕を緩めてもらうと、右や左を向いて見ないふりをしている子供たちに手を伸ばした。
おいで、と言えば、おずおずと三人は近づいてくる。
距離感を測りかねて手が触れる寸前で立ち止まる子供たちを、ウォーレンとあたしは抱き上げた。
ダンとティナはウォーレンが、ルイはあたしが、抱き上げて身を寄せる。
一緒に暮らし始めたきっかけなんて、不幸な偶然だけど。
「あたしの大切な宝物を紹介するわ」
簡単に事情を説明する間も、ぎゅうっと抱きしめ合う、小さなぬくもりが愛しい。
キーラらしいと言いたげな、優しいウォーレンの眼差しも嬉しい。
胸がいっぱいで、なぜか泣きたくなった。
「おかえり、ウォーレン」
「ただいま」
ポロリとこぼれ落ちた涙を見ないふりして、長い抱擁に身をゆだねるあたしたちを、銀色の明るい月だけが見降ろしていた。
【 おわり 】
あたしのアイツは勇者さま 真朱マロ @masyu-maro
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