あたしのアイツは勇者さま
真朱マロ
第1話 そのいち
あたしには幼馴染がいる。
アイツは勇者になって、世界を救うために旅立った。
あたしたちが生まれ育ったのは、世界の果てみたいな小さな村だった。
小さい村だけど周りの自然が凄すぎて、その辺で日向ぼっこしているよぼよぼの爺さんだって、杖で魔犬に致命傷を与えるぐらい変な村だった。
爺さんや婆さんになっても戦闘力が高いのだから、おじさんおばさんクラスになると一騎当千。子供の遊びを通じて鍛えられていた。
子供そのものが少なかったから、幼馴染と呼べるのはウォーレンだけだ。
ほんの二日ばかり早く生まれたからってアニキ面するし、いつだって「キーラは貧弱」とからかってくるけど、あたしは魔女なのだ。
ウォーレンみたいに純粋な身体能力は低い。
けれど、魔法の力があるから、ウォーレンといつも一緒だった。
笑ったり、泣いたり、忙しい毎日だった。
走るアイツを、箒に乗って追いかけた。
銛で川魚を獲ったアイツを、温風で乾かした。
魔物を薙ぎ払ったアイツが、逃した獲物を炎で焼いた。
あたしの毎日は、クルクル変わるアイツでいっぱいだった。
くそ生意気でヤンチャだったあいつが、ニョキニョキと背を伸ばしてあたしを抜いて、重い荷物も片手で運んで、一緒に雑魚寝していた子供時代が終わったことに気付き、目を合わせるのがなんとなく気恥ずかしくなる頃。
魔王が復活したのだ。
世界の果てみたいなちっぽけな村でも、空の色でわかってしまった。
魔王が誕生して、この世界が変わっていく。
青かった空が、灰色によどんだ。
瑞々しかった森が、ゆっくりと乾いていった。
畑で育つ野菜も、ゆっくりとゆっくりとしなびていった。
きっとほどなく、魔力だまりから魔物も生まれて暴れ出すだろう。
その日。
村の奥にある祭壇に村人全員が呼ばれた。
木で作られた簡素な祠の扉を開けると、大岩に刺さった剣が一振りあった。
この村はかつて魔王を退治した勇者たちの子孫らしい。
勇者の剣を守り、再び勇者が生まれると予言された一族だと村長は語った。
荒唐無稽な話のようにも思えたけれど、勇者の剣を見て本能的に理解もした。
アレは、本物だ。
ただの剣ではなく、剣そのものからあふれ出す神気が凄い。
思わず冷や汗をかいてしまったけれど、村長に促され村人たちは一人ずつ剣に触れた。
いつも杖を突いている爺さんまで腰をしゃんと伸ばしていたし、大柄で力自慢の隣のおじさんもいた。
けれど、シンシンと怖いぐらいにまで澄んだ剣の気配に、少し触れると青ざめて後退った。
誰一人まともに剣が抜けないまま、とうとうあたしたちの番になった。
前に出ようとしたあたしの肩を押さえて、ウォーレンはニヤッと笑った。
「おまえは魔女だろ?」と先に行くので、思わず引き止めたくて手を前に出す。
だけどとっくにあいつは祠の前にいて、袖をつまむこともできなかった。
予感がしたのだ。
あいつが剣を掴むと、あたしは一緒に行けない、と。
そして、ウォーレンは勇者の剣を抜いて、高く空に掲げた。
ウォーレンは、勇者として旅立った。
勇者の剣は持たないけれど、村人のほとんども武器を携えて勇者の一行として旅立った。
あたしは、戦いに行くのが難しい爺さん婆さんや子供たちの守り人として、村に残ることになった。
あたしは魔女なのに、一緒にはいけなかった。
あたしは魔女なのに、一緒にはいけないのだ。
生まれて初めて、ウォーレンと離れてしまう。
それは心細くて、悲しくて、とてもつらいことで。
自然しかないちっぽけな村から、世界を救うために旅立った幼馴染は、振り返りもせず軽く手を振って、サヨナラも待ってろも言わなかった。
好きとか愛してるとか、腰が砕けそうな甘い言葉もなかったし、またな、すら言わなかった。
それでも、あたしが「あたしのウォーレン」だと思ってるのが、わかってる顔だったので悔しい。
バーカバーカ、と心の中で叫ぶしかない。
でも、あたしはバカだから「おまえにしか頼めない」とウォーレンに頭をポンポンされると、こぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえながら「任せて」としか言えなかった。
これから命をかけて戦いに出向くアイツの、帰る場所を死守するのがあたしの役目。
永遠の別れじゃないけど、かよわい乙女を慰めるぐらいしていきなさいよ。
魔王を倒した後、もし、昔話のようにお姫様と結婚する、なんて言い出したら頭の髪の毛全部を燃やしてやるんだから。
アイツは世界の希望だけど、あたしの全部でもあるから。
そして。
あたしは今も、アイツを待っている。
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