第2話 そのに

 勇者たちが村を旅立って、5年が過ぎた。

 各地に沸いた魔物の討伐に手を取られ、魔王の元にはたどり着けていないらしい。

 それでも、無数にある国同士で協定を結び、魔王討伐に協力する動きが出てるみたいだ。

 あたしたちの村から旅立つのを決めるのなんて一週間もかからなかったのに、大きな国の人たちの動きはなんて遅いんだろう。


 7年過ぎた。

 国境を封鎖され、閉ざされていた魔王の元に向かう道が、解放されたらしい。

 大陸にあるすべての国が、魔王を倒すことに協力しているわけではないと、後から知った。

 自分の国さえよければいいなんて、人間なんてバカばっかり。

 あたしのところに手紙ひとつ寄越してこない、アイツはもっとバカ。

 

 10年過ぎた。

 魔王の城の傍まで、勇者一行がたどり着いたと、噂好きの精霊の囁きで知った。


 やっと、やっとだ。

 あたしは魔女だから祈りの力は持っていないけれど、それでも全力で祈りをささげた。

 

 アイツが無事でありますように。

 ケガひとつせず、魔王を倒せますように。

 それが欲張りすぎの願いだって言うなら、ちょっとぐらい怪我しても許すから、あたしのところにアイツが元気で帰ってきますように。


 小さかった村にいるのは、とっくにあたしだけになっていた。

 爺さん婆さんは寿命だったし、数人いた子供たちも成長したら勇者の加勢に行くと言って旅立ってしまった。


 残っているのはあたし一人。

 勇者の剣が刺さっていた岩と祠を守っている、あたしだけ。

 ほんの少しの寂しさと、戦況のわからない不安でおかしくなりそうだった。


 ある朝、村に子供が迷い込んできた。

 まぁ、村とは言ってもほとんど廃屋で、無事なのはあたしの家ぐらいだけど。

 それでも、自分以外の人間に会うのは久しぶりだった。


 ボロボロの服を着て泥だらけの三人は、森に迷い込んだのだと言った。

 村に迫ってきた魔物の群れから逃げるため、村人総勢であてもなく逃げていたけれど、山賊に囲まれて大人が戦っている間に森に入り込んだらしい。

 あたしがこの辺りの森には認識阻害や悪意を持つモノをはじく防護魔法を施しているから、山賊からは逃げおおせたのだろう。


 とはいえ、その状況なら保護者になる大人は、すでにこの世にいない気がする。

 一応、その現場にも出向いてみたけど、壊れた荷馬車以外は血だまりしかなかった。

 死んだ人間は獣か魔物に食べられてしまうから、姿がないってことはそういう事なんだろう。

 しかたないから、子供たちにご飯を与えて、小川で水浴びをさせて、適当に服を着せておいた。


 魔物にヤラレルならあきらめがつくけれど、人間同士でやりあうなんて本当に無駄。

 魔王と戦ってる最中に、バカなことしないでよ。

 人間って本当に、バカばっかり。


 9歳の男の子がダン。くそ生意気なやんちゃ坊主の顔をしている。

 7才の女の子がティナ。ふわふわした癖っ毛が可愛くて優しい顔をしている。

 4才の男の子がルイ。大人しそうで綺麗な顔をしているが、ずっと泣きべそをかいている。


 捨てるわけにもいかないので、三人と一緒に暮らすことにした。

 三人の子供たちは、自分たちが天涯孤独になったことを理解しているようだった。

 突然湧いて出たあたしを保護者と認めたのか、行き場がないからか、共同生活にも協力的だった。

 喧嘩らしい喧嘩といえば、あたしのことを「おばちゃん」と呼ぶので「姉ちゃんかキーラにして!」と頭をはたいたぐらいだ。

「暴力反対!」と言われたけど、あたしはまだ28歳なんだからね。

 おばちゃんは嫌なのよ、失礼しちゃう。

 でも、その一件で子供たちとの距離は近づいた。


 三人は兄弟ではないけれど、幼馴染ということで仲が良かった。

 ルイがスープをこぼし、ティナがその服や口元を拭いてやっている間に、ダンが服を出している。

 掃除だって三人一緒で、ダンが椅子や籠といったものを持ち上げ、ティナが箒ではいて、ルイがチリトリでごみを集めた。


 喧嘩ひとつせずに、助け合っている。

 その様子はとても可愛らしいものだったけれど、あたし一人で子供の相手をすることなんて今までなかったので、にぎやかだし非常に目まぐるしかった。


 気が付けば、子供たちと暮らし始めて半年が過ぎていた。

 ウォーレンたちが旅立ってからの10年よりも、この半年は密度が異様に濃かった。

 子供たちとの日常に塗りつぶされて、ウォーレンの事を考える隙間もなかった。


 それでも、ふと、思うのだ。

 勇者としてアイツが旅立っていなかったら、あたしたちのあいだにダンやティナやルイぐらいの子供がいてもおかしくはない。

 10年の寂しさを、あっという間に埋めた三人は、あたしの子供だ。


「キーラ! キーラ!」と呼んでくるルイが、この前、間違えて「ママ」とスカートを掴んだことを思い出す。

 ダンやティナは驚いて慌てた顔をしていたけれど、あたしはギュッと三人を抱きしめてしまった。


 この子たちは、あたしの希望だ。

 腕の中のぬくもりに、胸がきゅうっとする。


 会いたい。

 早く、ウォーレンに会いたい。

 あたしの三人の子供たちも紹介したい。

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